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火遊びレニエ 37

士官学校に着き、皆が疲れた体を引きずるようにして部屋へ戻る途中、フランソワが声をかけてきた。
「無様だな、レニエ・ド・ジャルジェ。この時間に勝負がつくなんて開校以来初めてらしいぞ。どうだ、歴史的敗軍の将になった気分は?」
おれは振り返ってフランソワをにらみつけた。奴は続けて言った。
「まあ、言葉もないっていうのが本当のところだろうな。ジャルジェ将軍もお気の毒に」
「黙れ! 父上は関係ない」
周囲にいた生徒たちが不安と好奇心の入り交じった顔でおれとフランソワを眺めている。
「どうだか? 家の名誉のためにもがんばれ、と言う親が普通だろう? お前は自分の名誉を回復することで頭がいっぱいで判断を誤ったんだ。違うか?」
勝ち誇ったように、頼んでもいない分析をするフランソワにおれは心底むかついた。今にも奴に飛びかかりたいのを必死で抑えているのは、猟犬になった気分だった。
「そっちこそ、わくわく投降キャンペーンなんてふざけた作戦を取りやがって! 食い物で敵を釣るなんて、フランス王室を守る士官のやることか?!」
おれはやっと言い返す言葉を見つけてフランソワにぶつけた。奴はさっきまでの軽い雰囲気から一気に真剣な表情になった。
「は? 何を甘っちょろいことを言ってるんだ?! 戦争に品格などあるものか! どんな手を使ってでも勝たなきゃいけないんだ! おれたちが守る者達の品格を守るためにな! 負けたらすべてを失うんだ!」
「だからって・・」
フランソワがおれの目の前に近づいてきておれの言葉を遮った。
「簡単に食い物とブランケットに釣られた奴らは、お前の作戦に納得してなかった。指揮官としてのお前についていけなかったんだ。すべてはお前の無能さのせいだ!」
「何だと?!」
おれは拳を上げてフランソワにつかみかかろうとしたそのとき、隣にいたドミニクが前に出てきておれの腕をつかんだ。
「やめろ、レニエ! また同じことを繰り返すのか?!」
顔も性格も愛嬌があって素朴なドミニクが、こんなに真剣な顔をしているのを初めて見た。おれはドミニクにつかまれた腕を力なく落としてうつむいた。
「ふん、おとなしく頭を冷やせ、負け犬レニエ」
フランソワの侮辱を聞いても、おれは自分が情けなくて顔も上げられず、何も言えなかった。

「父上、母上、ジャルジェ家の家名に泥を塗り、大変申し訳ございません」
次の日曜の午後、屋敷に帰ったおれは昼食の前に父上と母上に頭を下げた。ドミニクは庭でマドレーヌと遊んでいる。
「ま、所詮は学校行事だ。模擬合戦は学びの集大成でもあるが、そこから学ぶことが肝要だ。今度のことをよく分析し、今後に生かしなさい」
父上は穏やかにそう言った。模擬合戦の直後に「え~? うっそぉ~! この時間でもう決着って前代未聞ですな!」「しかもレニエ軍が惨敗! あの優秀だったレニエが!」とミーハーな感想を言い合っていた校長と副校長よりよっぽど教育者らしい。
一方で母上は、
「くぅ~! 残念だわぁ! あのブイエのヒゲちゃびんのヒゲ、どうやって剃ろうかと楽しみにしてたのにぃ~!!」
と地団駄を踏んでいる。父上が、まあまあ、と諭すと
「今朝もいいアイデアが浮かんだから、こうやってメモ帳に描いておいたのよ!」
と、テーブルの脇に置いていた冊子を見せた。
そこには、「ブイエのヒゲちゃびんのヒゲ デザイン案」と上に大きく書いてあって、その下には10以上の口ひげのデザイン画があった。
ピアノの黒鍵盤のように縦にヒゲを残して剃るもの、口ひげをトランプのクラブ、スペード、ダイヤ、ハートの形に残して剃るもの、横長の×印の形にするもの、横長のハート形にするもの、横に並べた水玉模様にするもの、それをつないでエンドウ豆にするもの・・おれは母上の自由な発想に内心呆れるやら感心するやらで、自分の情けなさも忘れてしまった。
父上は
「カミーユ・・こんなにいろいろ考えてたとは・・・ククク・・」
と初めこそ笑いをこらえていたが、ついに噴き出した。
そこへ、マロン・グラッセが水の入ったポットを持ってきた。
「旦那様、何かございましたか?」
不思議そうに聞くマロン・グラッセに、父上は笑いで言葉が出ず、母上のメモ帳を指さした。
「これが何か?・・・プププッ! 何ですか、これ?」
マロン・グラッセも噴き出した。
「ブイエ将軍っていう、当家のライバルのヒゲちゃびんがいるんですけどね、士官学校の模擬合戦でレニエとその息子が戦ったんですよ。そこの妻と賭けをして、レニエが勝ったら、ヒゲちゃびんのヒゲをどうやって剃ろうかと考えてたの」
母上が説明すると、マロン・グラッセは笑ったまま
「で、本当に賭けをなさったんですか?」
と聞いた。
「いいえ。幸か不幸かヒゲちゃびんの妻と話す機会もなかったから。ああ、でも残念だわ!」
母上は心底残念そうだ。せっかくの楽しみを奪ってしまい申し訳ございません・・・って、母上、無念なのはそこですか? 
「あの、奥様、よろしかったらですけど・・・」
マロン・グラッセはまだ笑いながら何か思いついたようだ。
「この口ひげの形のオムレツをたくさん作って、奥様が召し上がる時に、好きな形に切り取るのはいかがでしょう?」
「あら、いいわね! これ、全部やってみたいのよ! 小さいオムレツを20くらい作ってちょうだい!」
母上はマロン・グラッセの名案に飛びついた。
「それはいい! せっかくのカミーユのアイデアが形になるんだ。今夜の晩餐はオムレツにしよう!」
父上まで乗り気である。あのう、ジャルジェ家の名誉はもういいんですか? ヒゲちゃびんの息子に惨敗したんですけど・・それよりも父上は母上に、母上は芸術的センスと自分で思っているものに関心があるらしい。
おれは何だか拍子抜けした。

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