鳥羽伏見での「錦旗」について
鳥羽伏見の戦いで、新政府軍が掲げたいわゆる
錦の御旗
について「偽物」という議論もあるようです。
錦の御旗は実は偽物だった?戊辰戦争を制した「最強の心理戦」とは | Hs--press
私は、この問題について、以下の意見を持っています。
新政府軍の掲げた「錦の御旗」は
有栖川宮の血を引く
徳川慶喜により本物になった
つまり、鳥羽伏見の戦いの時に、徳川家の頭領としての徳川慶喜が
あの旗は
(孝明天皇を暗殺した)
岩倉具視のでっち上げ
と、声高に主張すれば、権威など一気に崩れたでしょう。しかし、これを行えば、最悪は
南北朝のように勝手な天皇擁立
と言う事態になります。徳川慶喜は、有栖川宮の血を引く立場で
天皇陛下の権威だけは死守
と言う立場で
自分がひれ伏すことで
本当の錦旗になり
天皇の威光が国中に行き渡る
と言う判断をしたと思います。
なお、このことは、少なくとも有栖川宮には、伝わっていたと思います。ですから、東征大総督に有栖川宮熾仁親王が就任し、江戸への攻略を支配されました。
このように考えると、徳川慶喜は
新政府軍での処刑はない
と判断していたでしょう。
しかしながら、幕府内部には、色々の危険がありました。あの時代は、暗殺が横行していた時代です。更に、毒殺も多くありました。そのように考えると、幕府内部で
徳川慶喜を暗殺し
適当に動く将軍にすげ替え
と言う発想の者がいても不思議ありません。
その中で、無事生き抜いた徳川慶喜は、やはり近代日本を作った、恩人でしょう。
