見出し画像

太い実家の種類株式「私」の10億円、あるいは月曜日の「幸福な降伏」

プロローグ

10億円欲しい。

そう口に出すと、友人は呆れたように笑った。

「またまた。酔ってないでしょ? 実家にお願いすればお小遣いでくれるでしょ、そのくらい」

「どうかな。試したことないから」

私は曖昧に微笑んで、細長いフルートグラスを傾ける。立ち昇る泡が、喉の奥で弾ける。

友人が手土産に持ってきたヴィンテージのシャンパンは、確かに美味しい。けれど、どこか鉄のような味がする。

それはたぶん、私がこの会話に飽き飽きしているからだ。あるいは、この部屋の空気が冷たすぎるからかもしれない。

港区の夜景は綺麗だ。

このタワーマンションの28階、リビングの巨大なフィックス窓から見下ろす東京は、まるで宝石箱をひっくり返したように輝いている。東京タワーの赤い光が、雨に濡れたアスファルトに反射して滲んでいる。

友人は「やっぱりこの景色、最高だね」とため息をつき、スマホで写真を撮り始めた。「#ホームパーティー」「#親友の家」というタグをつけて、インスタグラムのストーリーズに上げるのだろう。

友人は知らない。このマンションが私の名義ではないことを。

この部屋の登記簿謄本に記載されているのは、私の名前ではなく「株式会社〇〇資産管理」という無機質な法人名だ。

管理費も、修繕積立金も、固定資産税も、すべて実家の会社から自動引き落としされている。

私が座っているカッシーナのソファも、壁に飾られた現代アートも、すべて「社宅の備品」として減価償却されている最中だ。私が選んだものは、ここには何ひとつない。

この部屋の鍵は私が持っているが、スペアキーは実家の金庫と、顧問税理士のデスクの中にある。

私はこの部屋の住人だが、所有者ではない。もっと言えば、私はこの人生の当事者だが、オーナーではないのだ。

友人がトイレに立った隙に、私はグラスをテーブルに置いた。

コースターの裏に、実家の家紋が透かしで入っているのが目に入る。父が「家の格式を忘れるな」と送ってきた特注品だ。

吐き気がした。

だから私は、10億円が欲しい。

それは贅沢をするための金ではない。エルメスのバーキンが欲しいわけでも、ファーストクラスで世界一周したいわけでもない。

10億円あれば、この借り物のマンションを出て、自分の名義で、自分の好きな色で壁を塗った小さな中古マンションが買える。

10億円あれば、実家のコネで入った会社を辞めて、誰も私の苗字を知らない場所で、一から仕事を始められる。

10億円あれば、父や姉の顔色を伺うことなく、私が選んだ相手と恋ができる。

私にとっての10億円は、大金ではない。

私という人間を、私の「家」から買い戻すための手切れ金だ。

自由への身代金だ。 そして、私が私自身の人生の議決権を取り戻すための、最初で最後の資本金なのだ。

第1章 地方の王族、都心の平民

新幹線が県境のトンネルを抜けると、空気が湿り気を帯びるような気がする。

私の実家は、ある地方都市に君臨する「家」だ。

駅の改札を出ると、ロータリーの一般車乗降場ではなく、ハイヤー専用の待機スペースに黒塗りのレクサスが停まっているのが見える。

運転手が私を見つけ、白い手袋をした手で後部座席のドアを開ける。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

周囲の視線が集まる。観光客は珍しそうに見るが、地元のビジネスマンたちは視線を逸らすか、軽く会釈をする。

この街で、私の実家の紋が入った社章を知らない人間はいない。

江戸時代からの地主で、戦後は建設と不動産で財を成し、今はそれらを統括するホールディングスになっている。地元選出の代議士でさえ、選挙前には必ず父のもとへ挨拶に来る。

市役所に行けば課長が奥から飛び出してくるし、タクシーの運転手に行き先を告げれば「ああ、あそこのお嬢さん」と居住まいを正し、メーターを倒すのを躊躇うことさえある。

子供の頃、私は自分が特別なお姫様だと思っていた。

この街のすべての道は、私の家の敷地へ続いていると信じていた。

けれど、東京の私立大学に進学して、そのままボストンへ留学し、都心で働き始めて気づいた。

私は特別ではない。単なる「地方の小金持ちの娘」にすぎないのだと。

東京の、それも本当の富裕層たちが集まる場所――六本木の会員制クラブや、広尾のホームパーティーに顔を出すたび、私は透明人間になったような気分になる。

彼らは、個人の才覚で数百億を動かす「資本家」たちか、あるいは私など足元にも及ばない「本物の名家」の子供たちだ。

ニューリッチたちはIPOやM&Aで巨万の富を築き、ギラギラとした生命力で世界を飲み込もうとしている。

一方で、オールドリッチたちは、生まれながらにして洗練の極みにいる。

旧華族の末裔、財閥系の分家、都心の超一等地を何世代も守り続ける地主たち。彼らは幼稚舎からの同級生コミュニティで強固に結ばれ、祖父の名前が歴史の教科書に載っているような連中だ。

彼らの前では、私の家の威光など、泥のついた野菜のようなものだ。

「ご実家はどちら?」と聞かれ、県名と社名を答えても、彼らは眉一つ動かさない。

「へえ、老舗なんだね。歴史があるのは素晴らしいことだ」

社交辞令の定型文。彼らの瞳の奥には、私への興味など欠片もない。

同じ「実家が太い」人間であっても、彼らの資産はすでに金融化され、美しい数字として世界中を巡っている。対して私の家は、まだ土地と汗と、地方のしがらみに縛られている。その「土着の匂い」を、彼らは敏感に嗅ぎ分けるのだ。

彼らの世界には、私の実家のようなローカルな承認手続きは存在しない。

信用は前払いされ、時間は再配分され、摩擦係数がゼロに近い世界。

予約の取れない鮨屋に電話一本で席を作り、空港では専用レーンを通り、誰かの紹介などなくても自分の名前だけで扉が開く。

私はそこで、ただ愛想笑いをしてグラスを持つだけの「背景」になる。

そこで私は、二重に引き裂かれる。

週末、新幹線に乗って地元に帰れば、周囲を見下すような傲慢なプライドが、まるでアレルギー反応のように自分の中に蘇ることに気づく。店員の態度が少しでも悪いと、「誰だと思っているの」という言葉が喉まで出かかる。

けれど東京に戻れば、そのプライドは何の役にも立たず、むしろ邪魔になる重りでしかない。

「釣り合う相手がいない」と親戚は言う。「お前の家柄に見合う男が、この田舎にはいない」と。

けれど、違う。私が勝手に、上を見て絶望し、下を見て軽蔑しているだけだ。

東京の「本物」たちには相手にされず、地元の誠実な人たちを「格下」だと見下す。

誰かと食事をしていても、つい相手の靴や時計を見て、実家の資産規模と比べてしまう。この男は父に頭を下げる側か、下げさせる側か。そんなことばかり考えてしまう。

この醜い自意識こそが、あの家が私に植え付けた呪いだ。

私は温室で育った花ではない。温室でしか呼吸できないように改造された、哀れな植物なのだ。

第2章 15歳の調印式

私が「傍流」になった日のことは、はっきりと覚えている。15歳の誕生日。高校の合格祝いを兼ねた夕食会の後だった。

「少し、話がある」

父の声は低く、拒絶を許さない響きを含んでいた。

通されたのは、父の書斎だった。

重厚なマホガニーの机。壁一面の法律書と経営学の本。

そこには、幼い頃から家に出入りしている顧問税理士の老紳士と、3歳上の姉が既に座っていた。

姉は背筋を伸ばし、膝の上で手を重ねていた。その表情は能面のように読み取れず、ただそこに「在る」ことが義務付けられた調度品のようにも見えた。

「お誕生日、おめでとうございます」

顧問税理士が慇懃に頭を下げた。しかし、その目は笑っていない。机の上には、分厚いファイルが二冊、置かれていた。

「お前も15歳になった。今日から印鑑登録ができる」

父は淡々と言った。

「これは、家の未来を守るための手続きだ。お前にも、その責任の一端を担ってもらう」

税理士がファイルを開く。

並んでいたのは、『経営承継円滑化法に基づく合意書』、そして『遺留分の放棄』に関する申立書という、禍々しいタイトルの書類群だった。

まだ社会の仕組みなど何も知らない15歳の私に、税理士はゆっくりと、噛んで含めるように説明を始めた。

「いいですか。株式会社〇〇は、一族の魂そのものです。株式が分散することは、経営の死を意味します」

彼の口から紡ぎ出される言葉は、まるで異国の呪文のように難解だった。

経営の死、分散、介入、集中。

当時15歳の私に、その理屈の正しさなど分かるはずもない。ただ、その流れるような口調と、父の無言の圧力だけで、これが「反論の余地のない決定事項」であることだけは痛いほど理解できた。

「しかし、それでは妹様――あなたの権利が損なわれてしまう。そこで、特例を使います」

税理士は、私の理解など待たずに、マジシャンが種明かしをするような手つきで別のページをめくった。

「あなたが将来相続する予定の株式を、すべて『議決権制限株式』、いわゆる種類株式に転換します。これなら、お姉様が全株を持たなくても経営権は守られる。そしてあなたには、普通株よりも多くの配当が出るように設計します」

専門用語の羅列に頭がくらくらしたが、要約すればこういうことだというのは、本能で悟った。

『家の舵取り(議決権)は、すべて姉が継ぐ』 『お前は船には乗せてやるし、飯も食わせてやる。だが、行き先には口を出すな』

「(……嫌だと言ったら?)」

その言葉が喉まで出かかった。けれど、声にはならなかった。

もし、それを口にしたらどうなるか。

父はきっと、眼鏡の奥から私を射抜き、表情一つ変えずにこう告げるだろう。

『嫌なら、家を出なさい。この家で暮らす恩恵を受けるなら、義務を果たせ。それが「家」というものだ』

その光景があまりにも鮮明に想像できて、私は唇を噛みしめることしかできなかった。隣で姉の肩がわずかに強張っているのが見えた。

数日後、私は父と、特別代理人として選任された叔父に連れられて、家庭裁判所へ行った。

遺留分の放棄や、除外合意の許可を得るための審判だ。

裁判所の無機質な白い壁。カビ臭いような書類の匂い。

年配の裁判官が、私に尋ねた。

「この合意は、あなたの真意に基づくものですか? 強要されたものではありませんか?」

リハーサルは済んでいた。

ここで「いいえ」と言えば、あの家に私の居場所はなくなる。留学も、華やかな生活も、すべて消え失せる。

私は深く息を吸い込み、感情を切り離すようにして答えた。

「……はい。私の、意思です」

裁判官は少し残念そうな、あるいは諦めたような目で私を見て、「認めます」と告げた。

その瞬間、木槌が叩かれる音ではなく、巨大な鉄の扉が閉まる音が聞こえた気がした。

帰りの車の中で、姉が初めて口を開いた。

「よかったわね。あなたは、自由で」

その声には、明確な嫉妬が含まれていた。

姉は次期当主として、帝王学を叩き込まれ、結婚相手さえ管理される。私は「経営に関わらなくていい」「好きなことをしていい」と言われて育った。

けれど、それは自由ではなかった。

私は「無害化」されたのだ。一族のリスク要因として管理され、牙を抜かれ、金を生むだけの債券に変えられたのだ。

私は実印を押した。朱肉の赤が、血のように書類に滲んでいった。

あの日、私は人間であることをやめ、この一族の「種類株式」になった。

配当は優先的に貰えるが、経営には口を出せない、議決権のない株主。

高価だが、発言権のないオブジェ。それが私だ。

第3章 飼い殺しの黄金

今の私は、丸の内にある外資系コンサルティングファームでシニアアソシエイトとして働いている。

激務で知られるこの会社を選んだのは、実家の威光が届かない場所で、自分の実力を試したかったからだ。

入社以来、私は誰よりも働き、成果を出してきたつもりだった。睡眠時間を削り、膨大な資料を読み込み、クライアントのために尽くした。

「さすがだね。君の分析は鋭い」

上司からの評価を素直に受け取り、私は初めて「〇〇家の娘」ではない、ただの私としての自信を持ち始めていた。

しかし、その幻想は入社二年目の冬にあっけなく砕け散った。

エレベーターホールで、偶然乗り合わせたマネージング・ディレクターが、私を見て人好きのする笑顔で話しかけてきたのだ。

「やあ、君が〇〇さんのお嬢さんだね。お父上とは先週もゴルフでご一緒したよ。君の活躍ぶりを話したら、とても喜んでおられた」

私の背筋が凍りついた。

「……父をご存知なのですか?」

「もちろんだとも。君の採用面接の時も、人事から『あそこのお嬢さんなら間違いない』と推薦があってね。いやあ、期待通りで鼻が高いよ」

彼は悪気なく去っていったが、私はその場から動けなかった。

私の実力ではなかった。

私の徹夜も、努力も、積み上げた資料も、すべては「父のゴルフ仲間」というコネクションの上で踊らされていただけだったのだ。

オフィスに戻ると、同僚たちの視線が痛かった。彼らは知っていたのかもしれない。「あの子は特別枠だ」と。

ランチタイム、同僚たちが盛り上がっている話題は、もっぱら不動産投資と住宅ローンだ。

「ペアローンで豊洲にタワマン買ったんだよね。7000万」

「うわ、勇気あるなあ! 35年ローン? でも資産価値落ちないし、勝ち組だね」

彼らの目は輝いている。数千万円の借金を背負うことが、ここでは大人の証であり、自立の勲章なのだ。

私はその輪の外で、愛想笑いを浮かべながらサラダを突く。

喉の奥が引きつるような感覚。羨ましい、と思った。

彼らは自分のリスクで、自分の城を買った。その壁に画鋲を刺そうが、ペンキを塗ろうが、彼らの自由だ。

彼らは知らない。私が住んでいる港区のマンションが、彼らの買う物件よりも遥かに高額であることを。

そして、その高額な城が、私のものではないことを。

「お前は家賃を払わなくていい。給料は好きに使え。それがお前の取り分だ」

父はそう言った。

確かに、額面だけを見れば私は恵まれている。家賃相場50万円の部屋にタダで住み、給料はすべて服や食事や旅行に消えていく。

けれど、この部屋は父が――正確には実家の資産管理会社が――「税金対策と、東京での拠点確保、および役員社宅」という名目で法人購入したものだ。

私にとって、ここは家ではない。豪華な収容施設だ。

先日、リビングの壁紙を明るいグレーに変えたいと思い、業者に見積もりを取ったときのことだ。

工事の申請を実家の総務部に送ると、翌日、経理担当者から氷のようなメールが届いた。

『社宅の改修には稟議が必要です。資産価値に影響するため、現状復帰が困難な変更は認められません。なお、今期の予算にそのような修繕費は計上されておりません』

自分の部屋の壁紙一枚、自分の意思で選べない。

カーテンの色ひとつ変えるのにも、実家のハンコがいる。これが私の「豊かさ」の正体だ。

クローゼットに並ぶエルメスのバッグも、誕生日に送られてきたハリー・ウィンストンの時計も、厳密には私のものではないかもしれない。

あれらもまた、会社の経費で購入され、どこかの勘定科目に押し込まれているのだろうか。

私は時々、自分が人間ではなく、高価な備品になったような錯覚に陥る。私の生活は、すべて「家」の貸借対照表(B/S)の上に乗っている。

右側の「純資産」の部に、私の自由意志は一行たりとも計上されていない。

恋愛に至っては、さらに救いようがない。

「早く良い相手を見つけて身を固めなさい」と親戚は言うが、私は結婚などする気になれない。

私にとって結婚とは、家同士の合併契約であり、新たな管理者が増えるだけの手続きだ。

だからだろうか。私は、「生産性のない関係」から抜け出せない。

今、私が会っているのは、ひと回り年上の既婚者だ。

彼との密会は、いつも決まって、彼が手配した都内の外資系ホテルに限られている。

「たまには君の部屋に行きたいな。手料理でも振る舞ってくれよ」

情事の後、彼は気まぐれにそう言うけれど、私は決して首を縦には振らない。

「ダメよ。散らかっているから」

嘘だ。部屋はモデルルームのように片付いている。私の私物がほとんどないからだ。

本当の理由は別にある。

ある時、母から電話がかかってきたことがあった。

「最近、帰りが遅いようね。35階の〇〇専務が心配していたわよ」

そうだった。このタワーマンションは、実家の会社が何部屋かまとめて保有しており、上層階には会社の役員や取引先が住んでいるのだ。

「悪いことはできないわね。東京は狭いんだから。変な噂が立って、会社の評判に傷がつかないようにしなさい」

監視カメラなど必要ない。

私の生活圏そのものが、彼らのテリトリーの中にあるのだ。

コンビニに行く姿も、誰を連れ込んだかも、すべては「家」のネットワークの中で共有されるリスクがある。

プライベートな空間だと思っていたこの部屋は、四方を透明な壁で囲まれたショーケースだった。

だから私は、男を部屋には入れない。

常に外で会い、ホテルという匿名空間で肌を重ね、他人として解散する。

誰にも祝福されず、未来もなく、ただ消費するだけの関係。

皮肉なことに、この誰にも言えない「秘密」だけが、父にも会社にも管理されていない、私だけの所有物のように思えるのだ。

「恵まれているくせに、何をこじらせているんだ」

世間はそう言うだろう。

でも、想像してみてほしい。

鍵のかかっていない牢屋に住まわされ、毎日最高級の食事を与えられ、しかし「ここから出たら、お前は野垂れ死ぬぞ」と毎秒耳元で囁かれ続ける生活を。

それは、飼育だ。

私は、首輪のついた愛玩動物として、この黄金の檻の中で飼い殺されている。

最終章 10億円の出口戦略

だから、10億円だ。

私が持っている(とされる)非上場株式の評価額を試算すると、だいたいそのくらいになるらしい。

週末、私は誰もいないオフィスの会議室にこもり、有価証券報告書のデータベースと、実家の会社の決算公告を突き合わせて計算した。

類似業種比準方式と純資産価額方式。国税庁の定める評価方式を併用して弾き出した数字は、サラリーマンの生涯年収の数倍にあたる。

もちろん、非上場株なんて市場では売れない。メルカリに出品することも、証券会社に持ち込むこともできない。

父や姉にとって、私が持っている株は「数字上の重り」でしかない。

だが、法律というナイフを使えば、この重りは凶器になる。

私の手元には、最後の切り札がある。会社法第136条、「株式譲渡承認請求」だ。

シナリオはこうだ。次の株主総会、あるいは法事の席で、私は父にこう突きつける。

『私が持っている株式のすべてを、第三者である投資ファンド、あるいは競合他社に譲渡したいと考えています。承認してください』

当然、閉鎖的な同族会社である実家は、顔を真っ赤にして拒否するだろう。

『馬鹿を言うな! どこの馬の骨とも知らん連中に、うちの株を渡せるわけがないだろう!』

父の怒鳴り声が聞こえるようだ。

しかし、ここからが本番だ。

会社法上、株式会社が譲渡を承認しない場合、会社自身(あるいは会社が指定する買取人)が、その株式を買い取らなければならない義務が生じる。

私は父や姉に「お金をください」と泣きつくつもりはない。

制度のトリガーを引くのだ。

『譲渡できないとおっしゃるなら、会社で買い取ってください。その代わり、今後一切、家の財産には関わりません。家庭裁判所の許可を得て、遺留分も全て放棄します』

そう突きつけて、10億円をもぎ取る。

これは「おねだり」ではない。敵対的買収テイクオーバーに近い、出口戦略イグジットだ。

しかし、敵もさるものだ。

私の脳内に住み着いているあの顧問税理士は、きっと涼しい顔でこう言い返すだろう。

『お嬢様のお考えは理解できます。しかし、会社法461条の『財源規制』をご存じですかな?』

会社が自己株式を買い取る場合、株主への交付金銭は「分配可能額」の範囲内でなければならない。

実家の会社は、確かに資産家だ。広大な土地、いくつものビル、有価証券を持っている。

しかし、それらはすぐに現金化できるものではない。

帳簿上の利益剰余金を操作し、引当金を積み増し、「あいにくですが、分配可能額が足りませんでしてね」と、キャッシュアウトを封じる。

それが彼らの常套手段だ。

金はあるのに、出せないと言い張る。資産はあるのに、財布には鍵がかかっている。

まさに、生殺しだ。

それでも私は諦めない。

何度も計算し、判例を調べ、分配可能額の壁を突破するロジックを組み立てる。

10億円あれば、この借り物のタワーマンションを出て、自分の名義で小さな中古の家が買える。壁を好きな色に塗り、誰に気兼ねすることなく画鋲を刺せる家が。

10億円あれば、嫌味な上司に頭を下げる必要もなくなり、家業のコネで得た仕事を辞められる。誰も私の苗字を知らない遠い街で、小さな本屋でもカフェでも、本当にやりたいことが探せるかもしれない。

10億円あれば、私は「〇〇家の次女」という属性を捨て、ただの「私」という個人投資家になれる。

贅沢がしたいわけじゃない。高級車も、宝石も、もういらない。

私は、私の人生の「オーナー権」が欲しいのだ。

誰の顔色も伺わず、自分の意思で賛成と反対を決める。自分の足で立ち、自分の言葉で話す。

その当たり前の「議決権」を、32年かかってようやく取り戻したいのだ。

スマホが震えた。姉からのメッセージだ。

『来週末、祖父の十七回忌があります。新幹線のチケットは秘書に手配させました。10時の「のぞみ」グリーン車です。駅には運転手が迎えに行きます』

完璧だ。あまりにも完璧に舗装されたレール。

そこに乗っていれば、私は一生、飢えることはない。思考停止という麻薬が、背骨を溶かすように甘く浸透してくる。

私はバッグからタブレットを取り出した。画面には、作りかけの「株価算定書」が表示されている。

分配可能額の壁。土地評価の複雑な計算式。

画面を見つめる目が、じわりと疲労を覚える。 ……今日は、少し疲れているかもしれない。

私はそっとタブレットのカバーを閉じ、バッグの奥に仕舞い込んだ。

グリーン車のシートは、母の胎内のように柔らかく私を包み込む。

リクライニングを倒すと、戦う気力が指先から砂のようにこぼれ落ちていくのが分かった。

また今度。

そう、準備が完全に整ったら。もっといいタイミングがあるはずだ。

次の株主総会かもしれないし、その次かもしれない。

「……10億円」

呪文のように呟いてみるけれど、その響きはどこか遠い国の物語のように聞こえた。

トンネルに入った車窓に、ぼんやりとした私の顔が映っている。

その目は、戦う者の目ではなく、飼い主を待つ従順な家畜の安らぎを浮かべていた。

あと何回、あの書類に判を押せば、私は自由になれるのだろうか。

たぶん、私は押し続けるのだろう。

この心地よい檻の中で、自由を夢見るフリを続けながら。

いいなと思ったら応援しよう!