火遊びレニエ 36
模擬合戦が始まった。
こちらが放った斥候はなぜかなかなか帰って来ず、追加で2回送った。それでも誰も帰ってこなかった。
「フランソワ軍に捕まって捕虜になったとしか考えられないな」
おれがぼそっと言うと隣にいた参謀のドミニクが渋い顔をした。
「なぜだ? 木々が生い茂って目立たないルートで行っているはずなのに・・」
おれは少々焦って言った。それに対してドミニクが答えた。
「だから敵も予測可能だったのかもしれない。でも、それ以外にどこを通れと?」
ドミニクは小屋の窓から周囲を見回した。確かに正面には道が開けているが、周囲は木々が茂っている。そちらを通るのは予測可能だろうが、人目につく道を行くと戦闘になる。おれはドミニクに言った。
「もう1度斥候を送るか。今度は腕っ節の強いのを選んで」
「いや、すばしっこい奴に迷彩色の布をかぶせた方がいい」
ドミニクが反論するとは意外だった。
「今までも動きの俊敏な者を選んで送ったのにこのざまだ。素早さよりも強さを優先する方がいいと思う」
おれが自説を主張すると、参謀は反対した。
「斥候が捕まったとしたら、敵に見つかったからだ。今度は見つからないように迷彩色のかぶり物をして慎重に素早く進めばいい」
「捕まった時に振り切れなかったのは力が足りなかったからだろう? 何なら力の強い奴に迷彩色のかぶり物をかぶせればいい」
「反対だ、レニエ。力の強い奴はみんな大柄だ。かぶり物をしても目立つ」
親友ドミニクとここまで意見が合わないというのは初めてで、おれはかなり戸惑った。
どうしようかと考えていると、遠くからドドド・・と地面が響く音がした。おれとドミニクが敵陣の方を見ると、それより早く小屋の外で副官のオリヴィエが望遠鏡をのぞいていた。
「フランソワ軍の騎馬隊だ!」
オリヴィエがそう叫ぶとおれとドミニクは顔を見合わせた。
「こちらも騎馬隊で応戦!」
おれが指示をすると、第1騎馬隊長が部下を連れて出動した。
「レニエ、捕虜はどこへ移送する?」
ドミニクは聞いた。
「捕虜の移送はしない。今来ているフランソワ軍の騎馬隊を押し返せばいいことだ」
「いや、後方に移送すべきだ。今来ている騎馬隊を押し返しても、すぐに他の部隊が来るぞ」
ドミニクの言っていることは正論だが、そんな弱気な作戦は取りたくなかった。勇ましく、華々しく戦って勝ってこそ、ジャルジェ家の名誉が復活するというものだ。
「ドミニク、ここで一気にフランソワ軍を叩くぞ。捕虜の監視には3名追加し、それ以外の主力部隊を全部入れて敵を圧倒する!」
ドミニクは信じられない、といった顔をした。
「何を言う? これは戦だぞ。ギャンブルはやめろ。堅実な策を取れ」
おれはドミニクが何でそんなバカなことをいうのか理解できなかった。
「堅実な策? 堅実な策で送った斥候が全然帰ってこないじゃないか! 同じことをしても同じ結果になるだけだ。ここは一気に勝負に出る!」
おれはそう言い放って、各部隊の大将らに総攻撃の指示を出し、レニエ軍の主力部隊が一斉に出動した。
最初こそ敵を押し戻して順調に進軍して行った我が軍だったが、すぐに次から次へと出てくる敵軍にじわじわと押し戻された。その途中で敵に捕まったり、馬や剣を奪われてほうほうの体で戻ってくる者も増えてきた。そして余力のあるフランソワ軍に捕虜を奪還された。
こちらは勢いある敵軍から何とか小屋だけは守って退却させて次に備えたが、敵もさすがに疲れたと見えて、その後は何事もなく1日目の夜になった。
「形勢を・・何とか立て直さなければ・・」
おれは独り言のように言った。将官が集まった作戦会議の場である。
「こちらの読みがことごとく外れてる」
ドミニクは冷静に言う。
「捕虜も奪還された」
おれが悔しさのあまりつぶやくと、オリヴィエがフォローした。
「まあ、捕虜の監視にかかる人手と労力がなくなったのは、むしろよかったとも言えるよ。背後を気にせず攻勢に転じることができる」
「そうだな・・」
おれは次の手を考えながらオリヴィエに返事した。
「レニエ、それで、夜が明けたらどうする?」
ドミニクがそう聞いたのでおれが聞き返した。
「今、怪我をしていなくて馬に乗って出撃できるのは何人いる?」
ドミニクは各部隊の状況を書き取った紙を見て言った。
「4人だ」
おれはその場にいる全員を見回して宣言した。
「よし、今からその4人でフランソワ軍の小屋に奇襲をかける!」
その場でどよめきが起こった次の瞬間、ドミニクが興奮して反論した。
「今から? よせ! みんな疲れてるし夜も遅いんだ」
「フランソワ軍は今頃勝利に安心しきって油断している。今がチャンスだ! 逆転できるのは今しかない!」
「いや、この状態で無理に出撃させるなんて無茶だ!」
普段親友のおれとドミニクが真っ向から対立している。普通の軍隊で将軍と参謀が他の将官の前で対立するなんてあるのだろうか? 今、他の面々が動揺しているのを見ると、これは良くないと思う・・しかし、どう考えても今しか逆転のチャンスはない。
「レニエ、よく考えろ。4人がフランソワ軍の小屋までたどり着いても、4人だけで制圧できるわけがない。しかもこっちの4人は疲れていて、今日の敗北で気分も落ち込んでいる。対して向こうは気力も体力もこっちより上のはずだ。それが小屋とその周辺に何人いるかもわからないのに、たった4人で突撃させるなんて無理だ!」
「だったら、制圧部隊として10人でも20人でもつければいい」
「だから、怪我をしていなくて余力があるのが4人しかいないんだ! 体力のない者に出撃させるな!」
おれはドミニクにいらだってきた。
「ドミニク、お前は歴史的に戦争が多くて、優れた軍人を輩出してきたガスコーニュの出身だろ? いざ戦争になったら、疲れや怪我が完全になくなるまで戦闘に出ないなんてことはあり得ないよな? 多少の無理が何だ? それより機会を逃すことの方が問題だ」
ドミニクは数秒黙った。反論の仕方を考えていたのだろう。そして口を開いた。
「レニエ、せめて夜明けまで休ませろ。体力が回復してからの方が成功率が上がるはずだ」
「却下だ、ドミニク。数時間でそれほど変わるとは思えない。それに斥候の件では、違う方法で試すのが遅れて失敗した。今を逃したら逆転の機会はない。これで決定だ!」
ドミニクは明らかに納得していなかったが、将軍のおれがそう決断したので、この議論は終わりになった。他の将官たちも賛成・反対と意見が割れているようだった。そして比較的元気な4人と、疲れている20人が馬に乗って、ところどころにある松明の明かりを頼りに出撃した。
敵軍の小屋を制圧に行った24人のうち半数は捕虜になった。残りのうち2人は落馬して怪我をし、そのうち1人は腕を骨折した。それ以外は疲れ切って、馬や剣を奪われ脚を引きずるようにして退却してきた。
「フランソワ軍の小屋までたどり着いたらどっと疲れが出て、急に腹も減って・・そこへ奴らが言うんですよ。『今、当軍では、わくわく投降キャンペーンをやってるんだ。今投降したら、ふかふかブランケットで眠れて、朝起きたらパンの温めサービス+おかわり2個までできるんだ。いい条件だろ? さあ、投降するなら今だぞ! このチャンスをお見逃しなく!』ってさ。それで釣られた奴らが結構いて・・でも責められないよ。おれだってもう少しで釣られるところだったんだ」
そう言ったのはまだ1年生らしい、うぶそうな子だ。
「それで、君はなんで釣られなかったの?」
オリヴィエが素朴な疑問っぽく聞く。
「おれはこの十字架のペンダントに触って、誘惑に打ち勝つ強さを与えたまえ、って祈ったんだ。心が負けそうになるといつもそうしてるから」
おれはため息をついて、決して嫌みでなく言った。
「いい子だ。その敬虔さ、聖職者の方が向いてるかもな」
おれもすべてを捨てて修道院に入りたくなった。この合戦に惨敗しけが人まで出したのは、おれの判断ミスのせいだと認めざるを得なかった。夜が明け始めたが、今日の夕方の終了時刻を待つまでもなく勝敗は決まり、模擬合戦は時間を大幅に前倒しして終了した。けが人の手当てと疲労困憊した生徒たちの休養のため、皆、士官学校の宿舎へ戻った。
