火遊びレニエ 53
おれは早速ジョルジェット嬢に手紙を書いて、伯母上の好みなどを聞いてみた。すぐに返事があったので、それを日曜の昼食後、父上、母上、ドミニク、マロン・グラッセのいる食堂で共有した。
「伯母上はああ見えて結構乙女チックでロマンチックなところがある、ピオニーの花壇を作っているのがその例だそうです。また、自身がロレーヌからベルサイユに嫁いで、田舎者とバカにされたりしたので大貴族への反発があるようです」
おれの報告に、一同、ふむ、と考え込んだ。最初に父上が言った。
「それなら、その伯母上には特に親切で親しみやすく、礼を尽くさねばならんな」
結局それしかないのかもしれない。一気にこちらの味方になるような秘策などないのだろう。
「レニエ、お前はその伯母上によく思われていないのだな」
父上が続けた。
「残念ながら・・ジョルジェット嬢が絵を描くことも認めないので、私も何度か反発しました・・」
父上はふうっとため息をついた。
「そういうことなら、ロレーヌへ行ったらお前はあまり前に出ない方がいいな」
「それはどういうことでしょうか?」
「あくまでも私が伯母上や母上の相手をするということだ」
父上は落ち着いた様子でカップを持ち上げてお茶を飲んだ。
つまりおれの印象が悪すぎて向こうが相手にしないだろうから、父上が交渉に当たるということか。ありがたいけど戦力外通告されたようで複雑な気分だ。結婚するのはおれなのに。
おれがちょっと落ち込んでいると、母上が口を開いた。
「レニエ、ロレーヌへ行くまでの間、立ち居振る舞いや貴婦人との接し方を学び直すのです」
「え?」
おれは目を丸くした。
「何か問題でも?」
母上はすでに何か決心したかのように毅然として言い放った。
「ええ、大ありです。士官学校へ行ってからのお前は、立ち居振る舞いが硬くなりました。貴婦人に対してはもっと優雅で柔らかい動きをしなければ」
「はあ・・そうでしょうか・・」
おれはまったく意外だった。おれが全然ピンときていないので、母上はさらに追い打ちをかけた。
「そうです。いいですか、レニエ。お前は私に似て絶世の美男ですけど、それだけですべてうまくいくほど世の中単純ではありません。早速この後から特訓です!」
「はい・・」
母上の強引な様子におれはそう答えておいた。1時間くらい動き方の修正ポイントを聞いて終わりだろう。
再び父上が話し出した。
「マロン・グラッセ、先日、ラソンヌ先生からハーブの薬効について助言を受けたのだな?」
壁際に立っているマロン・グラッセが答える。
「はい。それを元にケーキや焼き菓子などを試行錯誤しながら作っているところです・・薬臭くなったり、苦味が強かったり、調整に苦労しております」
マロン・グラッセ、いつの間に試作を?! 何でおれに試食させてくれないんだ? とおれとドミニクは同時に顔を見合わせた。試食に出せないほどまずいのか。
「うむ。もし今日中にできるなら、レニエやドミニクもいるので試作品を持ってきなさい」
あくまでも当主らしく威厳を持って言っているが、父上もやはり試食したいらしい。
「かしこまりました」
マロン・グラッセはちょっとプレッシャーを感じている様子で一礼した。それを受けて父上はドミニクに言った。
「ドミニク、お前は案外、ジョルジェット嬢の伯母上や母上にウケがいいかもしれない。大貴族には反感があっても、お前の素朴さと愛嬌は2歳のマドレーヌが気に入るほどだ。橋渡し役になってもらえるとありがたい。もちろん、外交や交渉という面での勉強にもなるぞ」
父上、ルメー校長やフルニエ副校長より教育者向きじゃないか? そして温厚そうに見えて意外と策士っぽい。我が父ながら油断ならん、とおれが思っているところへ、ドミニクはけろっとして答える。
「つまり、田舎の中級貴族のおれの方が親近感を持たれるってことですよね。いいですよ。友のためにできることは何なりとやりましょう」
ありがたい友だ。しかし、伯母上やジョルジェット嬢の母上の相手ばかりしていたら、イヤイヤ期に入ったマドレーヌがゴネるだろうなあ・・マロン・グラッセは菓子作りに忙しいかな。おれとアンジュで何とかできるんだろうか? エドモンはジョルジェット嬢が小さい頃から仕えているから、子供の扱いに慣れていてマドレーヌの世話も手伝ってくれるだろうか? これは事前に頼んでおいた方がいいな。今度、ジョルジェット嬢への手紙に書いておこう。
そして、父上が解散を宣言すると、母上がおれを呼んだ。
テーブルから少し離れたところに立つと、
「レニエ、大股でドカドカ歩くのではなく、もう少し歩幅を小さくして丁寧に歩きなさい」
とのたまった。
おれは母上の方に向かってそのように歩いてみる。
「こうですか?」
「いえ、もっと動きを滑らかに!」
おれは少し後ろに下がって、滑らかな動きを意識して脚を前に出す。
「もっと自然に。士官学校に入る前に習ったことを思い出すのです。軍隊式の立ち居振る舞いと、宮廷やご婦人の前での立ち居振る舞いは別です」
士官学校へ行く前に行儀作法は確かに習ったが、連日の軍事訓練でほとんど忘れた。頭では思い出せても体が思い出せない。何度も考えながら歩くが、母上はその度にダメ出しする。
「違います! ドミニク、ちょっと歩いてみて。ゆっくり目にね」
ドミニクが椅子から立ち上がっておれの隣に来て「こんな感じだ」と言いながら、すうっと歩いた。
「そうそう、そんな感じ! もう一度。レニエ、ドミニクの動きを見ながら一緒にやってみなさい」
おれは隣に来たドミニクに、重心の移動がどうの、つま先やかかとがどうのと言われながら脚を動かす。
「いい? レニエ、後ろへ下がるとこんな感じ」
ドミニクはそう言って、実に滑らかに後退した。まるで床の方が滑っているようだ。人間業とは思えない。しかもその場で3,4回高速で回転したのだ。思わず母上が感嘆の声を上げた。
ドミニクは恭しく母上にお辞儀すると、
「これ、この前マドレーヌちゃんに見せたらすごく気に入ってくれたもので・・ついおまけでやってしまいました」
と照れ笑いした・・が、おれには自慢にしか聞こえない。随分芸達者だな、ガスコーニュのクマさん。ご婦人を魅了する歩き方だけでなくダンスもできるってか?
おれは内心ふてくされながら練習を繰り返す。ドミニクはのんきに言う。
「ああ、思い出すなあ、トレヴィル家伝統のダンスとスペイン語のレッスン。塀の上に上がって水の入った桶を頭に乗せて、親父やダンスの先生の指示に従ってステップを踏みながらスペイン語を話すの。よく塀から落っこちてびしょ濡れになった・・」
余計なこと言うな、ドミニク! 母上の目がランランと輝いているではないか!
おれは練習しているふりをしながら密かに逃げようと後ずさった。あくまでも練習しているふりなので、滑らかに後退・・すると母上の声がした。
「あら、レニエ、いい感じよ! さっきのドミニクみたい!」
「レニエ、その調子!」
へ? これでいいのか? 何だ、レニエ・ド・ジャルジェに不可能はないじゃないか。
おれは調子に乗ってその場で4回転スピンをした。
