【長編小説】『地下世界シャンバラ』16
四、キトの誘拐
アガド軍はツォツェ村に辿り着いた。
アガド将軍はさっそく、百人の軍勢をツォツェ村に残して、自らは四百人の軍勢を率いて洞窟に入った。案内役はスネルだった。キトが描いた印を目印に、奥へ迷わず進んだ。そして、広い場所に出た。そこにはシャンバラへの入り口が口を開けていた。
スネルは言った。
「これがシャンバラへの入り口でございます」
「この液体のようなものの中に入るのか?」
「さようでございます」
「よし、私に続け!」
アガドは先頭を切ってその液体の壁を通った。兵士が続々とアガドのあとに続いた。
アガド軍はシャンバラに入り隊列を組んで行進した。シャンバラの軍事力を警戒して、その軍事力がわかるまで友好的な接し方をしようとの作戦だった。
シャンバラのほうでは来客を接遇し歓待した。四百人の客人をもてなすのはかなりの努力が払われた。学校や民家を宿泊所にしてシャンバラのこの村にあるほとんどすべての建物が歓迎の場所として使われた。
ルミカ、ライ、レン、キトの四人は学校の二階にあるサファリ学長の部屋に匿われた。
ルミカは震えていた。
レンは言った。
「怖いのか?」
ルミカは言った。
「アガドはマール国の将軍で、とても恐ろしい男だと聞いています。マール国からシャンバラまで来るには必ずラパタ国を通らねばなりません。きっと、ラパタ国を攻め落として来たに違いありません。お父様、お母様、コタリ、そして国民たち・・・ひどい目に会ってなければいいのですが・・・」
政府のないシャンバラの代表としてサファリ学長は一番大きな建物である学校の一階を宿泊所にしてアガドをもてなした。しかし、遠慮のないアガド軍は何日も居続けて、もてなされ続けた。さすがにシャンバラの住民たちも苦しくなった。
サファリ学長は帰って欲しいことをアガドに伝えた。するとアガドは怒った。
「我が軍をもてなすことができないのか?その気になれば略奪することも可能なのだぞ」
もう、シャンバラの軍事力はゼロであることをアガドは見抜いていた。だが、軍事力でねじ伏せる機会と大義がなかった。
アガドの欲しいものは、黄金のダイヤのみだった。それを持ち帰り世界を支配したいのだ。
「学長よ、ここに黄金のダイヤがあると聞いて来たのだが?」
サファリ学長は答えた。
「それなら、先に来た山賊が持って行った」
「なに?山賊?」
「たしか、その親分をグルドとか言ったな」
「グルド?マール国の山賊ではないか。おのれ!」
アガドは立ち上がった。
「戻るぞ、地上へ。兵を半分に分ける。二百名はこの地に残り、シャンバラを制圧せよ。残りは私に従い、地上へ戻るぞ!」
「お待ちを」
そう言ったのは鼠のような顔をしたスネルだった。
「わたくしはグルドの一味として働いていました。もちろんあなた様のスパイとして。ところで、グルドには娘がおります。名前をキトと言います。その娘が今、シャンバラにいるはずです。人質にしたらよろしいかと」
アガドはニヤリと笑った。
「さすがだな。俺の見込んだスパイだけある」
アガドは号令を変えた。
「全軍を挙げてグルドの娘、キトという娘を探し出せ!学校、民家、歓迎館、その他の建物、隈なく探せ!ん?」
アガドはサファリ学長の顔を覗き込んだ。
「何か隠しているな?学長殿?」
「何も隠してはいない」
サファリ学長は嘘をつくことは悪いことだと子供たちに教えていた。自分自身、嘘をついたことはほんの幼い頃以来、一度もなかった。
アガドは近くにいた兵士に命令した。
「この建物の二階を調べろ!学長の部屋があるはずだ!」
サファリ学長は青ざめた。
「待ってくれ、それだけはやめてくれ。あそこには大切な書物がたくさんあるのだ」
「書物の中まで洗いざらい探し出せ、そこにキトという娘はいる」
アガドは確信を持って言った。
学校の二階にある学長の部屋は書棚と机と椅子しかなかった。ルミカ、ライ、レン、キトはドアの鍵をかけてそこにいた。シャンバラの建物には基本的には鍵などなかったがこの部屋にはあった。
ドアを叩く音がする。外から兵士の声がする。
「キトという娘がいるはずだ。大人しく出て来い!命は保障する」
ライは言った。
「どうする?レン?強行突破か?」
レンは言った。
「いや、ここにはルミカもいる。危険だ」
キトは言った。
「あたしとライだけが出る。レンとルミカはこの机の後ろに隠れていて、あたしたちが出て行ったら、またドアに鍵をかけるんだ。そして、ほとぼりが冷めたらもっと安全な場所へ移動するんだ。あいつらが欲しいのはあたしだ」
レンは言った。
「でも・・・」
キトは言った。
「たぶん、親父が絡んでいる。あたしを人質にして親父を誘い出そうとするんだろう」
ドアを叩く音がする。
「開けろ!いるのはわかっているんだ。蹴破るぞ」
レンとルミカは机の後ろに隠れた。
レンは言った。
「敵を殺すなよ。僧には不殺生戒というものがある。生き物を殺すことは罪だ。だから僧侶は菜食主義者なんだ。キトは僧侶ではないけどなるべく殺さないでくれ」
「わかったよ、レン」
ライは笑顔で答えた。
キトは言った。
「殺さないのか?難しいな」
ライは言った。
「俺が助ける。おまえは俺の近くに常にいろ」
「わかった」
ライとキトはドアを開け外に出た。
「あたしがキトだ」
廊下には兵士が十人いた。兵士のひとりが言った。
「そっちの小僧は?」
ライはニヤッと笑って言った。
「ライだ」
ライはその兵士を殴って卒倒させた。他の兵士は抜刀した。が、抜刀して構えようとしたときには倒れていた。ライが素早く十人の金玉を蹴り上げていたからだ。
「逃げるぞ、キト」
「うん」
ライとキトは駆け出して、学長室のある二階から降りた。一階にはアガド率いる精鋭部隊が待ち構えていた。
アガドは号令した。
「あの娘を生きたまま捕えよ!小僧は殺しても構わん!」
兵士たちはライとキトを取り囲んだ。そして乱闘が始まった。
レンとルミカは学長の部屋の窓から外へ出て、松の木を伝わり下に降りた。ライとキトが建物の中で暴れている隙に、建物の陰を回り北側の山の森の中へ姿を消した。
ライはキトを連れて建物の外に出た。相手は総勢四百人だ。ライとキトは敵を殺さずに乱闘を続けたが、さすがに多勢に無勢。特にキトにとっては敵が多すぎた。ライもキトを守ってやるほどの余裕がなくなっていた。
キトは相手兵士に組み伏せられた。
キトは言った。
「ライ、逃げろ!一度、身を隠せ!」
ライは戦いながら言った。
「そんなことできるかよ。おまえは俺と結婚するんだぞ」
「あたしは人質になる。しばらくは殺されないはずだ。あとで助けに来てくれればいい。この場では多勢に無勢すぎる」
「でも!」
「信じてる」
キトがそう言ってライを見つめた。ライは小さく頷いて、南を流れる幅五メートルの川を飛び越え、段々畑のない急斜面の森深い山のほうに走って逃げた。兵士たちは追い駆けたが誰もライの足の速さに追いつく者はいなかった。キトは人質となった。
キトは後ろ手に縛られ、アガドのもとへ出された。
「おまえがキトか?グルドの娘の?」
キトは言った。
「なんだ、このおっさんが!」
アガドはニヤリと笑った。
「口の利き方を知らんようだな。俺はマール大国の将軍だぞ。おまえはたかが山賊の娘だ。身分が違い過ぎるわ。こうして、会話できるだけでもありがたく思え」
キトは言った。
「で、これからあたしをどうする気だ?」
アガドは答えた。
「地上に戻りラパタ城に連れて行く」
「ラパタ城?」
「そこで公開拷問だ。おまえの父親グルドが現れるまでな」
『公開拷問』この言葉にキトは怯えた。
「怖いか?ん?」
アガドは勝ち誇ったようにキトを見下ろした。
「グルドは持ち出してはならない秘宝を持ち出した。それはマール国王が手にすべき物なのだ。それさえ渡してくれれば、おまえたち親子は過去に犯した罪も含めて無罪放免にしてやってもいい。いい取引だとは思わんか。山賊などというバカな稼業は辞めてまっとうなマール国民になれたらいいと思わないか?」
「マール国くそくらえ」
キトは唾をアガドに吐きかけた。アガドは笑った。
「唾くらいが、おまえが今できる抵抗のせいぜいなのだ。ふふふ、可愛いものよな」
「おまえは親父に殺されればいいんだ」
「わっはっは。山賊ごときが将軍を殺せるわけがなかろう。さあ、出発だ。さっき言ったように二百名はこの地に残りシャンバラを制圧せよ。残りは私と共に地上のラパタ城に戻るのだ」
縛られたキトを歩かせ、アガドは軍勢二百を連れて地上に帰った。
ルミカとレンは北側の山に隠れてそれを見ていた。ライも南側の山に隠れて、木々の間から、キトが連れられて行くのを悔しがりつつ見送った。
歓迎館にシャンバラ制圧部隊本部が置かれた。
