「娘の炎上」で月収7桁。アルゴリズムに魂を売った情報商材屋の末路 #地獄変 #芥川龍之介
一
堀川のCEO様のような方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらっしゃいますまい。
このプラットフォーム「H(堀川)」を立ち上げ、数百万人のクリエイターを「好きなことで生きていく」という甘い夢で囲い込み、その実、上位0.5%だけが富を独占する「パレート分布の地獄」を作り上げたお方でございます。
あの方の為さいました事には、慈悲というものがございません。アルゴリズム一つで無数の記事を「圏外」へ葬り去り、昨日まで月収20万だった主婦を、翌月には月収300円の奈落へ突き落とす。それを「仕様」の一言で済ませる冷徹さは、もはや人間のそれとは違っていたようでございます。
さような次第でございますから、CEO様御一代の間には、クリエイターの屍が山のように築かれました。しかし、その数多い悲劇の中でも、今では界隈の語り草になっております『究極の貧困ポルノ』という有料noteの由来ほど、恐ろしい話はございますまい。
二
その記事を執筆致しましたのは、良秀(よしひで)と申す、自称「億越えプロモーター」のライターでございます。
良秀と申しましたら、あるいは只今でもなお、あの男の「月収7桁稼ぐ教科書(19,800円)」を買わされた方がいらっしゃいましょう。プロフィールには「元大手広告代理店」「海外ノマド」と輝かしい経歴を並べておりますが、その実態は、古びたアパートでカップ麺を啜りながら、「稼ぐ方法」を売って日銭を稼ぐ、典型的な「ツルハシ売り」でございます。
見た所は唯、背の低い、骨と皮ばかりに痩せた、意地の悪そうな老人でございました。常に血走った目でアナリティクスを睨み、SNSでは「アンチはブロック」「マインドセットが足りない」と他者を攻撃し、その必死な姿がいかにも、飢えた猿めいた心持ちを起こさせたものでございます。
尤も界隈の事情通は、良秀が実は借金まみれであることを知っておりまして、陰では「自転車操業の猿秀」と呼んで蔑んでおりました。
この良秀に、一人娘がございました。これがまた、嘘つきの父親には似もつかない、真面目で愛嬌のある娘で、彼女は父の虚業を嫌い、地道に派遣社員として働いておりました。CEO様もこの娘の健気さを気に入られ、プラットフォームの「健全なユーザー代表」として、公式インタビューに取り上げた程でございます。
良秀は、あの強欲で、いつも「金」と「PV」のことしか頭にない男でありながら、この娘の事となると、妙に執着しておりました。……いえ、可愛がっていたというよりは、「いつかこの娘も商材の広告塔(ダシ)に使える」と踏んで、手元に置いていたと言う方が正しいかもしれません。
三
さて、ある時のことでございます。プラットフォームの仕様変更(アップデート)があり、良秀の記事は一斉に検索圏外へと飛ばされました。
収入は途絶え、借金取りの催促は激しさを増すばかり。良秀は追い詰められました。
起死回生のためには、今までのような「コピペのノウハウ」では通用しません。もっと強烈な、もっと大衆の覗き見趣味を刺激する、「本物の不幸」を切り売りしなければなりません。
良秀はそれから半年ほどの間、狂ったように「不幸」を探しました。
「借金地獄」「闘病」「家庭崩壊」。売れそうなタグは何でも使いました。
弟子(という名の購入者)に「もっと悲惨な体験談を書け」と強要し、彼らが精神を病んでいく様を「ドキュメンタリー」として有料配信したりもしました。
「他人の不幸は蜜の味。蜜を売らずして何が商材屋か」
そう嘯く良秀の姿は、もはやライターではなく、人の業を喰らう餓鬼でございました。
四
しかし、どれだけ他人の不幸を書いても、CEO様(アルゴリズム)は微笑んでくれません。インプレッションは鳴かず飛ばず。
焦った良秀は、ついにCEO室へ(問い合わせフォームへ)直談判を致しました。
「私はこれほど身を削って記事を書いているのに、なぜオススメに載らないのですか」
「良秀よ。お前の書く地獄は、所詮は他人の不幸だ。切実さがない。フィクションの臭いがする」
CEO様は(自動返信のように冷淡に)そう突き放しました。
「ならば、何を書けばバズるのですか! 教えてください、なんでもします!」
「……そうか。ならば『究極の喪失』を見せてみろ。お前が一番大切にしているものを、衆目に晒して燃やしてみせろ。読者が見たいのは、安全圏から眺める『他人の破滅』だ。それもお前のような、小賢しい商材屋が絶望する様こそ、最高のエンタメなのだよ」
その時、良秀の脳裏に閃いたのは、あの娘の顔でございました。
娘のプライバシー、娘の将来、娘の尊厳。
それらを全て「ネタ」として薪にくべれば、間違いなく大炎上し、莫大なPVが入る。
「……やります。私の娘を、ネットの業火で燃やしてみせましょう」
五
それから数日した夜の事でございます。
良秀は「娘のパパ活疑惑」という捏造記事の下書きを手に、震える指で「公開」ボタンを押そうとしておりました。
もちろん、娘は清廉潔白です。しかし、ネットの住人は真実など求めておりません。「叩けるサンドバッグ」があればそれでいいのです。
CEO様(アルゴリズム)は、その気配を察知し、拡散の準備を整えて待っております。
「良秀。今宵はお前の望み通り、お前の娘のアカウントに火をかけて見せてつかわそう」
画面の向こうで、CEO様が嗤った気が致しました。
良秀がボタンを押した瞬間。
世界が変わりました。
『親の金で豪遊するパパ活娘』というデマは、瞬く間にトレンド入りし、特定班が娘の住所、職場、過去の写真を掘り起こしました。
娘のスマホは鳴り止まず、SNSには罵詈雑言の嵐。
「死ね」「売春婦」「親の顔が見たい(お前だ、良秀)」
娘は泣き叫び、部屋の隅で震えておりましたが、良秀はそれを助けるどころか、その泣き顔をスマホで撮影し、「娘が真実を告白しました(有料エリアへ続く)」と追記していたのでございます。
六
モニターの中では、娘の人生がリアルタイムで燃え尽きていきます。職場からは解雇の通知、友人からの絶縁、デジタルタトゥーの刻印。
その凄まじい炎上の火力と言ったらございません。
しかし、親の良秀は――。
良秀のその時の顔つきは、今でも私は忘れません。
娘の人生が灰になっていく様を目の当たりにしながら、彼は、やはり手を差し伸べたまま、食い入るばかりの目つきをして、管理画面の「売上残高」を吸いつけられたように眺めておりました。
1万、5万、10万、50万……。
娘の涙一滴が、チャリンという音に変わる。
娘の悲鳴が、承認欲求を満たす通知音に変わる。
何という不思議な事でございましょう。
あの借金に苦しみ、アルゴリズムに怯えていた小者の良秀は、今は言いようのない輝きを、さながら「勝者」の恍惚を、皺だらけな満面に浮かべながら、娘の破滅を「最高のコンテンツ」として消費し尽くしているではありませんか。
「見たか! これが俺の実力だ! 俺はアルゴリズムに勝ったんだ!」
彼は狂ったように笑い、燃え盛る炎上の中へ、さらに燃料(娘の卒業アルバム)を投下したのでございます。
結
その夜、良秀の記事は、プラットフォーム始まって以来の記録的な売上を叩き出しました。
良秀は借金を完済し、一時的に「時の人」となりました。
世間では、娘を売った鬼畜と罵る声もありましたが、良秀は「アンチも養分」と嘯き、意気揚々としておりました。
しかし、そうなった時分には、娘はもうこの世にはおりませんでした。
心労と絶望のあまり、自ら命を絶ったのでございます。
そして、娘の葬儀の日。
良秀は、黒いスーツを着て、またしてもスマホを構えました。「娘の最期」を記事にするために。
ですが、その時、ふと画面に映った自分の顔を見て、彼は動きを止めました。
そこに映っていたのは、「勝者」の顔ではなく、全てを失い、孤独と虚無に食い尽くされた、ただの醜い猿の顔でございました。
翌日、良秀は自宅の梁へLANケーブルをかけて、縊れ死んだのでございます。
結局のところ、彼が魂を売って手に入れた端金(はしたがね)は、娘の命の代償としては、あまりにも安すぎたのでございましょう。
彼のアカウントは規約違反で凍結され、その「究極の記事」も、今では電子の海に藻屑と消え、誰の記憶にも残ってはおりません。
