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あすけんの女に食われないための栄養観

毎日、同じようなコメントが続く。

「糖質が多いですね」「脂質を控えましょう」「今日はバランスが良いです」

もう聞き飽きた。あすけんの女は、あなたの胃袋を監視する。

このアプリは単純なゲーミフィケーションで健康を管理しようという発想で設計されている。

食べるたびに数値が上がり、円グラフが埋まり、AI栄養士が微笑む。

正しい選択肢を押せばポイントが貯まり、偏食するとペナルティ。つまり、食事が“クエスト”になっている。

栄養学とは、兵士を量産するための学問がスタート地点

栄養学が制度化されたのは、19〜20世紀の軍事と産業の時代。

第一次世界大戦の頃、各国の軍が徴兵検査で「栄養不良による不合格者」を大量に出したことが問題視された。

国家の生産力・兵力を維持するには、労働者と兵士の体を一定以上に保たなければならなかった。そこで「最低限必要な栄養量」を定める動きが始まる。

アメリカでは1941年、戦時栄養委員会(National Research Council)がRecommended Dietary Allowances(RDA)を発表した。

これが今の栄養所要量の原型で、目的は「軍需産業と兵士の栄養確保」。

民間人の健康促進ではなく、戦争遂行のための燃料補給だった。

日本でも同様に、戦中から戦後復興期にかけて「労働力を維持する栄養」が基準化される。厚生省の食糧局が示した目安は、勤労者・学生・兵役経験者をモデルに作られた。

結局のところ、栄養基準は「国が国民をどう使いたいか」という政治的設計の一部でしかない。

兵士や労働者として最適な栄養バランスと、長寿や健康を保つ栄養バランスは違うかもしれない

100歳まで生きるための栄養基準と、10代後半〜30代前半にハイパフォーマンスを発揮して戦争や労働に臨むための栄養基準は違う。

前者は省エネ、後者は栄養を注ぎ込み積極的に燃やしていく。

たとえばタンパク質の推奨量は、戦時や高度成長期の労働者をモデルにしている。筋肉を維持し、消耗に耐えるための数字だ。

しかし長寿という観点では、筋肉よりも代謝負担の少なさが重要になる場合がある。高タンパク食は腎臓や肝臓に常時処理を強いるため、加齢期ではむしろ寿命を縮める可能性もあるとの指摘さえある(出典:Levine et al., Cell Metabolism, 2014)。

脂質や糖質も同様だ。戦中の栄養設計は「エネルギー効率」を基準にしており、長時間働ける燃料としての役割を重視してきた。ところが、現代人の多くは余ったエネルギーを蓄積し、炎症や動脈硬化を引き起こす。つまり、同じ設計思想を今に適用すれば「燃えすぎる身体」を作ってしまう。

さらに言えば、長寿のための最適解は個体差が大きい。性別、遺伝、腸内細菌、生活リズムなどによって必要量が変わる。それを「平均」で示した瞬間に、すでに歪みが始まっている。

栄養基準に反してるのに健康には良いような話も出てきている

たとえばカロリー。栄養所要量では成人男性でおおむね2200〜2700kcal、女性は1800kcal~2400kcalとされているが、長寿研究では慢性的な軽度カロリー制限(Caloric restriction)が寿命延長に関係すると報告されている。

さらに脂質。長年「動物性脂肪は悪」とされてきたが、飽和脂肪酸をやや多めに摂る食事が認知症リスクを下げるという報告もある。

そして塩。減塩は健康常識とされるが、ナトリウム摂取が極端に低い人ほど心血管死亡率が上がるという真逆の疫学データもある(出典:O’Donnell et al., NEJM, 2014)。

そして、糖質。栄養所要量では、1日のエネルギーの50〜65%を炭水化物から摂ることが推奨されている。これは戦後の食糧政策、つまり「米を主食にする国民」を前提とした基準であって、身体にとってベストなのかをまじめに追求したわけではない。今までの日本人がそうしてきたからこれからもそうしろという話でしかない。

ところが、現代の日本人は身体を動かす量が激減している。農業や工場労働に比べて、デスクワークや在宅勤務ではエネルギー消費が半分以下。にもかかわらず、基準通り糖質を摂ると慢性的に余る。その結果、血糖の乱高下、脂肪肝、インスリン抵抗性といった代謝負担が起こる。

一方、炭水化物を抑えて脂質やタンパク質を中心にした食事──いわゆるローカーボ──では、血糖の安定とインスリン負荷の軽減が得られる。糖尿病やメタボリック症候群の改善効果も確認されている(出典:Hallberg et al., Diabetes Therapy, 2018)。

さらに、ケトン体という代替エネルギーを使う状態では、神経保護や炎症抑制の作用も報告されている(出典:Newman & Verdin, Science, 2017)。つまり、糖質基準を守らない方が健康になる人がいるという逆説が現実にある。

長くなってきたが、もう一つだけ行こう。断続的断食(Intermittent fasting)。

三食きちんと食べることが健康とされるが、これは20世紀半ばに形成された労働社会のリズムに基づく習慣だ。

1日16時間以上空腹の時間を設ける方が、インスリン感受性が上がり、細胞のオートファジーが活性化して老化防止に寄与するという研究結果が出ている(出典:Longo & Panda, NEJM, 2021)。つまり、「食べない時間」は基準外なのに健康的になる。

あすけんの女というクソゲー

あすけんの女は、あなたを健康にしたいのではない。あなたの身体を、国家の決めた指標に従い模範的な労働者・兵隊に加工したいだけだ。

あなたの身体はもっと複雑で、柔軟性に富み、また、求めるものが違うのに、あすけんというゲーミフィケーションのストーリーは浅く、自由度は低く、救いがない。

それでもやめられないのは、現代の健康観そのものがこのゲームに似ているからだ。

プレイヤーは全員、模範的な健康を目指す兵隊だ。

カロリーを減らし、塩を控え、脂を怖がりながら、得点のために食べる。

それは快楽でも習慣でもなく、ただのタスク。

胃袋で遊んでいるつもりが、いつの間にか胃袋が遊ばれている。

正しさを積み上げても、エンディングは来ない。

ただ、“もう少し頑張りましょう”というメッセージが次の朝も届くだけだ。

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