明田川荘之さんは亡くなってしまったけれど、しかし西荻窪北口・アケタの店は東京不滅のジャズの聖地だ。
ジャズってなんだろう? ちょっと敷居が高そうだけれど、でも、お洒落で知的な魅惑の世界が広がっていそう。(実際にはともすれば誇り高く才能あふれるミュージシャンたちでありながら気の毒なほどド貧乏な世界もまた広がってはいるのですが。いずれにせよ)、ジャズをもっと楽しみたい。ジャズを自分なりに理解してみたい。芸術的好奇心のある人がそうおもうのはとうぜんです。
さて、それにあたって歴史的変遷をたどる理解の仕方もある。もともとジャズは黒人奴隷のワークソングにはじまった。「とうちゃんのためならエンヤコラ、かあちゃんのためならエンヤコラ」である。それがニューオリンズのフランス移民と黒人の混血たちによって、洒落た和音をつけられ、葬式後棺桶移動とともに街を練り歩くブラスバンドのどんちゃん騒ぎに発展もすれば、ダンスミュージックにもなっていって、多くのミドルクラス白人たちを踊らせるようになる。と同時に、ジャズ・ソングと呼ばれる流行歌も量産された。やがて戦後は公民権運動の追い風をともなってジャズはジャズ・ソングを素材にしながらそれを芸術化させてゆき、自由のための闘争はフリージャズに至る、というような。
また、楽理的に理解するならば、スウィングと呼ばれもする、4ビートの2拍めと4拍めのアクセント、シンコペーションとアウフタクト、ともすれば活用されるブルーノート音階によるジャズこぶし、ドビュッシーやラヴェルはたまたメシアンに由来する甘美な和音、華麗で自由奔放なアドリヴの応酬などによってその概略を知ることもできる。
しかし、大事なことはジャスをどう理解しどう自分の表現に活かすか、それは個々のミュージシャンによってさまざまに違うこと。またレコードやCDはいわば音楽の写真であり、音楽標本に過ぎない。そこで、ジャズが好きならば現場に足を運び、生きているジャズに触れ、いま・このときに生成される音楽、その多彩な表現に魅了されるもの。
では、創造の現場はどこにある? ジャズをシャネルやグッチのようなものだとおもっている人がデート使いに聴きに行く店はそれなりにある、(近年プログラムがカオス化しているとはいえ)ブルーノート東京とかね。また、カクテルピアノに乗せたセクシーお姉さんのお色気たっぷりな愛の讃歌で、恋愛気分を盛り立ててくれる店もまた不自由することはありません。(ぼくはそういう店には行かないけれど。)逆に、本気のジャズファンはたとえば新宿Pit Innへ行くでしょう。ぼくもちょくちょく行く。しかし、けっして忘れてはならないのが、西荻アケタの店である。
西荻窪駅北口下車徒歩3分、店は週1日休み、定休曜日不定、夜7時開店、8時開演です。怪しげな階段を恐るおそる降りて、たくさんのライヴチラシが乱雑にピン止めしてある壁を横目で見て扉を開くと、わ、まさにそこは魔界です。店内は経年劣化が激しく、奥には黒く輝くDiapasonのグランドピアノが鎮座しつねに調律が行き届き、かなりくたびれたドラムセットが置かれています。ライヴチケットはワンドリンクつきで3000円。アルコール類は各種揃っているものの、洒落たツマミもない。よほどのジャズ好き同士のカップル以外は、デート向きの店ではありません。30席程度の収容人数ながら、ほとんどのライヴはクオリティがひじょうに高い一流の演奏で、PAのサウンドも最高。にもかかわらず、しかし、お客は十数名からときには2~3人のこともままあって。しかし、アケタ出演のミュージシャンたちはたとえお客が2人だろうが3人だろうが、手抜きは一切なし、最高の演奏を披露してくれます。おのずとお客とミュージシャンが世間話に花を咲かせることもある。いくら演奏のクオリティが高いからと言って、この営業形態でなんとアケタの店は50周年を迎えた。資本主義世界における奇跡です。アケタの店がどれほど日本一流のジャズ・ミュージシャンたちに愛され続けてきたか、測り知れません。
ぼくはアケタで多くのすばらしいジャズ・ミュージシャンを知った。なんといってもぼくが無限に讃美し敬愛するピアニストの石田幹雄さん、そしてかれと共演するトランペットの山田丈造さん、アルトサックスの石崎忍さん、須川崇志さん(b)がまたいずれもすばらしい。はたまた石田さん関連を離れるならばアルトサックスの守谷美由貴さん、小太刀のばらさん(p)、清水くるみさん(p)、なんとチコ本田さん(ナベサダの妹さんですよ!)がゲストとして歌を披露なさった夜に遭遇したこともある。なんという僥倖か、とぼくは神様に感謝した。
オウナーは明田川荘之さんであり、オカリーナ奏者でジャズピアニストです。明田川さんのピアノ演奏は、いわゆる「音大卒的な巧い演奏」からはかけ離れているにも関わらず、その音楽性はまさに明田川さんならではのもの、日本人の心を震わせる哀愁あふれるメロディと楽天的なユーモアに満ちています。そもそもジャズをオカリーナで表現するなんて前代未聞です。音楽を聴いて笑うことなど滅多にありませんが、しかし、明田川さんの音楽はオカリーナであろうがピアノソロであろうが、ジャズオーケストラであろうが、なんとも愉快です。お人柄ですねぇ。その明田川さんは、2014年11月16日、74歳で癌で亡くなりました。惜しい人を亡くした。もっと生きてて欲しかった。多くのジャズミュージシャンが嘆く。もちろんアケタの常連客もまた。
そして誰もがアケタの店の存亡を心配した。しかし、心配ご無用、アケタのマネージャーは、島田正明さんという方で、アケタの店の音楽クオリティを支えるひそかな屋台骨。実は、島田さんはアケタディスクの全CDのレコーディングエンジニアをも務める人で、同時に、アケタの店のミュージシャン選びと審査も、島田さんがおこなっておられます。その島田さんは微笑んでおっしゃいます、「いやぁ、もしもアケタを閉めちゃったら、明田川さんが夢枕に立って、ぼくが叱られちゃいますからね。」
アケタファンは胸を撫でおろします。なお、12月31日の夜は、明田川さんの追善ライヴで、豪華なミュージシャンたちが駆けつけます。
