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世界が迷子にならないように

今にも泣き出しそうな空が、
まだ少しだけ我慢しているような午後だった。

「ねえ、オクトラ」

ウサギは長い髪をかきあげると、
スマホの画面からそっと顔を上げた。

「経緯度原点ってなに?」

隣に立つオクトラは、
空に向かって三角定規をかざし、何かを図るように目を細めていた。

「世界が迷子にならないための場所、
だったかしら」

「……凄いところなの?」
「ここからは観測できないわね」

「行ってみたいな」

オクトラは少しだけ間を置いて、
「それもありね。確定できるから」

歩いているうちに、
小さな違和感に気づく。
東京タワーのすぐ近くなのに、急に人の気配が消えていた。

ふたりは草の伸びた細い道の前で、
そっと足を止めた。

「……ここ?」

想像していたものとは、
どこか違う。
確かに人が歩いた跡はあるのに、そこには誰もいなかった。

オクトラはスマホの地図と、
景色を見比べた。

「……合ってるはずなんだけど」

ふたりは顔を見合わせると、
少しだけ慎重な足取りで草むらの中へ入っていった。

細い道の先には、
小さな案内板がぽつんと立っていた。
飾り気のない大きな石の中には、埋められた鉄球が眠っていた。

まるで誰かが起こしてくれるのを、
待っているみたいに。

刻まれた文字には、
日本経緯度原点と書かれていた。

「……間違いないわ」
ウサギは目を細めた。 

「……ここなのね」
 
案内板を読んでいたオクトラが、
くるりと振り向いた。

「そうかもしれないし、
そうじゃないのかもしれないわ」

「……どういうこと?」

「地震でズレてるわ」

「原点なのに?」

「原点だって完璧じゃないのよ、きっと。
できる範囲で頑張ってるだけでしょ。知らんけど……」

どこかへと続く線の始まりが、
確かにそこにあった。

原点は何も言わなかったけれど、
ゆるく風が吹くたび、伸びた草だけがただ静かに揺れていた。

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