地球に恋するお月さま
その日、ウサギはお気に入りのカフェで、ひと匙の静けさをアイスティーに溶かしていた。窓の外では、夏色の風がやわらかく流れていく。
絵本のページをめくっていると、
とつぜん、ひと粒の光が現れ、ウサギの前でくるりと宙を舞った。
(……初めまして。わたし、お月さまなの)
その光の粒は、ふわりと喋りだした。
(地球のことが大好きで、こうやって旅をしているの。話し相手が欲しくて、本から出てきちゃった……)
ウサギはスプーンをくるくるさせながら、お月さまを見つめ、いたずらっぽく笑った。
(ふふっ。いま読んでたわよ。『月がきれいね』って言われるの。まんざらでもないって。……なにそれ、自慢?)
お月さまは、いたずらっぽく笑った。
(へへっ、ばれた? でもね、きれいなのは、わたしだけじゃないわ。『地球ってきれいね』って、言いに来たのよ……)
ウサギは身を乗り出して、声をひそめた。
(ねえ、──ほんとは恋の逃避行でしょ? いいわ……黙っててあげる)
(ちょっと、何よそれ! 私はただ、地球をぎゅーって抱きしめたかったの。ほんとよ?
それって、おかしいことかしら?)
(おかしくはないけど、地球の人って、あんまりそういうふうに思っていないわ。
じゃあ──ふたりで地球に、カンパイっ♪)
ふたりがカップを合わせていると、隣の席から、女の子の声が聞こえた。
「ねえ、おじいさん……お月さま、どこに行っちゃったの? ずっと姿が見えないわ。私たちのこと、もう見てくれないのかな……」
おじいさんは静かに笑って、女の子にチョコレートのドーナツを差し出した。
「そうかもしれないね。でも、おじいさんは、お月さまのこと、一時も忘れたことなんてないよ。 お月さまも、このドーナツが好きだったんだ」
お月さまは、はっと息を止めた。
(もしかして……あの時、ドーナツをご馳走してくれた宇宙飛行士さん……なの?)
ウサギは、くすっと笑った。
(ふふっ、まさか古いお知り合いだなんて……運命って、ほんと、お茶目ね。
でも、あの女の子には笑っていてほしいの。 あなたのこと、大好きなのよ?)
お月さまは、風船にそっと姿を変え、空へふわりと舞い上がっていった。
(ほんと、お月さまの言う通りよ。地球はこんなにも素敵なのに……。外から見ないと……分からないのかしらね?)
風船のあとを追うように、紅茶とドーナツの香りがにじんでいく。ウサギは静かに本を閉じると、そっと空を見上げた──。
<わたし、お月さま>
青山七恵・文/刀根里衣・絵/NHK出版
追伸:地球を抱きしめ隊、
こっそり入隊しましたっ♡ウサギ🌏🐇✨
