大学院生としての0歳育児、会社員としての0歳育児
わたしは会社員ですが、「あなたは何をする人ですか?」と聞かれたら「研究者です」と答えるでしょう。
企業の研究員というと、その企業のプロダクトやサービスに繋がる研究開発をイメージすると思います。もちろん、わたしもアカデミア所属ではなく、企業に所属する研究員なので、自社のプロダクトやサービスの価値向上に資する研究をする使命を負っています。
ですが、その範囲においては比較的自由に研究課題を設定しながらこれまで研究をさせてもらっていました。
そんなこともあって自分のアイデンティティは「会社員」というより「研究者」なのかもしれません。
自分で切り拓くしかない、でも自由な大学院での0歳育児
前回の記事で書いたとおり、上の子の妊娠・出産・0歳育児は大学院博士課程に所属している時期でした。
この記事にあるとおり、大学院生で稼ぎのなかったわたしは全面的に育児と家事を担っていました。
当初は休学も考えたものの、博士課程は必須の授業がなく、博士論文のもとになるデータ自体は出産前に準備できたことから、結局休学はせず、「間に合わなかったら4年目もやろう」という気持ちでいました。
※博士課程の修了要件には、博士研究の内容で論文を書き、国際的な学術誌に掲載されることや、博士研究を論文にまとめて、審査会で主査・副査の先生方から合格をいただくことなどがあります。最短で3年で修了、博士号を取得することができます。
平日に1.5日ほど夫の休みがありましたが、土日祝日とワンオペ育児をしながら、子どもが9ヶ月になるまでは自宅保育で、抱っこで寝かせながら研究を進める日々。

上の子はねんねが苦手で、1歳半まで夜中に5-6回は起きていました。昼寝はベッドだと30分で起きてしまって作業時間が作れないので、よく寝てくれる抱っこで2-3時間寝かせていました。
月齢9ヶ月のときに保育園に入って、そこからはある程度はまとまった時間を研究活動に充てることができました。
ただ、ねんねが苦手でごはんもなかなか進まない子だったためか、保育園で流行っている感染症にはことごとくかかり、体重の増えも停滞。
何度も何度も繰り返し中耳炎を診てもらっていた耳鼻科の先生には、「この子の免疫では今の環境は過負荷だから保育園を諦めることも検討しては」ということも言われたり。
そんなこんなで、最初の半年はお昼寝が終わる14:30ごろにお迎えに行っていました。つまり、わたしが作業のタイムリミットもその時間だということ。
ワンオペ育児をしながら自分の研究も諦めないというのは、茨の道でしかなかったけれど、小さな作業ブロックを積み重ねて、結局は修了要件以上の論文を国際学術誌に載せ、3年で審査会での合格をもらい、博士号を取得しました。
大学院生での0歳育児は、まぎれもなくとても大変でした。でも、自分さえ頑張ればなんとかなったのです。
逆に、うまくいかなかったとしてもわたしの大学院生活が延びるだけ。
いや、大学院生活が延びるのはわたしにとって死活問題で、修了できずに稼ぎがないまま不自由な生活が続くことへの恐怖や、0歳児を抱えながらやっと決めた就職に影響が出てしまう恐怖心はものすごくあったのですが、それでもその程度。
会社員の今ならわかりますが、お客様に迷惑をかけるわけでもなく、困るのは自分だけという状況は、それはそれで身軽だったのだと思います。
上の子の0歳育児は、本当に大変な記憶しかないけれど、細切れの自分時間を、細く、されど確かに繋いで「博士号取得」という最大級のスキルアップを達成できました。
完全ストップで大困惑 会社員としての0歳育児
さて、下の子です。
上記のとおり、わたしは寝ない・食べない・体調崩しまくる、お世辞にも育てやすいとはいえない子どもを育てながら3年で博士号を取得したのです。
もちろん、今回だって、ペースは落ちても細くキャリアの足しになることをやり続けられると思っているわけです。
でも、30歳まで企業で社員として働いたことがなかったわたしは、会社員がそんなに自由度の高い働き方ができるわけではないということを本当の意味で理解していなかったのです。
おそらく他の大きめの企業はどこもそうであるように、産休育休中は社用PCは返却、そしてメールやカレンダー、研究データなどが入ったストレージなども全てアクセスが止められます。
何もできない...。
子どもが寝てるあいだに片手でもPCに向かい論文は書けるのに!できるのに、強制ストップ。
考えてみれば、当然のことです。情報セキュリティの管理や労務リスクを考えると会社はそうせざるを得ないでしょう。
でも、社会人経験の乏しいわたしは、産休が近づいて人事と具体的な話を詰めるまで、十分にこれを認識できていなかったのです。
そして、わたしは博士号を持つ研究者です。専門性で勝負しています。
もちろん業務が属人化するのは問題ですが、システマティクに再現性を求めるのは、パイオニアが一点突破した後ではないでしょうか。
未知のことを科学的な手法で明らかにしていく、高度な専門知識を要する業務を担う、専門家ならではの役割を担っていた自負があり、そもそも引き継ぎは非常に難易度が高いのです。
そして、会社の象徴のひとつともいえる規模の大きめのプロジェクトも任せてもらってもいました。
引き継ぎが難航するであろうことはわかっていたので、安定期に入る遥か前から、何なら体外受精に進む決断をしたときから会社には伝えていました。
それでも、わたしの後任となる方が全面的に引き継ぎ体制に入れたのは妊娠期のかなり終盤。
そんな事情もあり、産休育休中に何も手出しができない状況に置かれることに相当な不安と、ある種の怒りの入り混じったかなりグロい感情を抱いたのです。
また別記事にするかもしれませんが、少し粘りはしましたが、状況は変わらず、今育休中です。
身軽だった大学院生と違って、会社員として迎える0歳育児は、会社にとってのさまざまなリスク管理のために身動きが取れない。
育休中に業務と捉えられかねないことを完全に排除し、“ホワイト”な状態にすることが会社の労務リスクの管理の観点では重要なのです。
育休という制度では、休みたい人の権利は強固に守られるけれど、働きたい(だけど、フルフルには働けない)という人の権利はまるで保証されない。
いや、男性の育休(産後パパ育休)はもう少し融通が利くので、雁字搦めなのは女性だけなのかもしれない。
「女性研究者 出産」などと調べると、いかにブランクを作らず細くともコミュニティと繋がり、研究分野の情勢をキャッチアップするかというような情報が多いような印象を持ちます。
でも、会社員は違う。会社の同僚さんも「働きたい人」よりは「しっかり休みたい人」「育休中は育児に専念したい人」の方が断然多いようでした。
「自分自身の専門性」「自分自身の突破力」が何よりもの強みである研究者は基本的なマインドセットが特異なようです。
わたしは会社という組織の中で、場違いに働きたい欲を持ってしまったマイノリティであるように感じました。同時に孤独感も感じます。
低月齢から預かってもらえる保育施設や、空きのある保育園を探しては、定まらぬ復帰時期に焦燥感を覚える日々。抱っこで赤ちゃんを寝かせながらでも論文は書けたのに...過去の成功体験が今の何もできない悔しさをより一層強めます。
研究者マインドを持ったわたしの会社員としての0歳育児は今のところ、苦いものです。
6年越しの0歳児育児。
それぞれに違った苦しさがあります。予想していなかった会社員としての苦しさに端を発し、このnoteを始めました。
何故わたしはこんなにも働きたいのか、何故こんなにも働けない状況に焦燥感を抱くのか。これは会社うんぬんではなく、わたしの弱さ、わたし自身の課題が関係している気がしています。
そこに向き合う思考の旅をこれから綴っていきます。
