ときには狂気の力が必要なんだ。1980年前後、Nick Cave が叫び吠えたポストパンク・バンド、The Birthday Party はどんなふうに狂っていたか。
ニューヨークでもなく、ロンドンでもない、メルボルンの悪ガキどもが組んだバンド、ザ・バースデイ・パーティ。かわいいバンド名とは裏腹に狂暴だ。あなたはむかしからおもっていた、あの頃のNick Cave には荒々しく、狂気じみた想像力があって、しかもカリスマ性があった。ベースとドラムスは重低音のビートがタフで、ギターのカッティングはソリッドでシャープだ。もちろんかれたはとてもじゃないけど、まともじゃない。ニック・ケイブは暴走するクルマの屋根にクスリ決めて半裸で乗っかって浮かれるような奴さ。当時メルボルンではヘロインが安かったんだ。あんな「ようこそ地獄へ」みたいなもんに手を出すなんてアホだけだ。しかし、ときには狂わなくちゃ正気を保てない時だってあるもの。もっとも、おれはあんなおっかないものには手を出さないけどな。
かれらは夜の狂気じみたパーティを主催し、ニック・ケイヴはその情熱的な司祭だ。司祭に挑発されて、ギグに来たイカれた若者たちはみんなタガを外し、熱狂する。鬱病患者でさえも、熱狂のなかで治ってしまう。
あの時代は素敵にイカれてた。ザ・ストゥージーズ、ポップ・グループ、ノイ・バウテン、サイケデリック・ファーズ、リディア・ランチ・・・。信じられないとおもう人も多いだろうけれど、しかしあの坂本龍一さんでさえもあの時代だけは狂暴だったのだ。あのころ坂本さんはスロビング・グリッスルとフレッド・フリスをライバルにしていた。
ニック・ケイヴは言う、エンタテイメントをやる気はなかった、おれたちのパフォーマンスとライヴのあいだに境目はなかった。かれは熱狂する観客のなかにダイヴし、熱狂をさらに煽り、ときにかれらと客は敵対的になりさえした。ライヴハウスで演奏をはじめて10分でハウス・エンジニアが危険を感じプラグを抜いたことさえあった。とうぜん観客は怒り、暴動になりかけた。
そんな狂った日々を送りながら、それでいてニック・ケイヴは人生の意味を旧約聖書の『ヨブ記』に探しもした。そしてかれは歌う、神は臭い息でおれに語りかける。かれらはアホな狂った若者たちの狂い咲きバンドと見なされがちだった。それはたしかにそのとおり、ただしバンドメンバーの誰かはパンツに前にキューリを突っ込み、パンツの後ろのポケットにプラトンのペーパーバックを突っ込んでもいた。
ぼくはおもう、そしてオーストラリアにこんな連中がいたのか。そしてぼくはおもいだす、それっておれが夜ごと新宿ツバキ・ハウスで踊ってた頃じゃないか。あるいはツバキとは関係ないけど、ぼくはフリクション、パンゴ、ツネマツ・マサトシ、アント・サリー~phew をおもいだす。そしてぼくはおもいだす、ものわかりのいい大人になんてなってなんになる。ときにぼくらには狂気が必要なんだ。
なお、以上はドキュメンタリー映画『バースデイ・パーティ、天国の暴走』の感想文である。シネマート新宿で上映中です。
