「大人になるはずだったのに」──弱者男性と“イニシエーションなき日本社会”
「ちゃんと大学に行った。就職活動だってした。にもかかわらず、なぜ自分は『大人の社会』から疎外されているのだろう?」
「受験」そして「就職」、はたまた「結婚」「マイホーム」
これらは、日本社会が戦後急速に拡大した「子どもの社会」と「大人の社会」とをつなぐ、「通過儀礼(イニシエーション)」であるかのように思われてきた。だが現実には、それはただの幻想だった。
本来、通過儀礼とは、共同体による承認と祝福を伴うべきものだ。
成人式や結婚式がかつてそうであったように、儀式とは共同体の中に新しい地位を持った者として迎え入れるための「祝福」である。
しかし、受験と就職には祝福がなかった。
それは共同体への招待ではなく、単なる競争と選別だった。勝てば「当たり前」、負ければ「自己責任」でしかない。

そして、この脆い仕組みが崩れた時、社会に大量の「通過儀礼なき成人」が生まれた。
彼らは「大人の社会」に接続されることなく宙吊りにされ、子どもの社会からも追い出され、どこにも所属できないまま孤立していった。
そして、「自分は大人になりそこねたのではないか?」という不安と自己否定の感情だけが残った。
“受験と就職が通過儀礼”という幻想
日本社会において、受験と就職はまるで「人生の通過儀礼(イニシエーション)」のように扱われてきた。それは特に高度経済成長期以降、子どもがやがて大人の社会に接続されるために通らねばならない「通過ポイント」であるかのように信じられてきた。
しかし、歴史を少しだけ遡ってみれば、このような認識自体が非常に新しく、脆弱なものであることに気づく。
一部の上流階級を除いて、日本社会にはっきりとした「子どもの社会」や「大人の社会」の区別はなかった。子どもは早い時期から農業や商業など家族の生業を手伝い、自然な流れで大人の役割を果たすようになっていた。つまり「大人になる」ということは、明確な儀式を必要としない、徐々に進行する連続的な過程だったのである。

江戸の後期から明治にかけて日本が工業化・都市化・近代化するにつれて、子どもを一箇所に囲い込む義務教育制度が確立され、「子ども」という存在が社会から切り離され、教育という閉ざされた空間の中に隔離された。子どもは大人になるために、明確な「通過儀礼」を必要とする存在になったのである。
そうして新たに用意されたのが、「受験」というシステムだった。受験は「正解と不正解」「合格と不合格」で子どもを選別する装置である。大学受験を突破した者だけが次のステージに進み、より良い人生を歩めるとされる「通過儀礼」めいた仕組みが、1950〜60年代以降、日本社会の標準として根付いていった。

本来の通過儀礼とは、共同体全体による承認と祝福を伴うものである。文化人類学者のアーノルド・ヴァン・ジェネップやヴィクター・ターナーが述べるように、通過儀礼は単なるテストではなく、共同体が新たなメンバーを認知し、社会的地位を与える祝福と承認の場である。
だが受験にはそのような祝福も承認もなかった。受験は単なる選別装置であり、合格は「当たり前」、不合格は「自己責任」として冷たく突き放されるのみであった。
さらに悪化させたのが、「就職」という次なる幻想的儀式だった。高度成長期からバブル期までは、確かに多くの若者にとって新卒就職は実質的な「通過儀礼」として機能した。だが、1990年代のバブル崩壊とその後の就職氷河期に入ると、就職という儀式は「大人社会への入口」どころか、多くの若者にとって単なる淘汰の場になった。
受験での成功が、大人の社会への接続を必ずしも保証しないことが明らかになったのである。就職活動は椅子取りゲームと化し、少数だけが勝ち残り、大多数は社会の周縁に追いやられる。就職に成功しても、それは承認されたのではなく、「最低限の条件をクリアしただけ」と見なされ、社会の一員として迎えられる祝福も儀式もなかった。

こうして、日本社会が構築した「受験」や「就職」といった“擬似的通過儀礼”は、本来のイニシエーションが持つべき祝福と承認を伴わず、ただ選別と自己責任だけを突きつける冷酷な制度として残ったのだ。
この仕組みが生み出したのが、「弱者男性」と呼ばれる存在である。通過儀礼なき社会が生んだ、宙吊りにされたままの大人たちだ。
団塊ジュニア世代が背負った、“構造的な裏切り”
1970年代前半に生まれ、現在「団塊ジュニア」と呼ばれる世代は、日本の人口構成の中でもっとも人数が多く、いわゆる「競争世代」の代表として知られている。彼らが10代から20代になる1980年代後半から1990年代にかけては、「受験戦争」「就職氷河期」といった言葉が流行語になった時代でもあった。
この世代は「子どもの社会」から「大人の社会」へと接続するために設けられた、二大通過儀礼とされる受験と就職を経験した最初の本格的な世代でもある。彼らは戦後の高度経済成長期に築かれた「大人になるための道」を信じて疑わず、子供時代からひたすら勉強に明け暮れた。
当時は大学進学率も急上昇しており、高校を卒業したら大学に行くのが「当たり前」とみなされつつあった。大学入試は非常に熾烈な競争となり、偏差値という数値が自分の価値そのものを表しているように感じられる空気が社会を覆っていた。

だが、彼らが大学に入り社会に出ようとした頃、バブル経済が崩壊した。1990年代半ば以降のいわゆる就職氷河期である。
かつては「大学を出れば安定した職を得られる」という社会的約束が存在した。しかし、団塊ジュニア世代の前に突如として現れたのは、「椅子が極端に少ない椅子取りゲーム」だった。
この時期、企業はバブル崩壊の影響で新卒採用を絞り込み、限られたポストに応募が殺到した。中堅大学以上の卒業生ですら、正社員の地位を得るのが難しく、多くの若者がフリーターや非正規労働者という新しいカテゴリーに振り分けられた。
ここで明らかになったのは、「受験に勝っても、就職では負けることが普通にあり得る」という、これまでの通過儀礼の想定外の破綻だった。しかも、敗者は「自己責任」の名の下に個人の努力不足として片付けられた。社会全体から祝福されるどころか、「努力が足りなかった」という烙印を押されてしまったのだ。

団塊ジュニア世代が直面したのは、「大人になるための通過儀礼」が実は社会的な約束として成り立っていなかったという残酷な現実だった。彼らは「形式的には通過した」──大学を出て就職活動もした──にもかかわらず、その多くが「大人の社会」へと接続されなかった。そのため、精神的には「子ども社会」から抜け出せないまま、社会の隅に放置されることになったのである。
これは単なる不運や個人の問題ではなく、制度的な構造そのものの欠陥だった。戦後日本が作り上げた「通過儀礼」は、人口が多く、競争が激化した時代にはとうてい機能しない、脆弱なシステムだったのである。
“子どもの社会”という囲い込みの檻
そもそも日本において「子どもの社会」と「大人の社会」はいつから、どのように分かれてしまったのだろうか。
先述したように、近代以前の日本社会を振り返れば、子どもたちはごく幼い頃から親や家族とともに田畑で働き、店の仕事を手伝い、地域の祭りや冠婚葬祭にも参加した。
「子ども」という区分はあっても、それは大人社会の一員として扱われ、大人の世界から隔離されることはなかった。

しかし、戦後日本の急激な近代化とともに義務教育が整備されると、子どもたちは一日の大半を学校という閉じられた空間で過ごすようになる。
こうして人工的に作られた「子どもの社会」は、大人の社会から明確に切り離され、子どもたちを大人社会にとって都合の良い形で準備させる空間として再定義されていった。
その学校という場で子どもたちが教え込まれたのは、社会に出るための生きる知恵や自立した人格の形成ではなかった。
むしろ彼らが学んだのは、大人社会が要求する規律と従順さ、集団への同調、そして競争に勝ち抜く能力だけだった。
言い換えれば、学校という空間は、子どもたちを大人が必要とする「使いやすい労働者」や「従順な消費者」へと訓練するための檻でしかなかったのだ。

こうした学校空間に馴染めなかった子どもは「不登校」や「引きこもり」という形で学校社会から脱落した。
子どもの社会から放り出された彼らは、かといって大人の社会に受け入れられるわけでもない。
学校の外には「大人の社会」と呼ばれる場所があるように見えて、そこへ入るための門戸は、就職試験や入学試験という狭き門を通過した者にしか開かれないのだ。
「子ども」と「大人」の境界は極めて明確に引かれるようになった。
かつてのような連続性は失われ、代わりに生まれたのは「形式的通過儀礼」つまり受験と就職という、冷たく非人間的な制度的選抜だったのである。
その結果、子どもの社会で居場所を失い、大人の社会にも受け入れられなかった多くの男性は、どこにも行けず宙ぶらりんの状態となった。

彼らが唯一居場所を見つけられたのは、かつて子ども時代を過ごした自室だけだった。
そして、この「子供部屋」にとどまり続けることを社会は嘲笑したが、その責任が構造的に生じていることには目を向けようとしなかった。
こうして、戦後日本が生んだ「子どもの社会」という人工的な檻は、「弱者男性」を生む基盤となった。
子どもと大人という社会的区分の狭間に落ちた男性たちは、誰にも認められず、どの共同体にも属さないまま取り残されていった。
“どこにも属せない”という地獄──消費装置としての居場所
子どもの社会から追い出され、大人の社会からも排除された男性たちは、一体どこへ行けばよかったのだろうか。
通過儀礼が機能しない社会では、「大人になる」ということが抽象的で曖昧なままだった。
かつては地域や職場、家族など、身近な共同体が自然な形で成人を受け入れていたが、現代社会ではそうした共同体は徐々に解体され、個人が孤立することが当たり前になった。
その結果、社会的に宙吊りになった彼らは、実家の「子供部屋」で生活を続けるようになる。
だがそれは、単に身体的な空間にとどまるという問題ではない。真の問題は精神的な「どこにも属せない感覚」そのものだった。

社会とのつながりが失われた状態で孤立し、現実の居場所を見つけられないまま、彼らは次第にオンライン空間やサブカルチャー的な趣味に安息の場を求めるようになった。
インターネットやSNS、ゲームコミュニティなど、オンライン上には「居場所」があった。
そこでは、かつての同級生や職場の同僚から感じるような、現実社会の評価や承認のプレッシャーを感じることなく、自分自身を表現できる可能性があった。
しかし、オンライン上のコミュニティや趣味の集まりは、彼らを「社会の一員」として迎え入れる通過儀礼や共同体には決してなりえなかった。それどころか、多くの場合、彼らを搾取する消費装置としての性格を帯びていた。
アイドルの推し活、課金型ゲーム、風俗、VTuber配信、オンラインサロン、マッチングアプリ・・・これらの場は、一見すると彼らに所属感や承認感を与えているように見える。だが実際には、そこに存在するのは構造化された「消費」だけだった。

「認められる感覚」や「つながっている感覚」が消費によってのみもたらされる場では、より多くの時間とお金を注ぎ込むことだけが、自分が社会から排除されていないことの証明になる。
だが、それは本質的な社会的承認でも、所属でもない。
どれほど課金を重ねても、コメントを送り続けても、決して社会の一員として正式に迎え入れられることはない。
そこには儀式もなく、共同体による祝福もなく、ただ消費を促す構造だけが存在する。
だが、消費の檻から一歩外へ出れば、彼らの社会的位置づけは一切変わっていない。
彼らは、依然として社会の隅に追いやられ、孤立した存在のまま。
これが現代の日本社会が生み出した「弱者男性」の深刻な現実である。
彼らが感じている苦痛とは、「どこにも属せない地獄」に落ちた孤独感と、それを消費で埋めるしかない社会構造にこそ由来しているのだ。

“大人になる”とは何か?──本当の儀式の不在
そもそも「大人になる」とは、いったいどういうことだろうか?
「大人」という言葉には曖昧なイメージがまとわりつく。経済的自立や社会的地位、結婚や家庭を築くことが、そのイメージを代表しているだろう。しかし、そうした定義は本質的に曖昧で、時代や文化、社会環境によって大きく変動する。
就職や受験は、第1章で述べたように、単なる「選別と淘汰」の仕組みにすぎない。
「合格=社会からの祝福」とはならず、ただ競争の勝者として「次の競争」へと進むだけだ。そこに所属や承認は伴わない。
では、結婚や家庭はどうか。確かに結婚や家庭形成は一定の社会的承認を伴う。
しかし、それも近年は誰にでも手に入るものではなくなりつつある。
経済的に不安定であったり、社会的に排除されている男性にとっては、そもそも結婚や家庭形成そのものが「非現実的な選択肢」となりつつある。

このように見ていくと、現在の日本社会には、若者を「大人として社会に迎え入れる連続性も存在せず、かつ、儀式や仕組みが決定的に欠けている」ことがわかる。
つまり、日本社会そのものが「大人になること」の意味を定義できていないのだ。
その結果として、弱者男性たちはただ宙ぶらりんに取り残されている。
社会から明確な承認を受ける機会を持たないまま、自らが「大人になれないこと」を個人の能力や自己責任として内面化し続けている。
だが、本当の問題は彼らの側ではない。問題は、日本社会において「本当の通過儀礼」が消え失せたまま、何も再構築されてこなかったことだ。
つまり、「弱者男性の苦しみ」とは、「大人になる儀式の不在」が社会全体にもたらした構造的な問題に他ならないのである。

だから、あなたの“違和感”は正しい
ここまで見てきたように、現代日本に生きる「弱者男性」たちが抱えている問題は、個人の資質や能力に還元できるほど単純ではない。
それは戦後社会が生み出した「子どもの社会」と「大人の社会」の人工的な断絶、そして本来あるべき「通過儀礼」の不在が生んだ構造的な悲劇である。
あなたが感じている違和感「受験もした、就職活動もした。それなのに、自分は本当に『大人』になれたのだろうか?」という疑問は、極めて正常で正しい感覚である。むしろ、その違和感こそが、この社会の構造的欠陥を鋭く突いているのだ。

戦後の日本社会は、「大人になるための道」を形式的に整備したが、そこに重要な「儀式性」、つまり共同体による祝福や承認を付与することを完全に忘れてしまった。
その結果、社会の周縁に宙吊りにされ、自分の居場所を求めてオンラインや消費活動に時間と金を注ぎ込む男性たちを大量に生み出したのである。
しかし、だからといって絶望する必要はない。大切なのは、いまあなたが感じている「違和感」を自己否定に向けることではなく、むしろその違和感を社会変革への出発点と捉えることである。

自分は大人になれていないのではないかという不安、自分は社会の一員として認められていないという孤立感・・・そうした感覚を抱いているのは、あなただけではない。
日本社会がこの問題を乗り越えるためには、新たな通過儀礼や、社会が個人を認知し承認する仕組みを再び取り戻す必要がある。
そしてそれは、現在の社会制度を疑い、新しい社会を設計しようとする人々の手によってしか実現されない。
あなたが今感じているその違和感は、あなた個人の問題ではない。それはむしろ、社会そのものが変わる必要があることを知らせるシグナルなのである。
だから、どうか自分を責めないでほしい。その違和感を、ぜひ次の社会をつくるための新しい視点として、大切に抱えていってほしい。あなたが抱くその痛みと違和感こそが、次の社会をつくるための最初の一歩なのだから。
