旧世界の名前、削除します。──台湾華語学習センターTOKYO-01の世界線
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※実在の団体・制度とは関係ありません。
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もしも「台湾華語学習センター」が、うちの駅前にできたら
最初にそのニュースを見たのは、昼休みのコンビニだった。
「政府主導の『台湾華語学習センター』、日本でも本格稼働へ」
レジ横の情報誌の見出しに、あの丸い繁体字が並んでいる。
台湾ドラマにはまっていた時期もあったし、奥さんが台湾人の同僚の話もよく聞いていた。
「へえ、ついに日本にもできるのか」と、そのときの自分は、かなり軽い気持ちでページをめくった。
・受講料の一部は国の補助対象
・修了者には台湾留学やインターンの優先枠
・“台湾華語+繁体字”を通じて、民主主義や多文化共生の価値観も学べる——
なにか「正しいこと」を選ぶ人間になれた気がして、少しだけ胸が張れた。
その日の夜にはもう、公式サイトから体験レッスンを予約していた。
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「旧世界でのお名前を入力してください」
駅前の雑居ビルの三階。
かつて英会話スクールが入っていたフロアに、「台湾華語学習センター TOKYO–01」と書かれた新しいプレートが光っている。
自動ドアが開いた瞬間、ほんのり甘いコーヒーとフライドチキンの匂いがした。
受付脇には台湾ビールのポスター、壁にはカラフルな繁体字のポストカード。
「夜市の喧騒」をイメージしたというBGMが、小さくループしている。
タブレットを渡され、タッチパネルで申込情報を入力していく。
氏名、生年月日、メールアドレス、職業。
ここまでは普通だ。
指がふっと止まったのは、その次の項目だった。
旧世界でのお名前(漢字)
新世界でのお名前(お好きな台湾華語名)
一瞬、アンケートのジョークかと思った。
「これ、どういう意味ですか?」
受付の女性に尋ねると、にこっと笑って説明してくれた。
「難しく考えなくて大丈夫ですよ〜。
日本でのお名前が“旧世界”、台湾華語で名乗るお名前が“新世界”っていう、センター独自の遊び心です。
せっかくなので、台湾華語らしいお名前も一つ、いっしょに作りましょうっていうコンセプトで」
「遊び心」。
そう言われれば、たしかにそうだ。
中国語学習者がよくやる「中国語名」だろう、と自分に言い聞かせながら、旧世界の欄に「山本 優斗」と入力する。
そして、新世界の欄にはスタッフが提案してくれた名前を書いた。
林宥騰
「意味は、“ゆるやかに、でもちゃんと飛び立てる人”ってイメージです〜」
どこかこそばゆくて、でも悪くない響きだと思った。
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「優斗さん」から「宥騰さん」へ
それからの数週間は、正直、けっこう楽しかった。
クラスは少人数制で、先生は全員台湾出身。
テキストはすべて繁体字で、日本語訳が丁寧に付いている。
授業の前半は文法や発音、後半は「台湾のニュースを読んでみよう」「夜市での会話ロールプレイ」など、ソフトパワー全開の内容だ。
「日本人はみんな“加油”の使い方、すぐ覚えるね〜」
「“好扯喔〜”は、ニュース見ながらツッコミ入れるときに使うよ」
そんな雑談も含めて、ここにいるあいだだけは、日本のニュースとは別の世界線に逃げ込める気がした。
ただ、一つだけ違和感があった。
受講三回目のとき、講師のリストに表示された自分の名前が、すでに「林宥騰」になっていたのだ。
「あれ、山本さんじゃなくて?」
そう聞くと、講師は首をかしげる。
「システム上は、最初からこのお名前ですよ?」
タブレットの画面には、確かに中国語クラスの名簿が表示されている。
そこに日本語の名字はどこにもなく、漢字三文字の「林宥騰」だけが、当たり前のように並んでいた。
レッスンが終わるころには、クラスメイトも先生に倣って自分を「宥騰さん」と呼ぶようになっていた。
最初は軽いノリで、あだ名のような感覚だった。
——けれど、その呼び名が職場にもじわじわと染み出していくのに、そう時間はかからなかった。
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社内チャットが、勝手に変わる
異変に気づいたのは、総務から届いた一通のメールだった。
件名:【確認】台湾華語学習センター提携モニター制度について(林 宥騰 様)
「林 宥騰」。
自分の名前のところだけ、いつの間にか「新世界」で登録されていた。
差出人は、いつもの総務担当だ。
内容を読むと、こう書いてある。
山本優斗様(※旧姓名)
このたび、当社は政府主導の「台湾華語学習センター」モニター企業に選定されました。
つきましては、すでに同センターの受講履歴をお持ちの林宥騰様には、優先的に社内外プロジェクトへの参加をご案内いたします。
詳細はセンターの専用アプリをご確認ください。
旧姓名。
その言葉を見た瞬間、背中を冷たい指でなぞられたような感覚が走った。
「……どういう、ことだ?」
慌てて社内チャットを開くと、プロフィール欄の表示名も、すでに「林 宥騰」に書き換えられていた。
自分では変更した覚えがないのに。
履歴を遡ろうとしても、「設定変更履歴はありません」と表示されるだけ。
ただ、連携アプリ一覧を見ると、数日前の日付で、「TCML–ID連携」という項目が追加されているのがわかった。
センターで最初にサインしたとき、確かに「学習履歴を活用したキャリア支援に同意する」というチェックボックスがあった。
あのとき、軽い気持ちで「同意する」にタップした自分の指先を、今さら恨んでも遅い。
同僚もいつの間にか、その名前で呼びはじめていた。
「林さんさ、台湾華語できるんでしょ? 今度うちの海外案件、ちょっと手伝ってよ」
「宥騰くん、この資料さ、簡体字じゃなくて繁体字版も用意してくれない?」
指摘しても、「だって、そう表示されてるし」「自分でそう名乗るってことじゃないの?」と、逆に不思議そうな顔をされるだけだった。
——いつから、「山本優斗」は、ここまで薄くなってしまったんだろう。
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名前の“訳し間違え”は、どこから始まったのか
ある夜、センターが閉まる少し前の時間に、受付の端末をのぞき込む機会があった。
たまたま、次のクラスのキャンセルが出て、予約の確認をするためにスタッフが席を外したのだ。
画面には、受講生データベースの一覧が開かれている。
ずらりと並ぶ、漢字二〜三文字の台湾華語名。
その右側には、小さくグレーの文字で「旧世界のお名前」が表示されていた。
齊藤→蔡東
佐伯→沙佩
高橋→高橋(変化なし)
音に引っ張られているものもあれば、意味だけが先走っているものもある。
中には、どう考えても別人のような当て字もあった。
旧世界:田中 由美
新世界:陳 尤美(“特別に美しい”の意)
「由」がいつの間にか「尤」に変わり、読み方も、意味も、少しずつズレていく。
自分の行を探すと、そこにはこう書かれていた。
旧世界:山本 優斗
新世界:林 宥騰
同一性リンク:100%
100%。
その数字が、妙に重くのしかかる。
何をもって「同一」と判断しているのか。
どこまでが「訳」で、どこからが「書き換え」なのか。
「ことばを選ぶって、ほんとうはどこまでが自分の意志なんだろう?」
前回の授業で先生が投げかけた問いが、頭の中で反響する。
—
「なにか、気になりますか?」
背後から、センター長の声がした。
振り返ると、ガラス越しに見かけていたスーツ姿の男性が、いつの間にか真後ろに立っている。
「あ、いえ……その、“旧世界”って……」
「便利な概念ですよね」
センター長は、ディスプレイを覗き込むと、軽い調子で続けた。
「人は誰でも、複数の世界線を生きている。
日本語だけで生きる世界線もあれば、英語や台湾華語を通じて、別の価値観と繋がる世界線もある。
私たちは、ただ“別名”を用意しているだけです。居心地のいい世界線を選びやすくするために」
「でも……勝手に、社内の名前まで……」
「“勝手に”ではありませんよ」
センター長は、画面の端を指さした。
そこには、小さなチェックボックスと、見覚えのある文言が並んでいる。
☑ 台湾華語名を、ビジネスネームとして活用することに同意します
「ご自身で、ここにチェックされています。
もちろん、いやならいつでも外せますよ。
——ただ、その場合、“今の世界線”からいったん離れていただく必要がありますが」
「離れる?」
「せっかく繋がった台湾側のネットワークも、キャリア支援の記録も、一度まっさらに戻るということです。
台湾華語を選ぶというのは、価値観ごと、物語ごと選ぶことですから」
センター長の声色は終始穏やかなのに、背筋だけがじわじわと冷えていく。
どこまでがサービスの一環で、どこからが“改名”なのか。
そして、その境界線を超える瞬間に、本当に自分の意志は働いていたのか。
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「戻れない」ことに気づいた日
週末、実家に帰ったときのことだ。
居間のテーブルで、母がふと首をかしげた。
「そういえば、あんたさ……最近、郵便物の名前、変えた?」
「え?」
見せられたのは、市から届いた健康診断の案内状だった。
宛名:林 宥騰 様
(※旧姓名:山本 優斗)
市役所のシステムと、センターのデータがどう繋がっているのか、想像もつかない。
けれど、そこにそう印字されてしまった以上、「山本優斗」は「括弧の中」に押し込められている。
「なんかカッコいい名前だけどさ……読みにくいねえ」
母は笑っていたが、その笑い声が、少しだけ遠く聞こえた。
スマホの連絡先も、メールの署名も、知らないうちに「林 宥騰」に統一されている。
設定を戻そうとすると、「この項目はTCML–IDと連携中のため変更できません」とだけ表示された。
名前だけじゃない。
ニュースアプリは台湾の政治や選挙結果を優先的に表示するようになり、
SNSのタイムラインには台湾華語の投稿と、それを日本語で解説するインフルエンサーのコンテンツが増えていく。
——それ自体は、べつに嫌じゃない。
むしろ、興味のある領域だ。
けれど、気づいたときには、日本語だけで完結していたはずの日常が、じわじわと別の言語に侵食されていた。
「選んだ」のは自分だ。
最初のチェックボックスも、体験レッスンの予約も。
それは間違いない。
ただ、その選択の「先」にある世界線の姿を、どこまで想像できていただろう。
——台湾華語を学びたい。
——台湾という社会の物語に触れたい。
その想いが、本当に自分の中から湧き上がったものなのか。
それとも、ニュースや広告や、ソフトに設計されたカリキュラムの中で、「選ばされて」きたものなのか。
考えれば考えるほど、「旧世界」の記憶が薄まっていくような気がした。
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そして、いつか誰かが言うだろう
数ヶ月後、センターのロビーには、新しいポスターが貼られていた。
「ことばを選ぶことは、
生きる世界線を選ぶこと。」
Taiwan Chinese Modern Language Center
——Choose Your Story.
その前で、体験レッスン待ちの若い会社員が、興味深そうにポスターを眺めている。
どこか、数ヶ月前の自分に似た横顔だった。
「台湾、最近よくニュースで見るしな……
北京語より、なんか優しそうだし」
彼は受付でタブレットを受け取り、迷うことなく指を動かしていく。
氏名、生年月日、メールアドレス、職業。
そして——
旧世界でのお名前(漢字)
新世界でのお名前(お好きな台湾華語名)
彼は一瞬だけ、画面の前で笑った。
「……新世界、ね。
まあ、いいか。どうせニックネームみたいなもんだろ」
その背中を見つめながら、私はふと、自分の名札を見下ろす。
講師:林 宥騰
日本語で自分の旧姓名を書こうとして、一瞬、手が止まる。
「山本」の「本」が、どんな形をしていたのか、すぐには思い出せなかった。
——ことばを選ぶって、ほんとうはどこまでが自分の意志なんだろう?
胸の奥で、その問いだけが、かすかに旧世界の残響のように鳴り続けていた。
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