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「満月で株が下がる」は本当か?投資家心理ではない市場を動かす「真犯人」の正体とは?

「満月の夜は狼男が現れる」というのは昔話ですが、「満月の夜は株価が下がる」という話が、大真面目な金融論文として議論されていることをご存じでしょうか。

一見すると占星術かオカルトのようですが、これは「月相効果(Lunar Phases Effect)」と呼ばれ、行動ファイナンスの世界では古くから報告されてきたアノマリー(経験則)の一つです。

「月のサイクルが人間の心理に影響するなら、人間が集まる『市場』にも波が立つはずだ」

そんな仮説を出発点に、現時点での最新の研究データ、そして「イスラム暦・旧正月」という社会制度、「タンカーと潮汐」という物流の物理的制約まで、月が経済に与える影響を深掘りして検証してみます。

1. 過去の研究報告:新月期間の株価リターンは高く、満月期間は低い傾向がある

まず、議論のきっかけとなった代表的(有名)な研究結果を見てみましょう。

2001年、Dichev氏とJanes氏は、過去100年分の米国株や世界24カ国の市場データを分析し、ある興味深いサイクルを報告しました(SSRN, 2001)。

新月の前後15日は、満月の前後15日に比べて、株価のリターンが高い傾向にある。

彼らの分析によれば、この現象は長期の米国市場および国際市場で広く観察されました。一方で、出来高やボラティリティ(価格変動の激しさ)については、月相との明確な関連性は見られないとしています。

また、2006年のYuanらの研究では、対象を48カ国に広げて検証が行われました。彼らの試算では、満月期と新月期のリターン差は年率換算で3〜5%程度に達し、統計的にも無視できないレベルだとされています(Journal of Empirical Finance, 2006)。

なぜ、こんなことが起こるのか?

研究者たちが推測した主な理由は、「月が投資家の心理(センチメント)に影響を与えている可能性」です。

心理学の一分野では、満月が人の気分や睡眠、判断力に影響を与える可能性が議論されてきました。満月の時期、投資家がほんの少し「不安」や「悲観」に傾くとしたらどうでしょう。リスク資産である株は敬遠され、価格は上がりにくくなる。逆に新月になれば心理状態がフラット、あるいは楽観的になり、リターンが正常化する――というロジックです。

2. 満月要因説の否定:実は「満月が下落」するのではなく「新月が上昇」している可能性

しかし、「満月=暴落」と決めつけるのは早計です。後の研究で、より冷静な再検証が行われています。

2011年、Keef氏とKhaled氏は、分析の精度をもう一段階引き上げました。彼らは62カ国の株価指数(1988-2008年)を用い、単に「新月 vs 満月」を比べるのではなく、月の満ち欠けとは無関係な「通常の日(コントロール日)」との比較を行ったのです(Journal of Empirical Finance, 2011)。

その結果、先行研究とは少し違った景色が見えてきました。

  • 満月の日のリターンは、通常の日と比べて特に低くはない(有意な差はない)。

  • むしろ、新月の日のリターンが、通常の日よりも高い傾向がある。

つまり、「満月が市場を悪化させる」のではなく、「新月の時期に市場を押し上げる何かがある(あるいは新月が良い)」と解釈するほうが自然かもしれない、というのです。

なお、さらに時代を下った2025年の再検討(SSRNプレプリント)では、グローバル株価指数のデータを2025年まで延長して検証したところ、市場や時期によって効果の現れ方に偏りがあり、かつて言われたような「普遍的で強力な世界共通のアノマリー」としては弱まっている可能性も指摘されています。

3. アノマリーの正体は「旧正月・イスラム暦」?月で動くカレンダーと経済活動

心理的な「気分」の話から離れ、視点を「カレンダーの中の月」に移すと、「新月効果」の裏にある具体的な社会構造が浮かび上がってきます。

Yuanらの研究では、月相効果は「他のカレンダーアノマリーや祝日効果とは独立している」と主張されています。しかし世界には、太陰暦(月の満ち欠け)を基準に生活や経済が回っている巨大な経済圏が存在し、これらが新月周辺のデータに影響している可能性は無視できません。

イスラム圏(ヒジュラ暦)

イスラム暦は完全な太陰暦であり、各月の始まりは「新月後の最初の三日月が観測された日」と定義されます(U.S. Naval Observatory)。

特に断食月(ラマダン)やその明けの祝祭(イード)は、月のサイクルに完全に同期します。

  • 観測とズレ:
     暦が天体観測に基づくため、国や地域によって祝祭の開始日が1日程度ずれることもありますが、市場の休場や取引時間の短縮は確実にこのサイクルで発生します。

  • 流動性の変化:
     宗教行事に合わせた資金需要や活動量の変化が、「新月周辺」の市場データにノイズとして混入しやすい構造があります。

中華圏(農暦・旧暦)

中国や東南アジアの華人社会では、旧正月(春節)が最大のイベントです。旧正月の元日は「冬至の後の第2新月」と定義されています(Hong Kong Observatory)。

  • アノマリーの正体?:
     「新月付近のリターンが高い」というデータの一部は、実は「旧正月(新月)に向けた祝祭ムード」「大型連休前の手仕舞い・明けの買い戻し」といった、人間が作った制度的要因を拾っている可能性があります。

投資家が月を見て遠吠えしているわけではなく、「月で決まった休日に合わせて、現金の準備や株の売買をしている」という、極めて合理的な行動が「新月効果」の一部を構成しているというわけです。

4. 月の引力が経済に与える物理的影響:大潮・小潮が引き起こす物流ボトルネック

最後に、心理ともカレンダーとも異なる、物理的な側面としての「潮汐(Tide)」に触れます。これは「新月だけ株が上がる」アノマリーを直接説明するものではありませんが、月が実体経済(物流)に物理的に介入すると明確に言える現象です。

月と太陽の引力が重なる新月と満月の時期は、干満差が最大になる「大潮(Spring Tide)」になります。逆に、上弦・下弦の月(半月)の時期は、干満差が小さい「小潮(Neap Tide)」になります。

これが、巨大タンカーやバルク船の運航には死活問題になります。

「あと50センチ」が通れない

鉄鉱石や原油を満載した巨大船は、喫水(水面下の深さ)が20メートル近くになることもあります。水深の浅い港や航路では、船底が海底に接触しないよう、数センチ単位の厳密な計算(Under Keel Clearance)が行われます。

  • 大潮(満月・新月):
     満潮時の水位が高くなるため、喫水の深い巨大船が入出港しやすくなります(Tidal Advantage)。

  • 小潮(半月):
     満潮でも水位が上がらないため、積載量を減らすか、次の大潮まで沖で数日間待機(滞船)する必要が出てきます。

実際に、米国のチャールストン港など喫水制限のある港では、深喫水船の潮位待ちによる遅延が報告されており(USACE)、オーストラリアのポートヘッドランド等の積出港でも、潮位と波浪を計算に入れた厳密な出荷枠(Tidal Window)管理が行われています(Pilbara Ports Authority)。

「月の巡り合わせで物流が止まる・動く」という物理的なリズムが、局所的なスポット運賃や在庫の積み上がりに影響を与える――。

これはオカルトではなく、重力が物流に与える物理的制約です。

月を見て投資するものも悪くないのでは?

株式市場における「月相効果」について検証してきました。

  1. 統計的には:
     新月付近のリターンが高く、満月付近が低い傾向が過去(特に2000年代初頭の研究)には報告されました。しかし、近年の再検証ではその効果は限定的と見られています。

  2. 原因の解像度:
     「満月で投資家が悲観的になる」という心理説だけでなく、「新月基準のカレンダー(旧正月やイスラム暦)で動く経済活動」が新月側のデータを押し上げている、という制度的解釈が有力です。

  3. 実体経済への介入:
     アノマリーとは別に、潮汐という物理的な力が、海運物流のボトルネックにリズムを作っている事実は存在します。

勿論、「満月だから株が下がる」と短絡的に空売りを仕掛けるのは推奨できません。

しかし、グローバルな市場を見る際に、「今、世界のどの地域が『月のカレンダー』で動いているのか?」や、「物理的な『潮』が物流をどう変えているか」を想像する視点は、市場理解の解像度を確かに高めてくれるはずです。

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