未完成の輪郭を描く
――色を奪われた時代に、色をもつということ

「正しさ」よりも「らしさ」が求められる時代になりました。
情報は誰でも発信できる。けれど、どこかで見たような言葉や、誰かに似た作品があふれています。
それでも、私は思うのです。
表現とは、自分の色で世界を切り取ることだと。
なぜ「書く」のか
私は外科医であり、写真家でもあります。
二つの領域に共通するのは、「何をどう見るか」を常に問い直し続ける姿勢です。
このnoteでは、医学的知識や撮影ノウハウを並べるのではなく、
“考えること”と“表現すること”のあいだにあるものを言葉にしていきます。
書いていくこと
この場所で扱うのは、こんなテーマです。
なぜ今、自分の色をもつことが重要なのか
私が写真作品に込める「選びとる視点」について
誰かに伝えることと、自分自身を掘り下げることの重なり
(時折)科学の目線から語る、視線誘導・構図・心理の話
表現は、見えるものを見せる行為ではなく、
“見えない選択”をいかに残すかの試みだと私は考えています。
誰にも似ていない、という未完成
「完成された正解」よりも、「誰にも似ていない未完成」。
その不確かさにこそ、表現の種が宿っている気がします。
他者に理解されなくても、自分が信じられる輪郭。
すぐに消えてしまいそうなその線を、私は言葉と写真で描いていきたいのです。

ここから始めます。
正解ではなく、思考の軌跡を。
完成された言葉ではなく、削られた末に残ったものを。
このnoteが、誰かにとって「自分の表現を肯定する場所」になれたら嬉しいです。
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