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日本食輸出業界は日本食を売るな!タコスを売れ!

世界の日本食業界は成長を続けている。

農林水産省の調査によると日本レストランの数は2013年の約5.5万店から2023年には約18.7万店と3倍以上に増加。日本食の輸出額は 2021年に1兆円を突破し、2024年には1.5兆円を超えたとの事。

https://www.maff.go.jp/tohoku/syokuryou/kakou_yusyutu/attach/pdf/index-31.pdf

食文化に限らず、日本車のトヨタ、ゲームの任天堂、アニメや漫画…これらを包括した「日本」というカテゴリーはもはやそれ自体が一つのブランドになっている。海外では「マクドナルド」「ヴィトン」「BMW」などと肩を並べ「日本製」と言うブランドのとして認識されている。これは他の国にはあまりない現象だ。

さらに、自分の育ったスペインにおいてはコロナ禍が大きなブレイクスルーを発生させた。家籠りによりインターネットの使用が増加し、Youtuber等を介し今まで認知されていなかった様々な日本商品が知られるようになった。コロナの影響で閉店した店舗と入れ替わり日本の商品を販売するショップが増えた。おそらくこれは世界的なトレンドだろう。

日本の雑貨やグッズを売るショップ

だが、日本文化が海外において根付いているかと言うと…あまりそうは感じない。自分はスペインで小中高大と義務教育を受けたのだが同級生で日本を「理解している」と思える同級生は皆無であった。

「日本」というフレーズを知っていても、皆中国と日本を混同し、有名な日本人は?と聞かれると「ジャッキーチェン」と答えるし、日本食レストランでは前菜にスプリングロール(春巻き)を注文する。(これはどこの日本レストランでも春巻きを置いてるせいで勘違いされてもしょうがないが・・・)

外国人のステレオタイプのセリフ「フジヤマ!ゲイシャ!スシ!」を言える外国人はだいぶ日本の事を知っている上澄みだ。

これは、インターネットが発展した現代でも大して変わらない。体感として「日本」をちゃんと認識している人は未だ全人口の1%にも満たないのではないかと思う。

大多数の外国人にとって:食堂のおばさんにとって、ナイフ研ぎのおっさんにとって、酒場で飲んでるタクシー運転手にとって「日本」という物は、自身の日常に関係するものではない。貧民の自分にはヴィトンというブランドは知っていても一切関係ないのと同じ。NOT FOR ME

だが多くの日本人、海外に向けた商品を販売している多くの食品サプライヤーでさえ「日本という国は世界で知られている」という誤ったイメージを持ってしまっている。これだけ日本商品が売れているし、みんな日本という国の名前を知っているので日本文化はとても広く認知されているのだろうと。

この日本人が持っている「日本という国は世界で知られている」イメージと実態の乖離は恐らく生存者バイアスだ

例えばテレビなどで放送される日本が大好きな外国人の映像はほぼ観光客の物、観光客は当然好きで日本に来ているので日本が好きで当たり前。海外の日本に対して言及する映像なども基本日本レストランやそれに関するイベント、つまり「日本オタク」が集まる場所の物が多い。当然彼らは日本に好意的だからそこに来ているのだ。

個人的にこの生存者バイアスは自分の働く輸出日本食業界において厄介に感じる。

当然ながら海外から我々に送られる「こういう商品が売れている/欲しい」と言うオファー、フィードバックは基本日本レストラン、日系スーパーなどまさしく1%の「日本オタク」に向けた場所から送られて来る物だからだ。

「もっと伝統的な物を」「もっと日本らしいものを」「寿司、ラーメン、もち、抹茶、ゆず・・・」これらの声は1%の「日本オタク」に対しては正しいマーケティングなのだが、残り99%の「普通の人」に対して正しいとは限らない。むしろ「日本オタク」の要望に合わせれば合わせるほど残り99%の需要と乖離する傾向がある。

分かりやすい例がパッケージデザイン。

多くの日本サプライヤーは海外に向けた商品を開発する際「和」のテイストを基調にしたデザインのパッケージを作りたがる。大きく中心に書かれた漢字、桜、忍者、MADE IN JAPANをとても強調する日の丸・・・

確かに漢字、アニメキャラ、忍者等をあしらったデザインは日本へ観光に来た1%の「日本オタク」に対しては有効かもしれない。
だが、海外で売りたいと思うなら話は別だ。

当たり前だが何かのデザインを良いと思う普遍的な感覚、デザインセンスという物は日本と海外で大きく違う。海外のスーパーなどを見ると「なぜこんな奇妙なデザインのパッケージなんだ?」などと思う商品がよくあるのだが、これは海外の普遍的感覚に合わせてあるものだ、海外の人達にとっては良い物なのである。そして、海外の人から見れば我々の普遍的なデザインも異端で奇妙に見えている。

パッケージに「虫」をあしらったスペインの香草のパッケージ

我々の普遍的感覚で作った、もしくは1%の「日本オタク」に合わせたデザインは残り99%の一般人にはとても異端に感じられる。

自分向けで無い感覚を強調させる

日本人の感覚でも缶詰コーナーに一個だけキリル文字の異端な缶詰があったら買ってみようなどと思う人はいないだろう、興味本位の少数のみで彼らはリピーターにはなりはしない。海外で物を売りたければ海外のパッケージを参照に現地に馴染む物を作るべきである。99%のマーケティングに合致した物を作るべきだ。

結局このような「和」を強調したデザインの商品は長期的にはすぐ飽きられ、ロングセラーとなることは少ない。1%の「日本オタク」は飽きっぽく、どんどん新しく発売される他の「日本オタク」商品に流れていき、残り99%の一般人はそもそもその商品を購入しないからだ。

これを自分は日本食品のブランディングとマーケティングのジレンマの一つだと思っている。確かに「日本ブランド」は年々拡張している、だが所詮1%のすごく小さなシェアを追い求めており、残り99%をないがしろにしている。

要は本当のマーケティングとローカラザイゼーションが出来ていない。


数少ない海外向けのローカライゼーションの成功例の例を挙げると、例えばジブリ映画の

「千と千尋の神隠し」

ジブリ映画が世界でも有名な事は疑う余地はない、だが意外な事に世界で一番有名な映画の賞、オスカー賞を受賞した物は千と千尋(と君たちはどう生きるか)しかない。これを奇妙に思う日本人は多い、この古めかしい若干辛気臭い映画よりむしろ西洋を舞台にしたラピュタやハウルなどが受けるのではないかと。

海外での人気について色々な理由が考えられるのだが、個人的には「ローカライゼーション」がなされている映画であるからと思う。

このコテコテの和のテイストの映画はびっくりするほど外国人の好みに寄せた作品である。

感覚を説明するために例を挙げる:日本ではドラクエを筆頭になろう小説など「中世ヨーロッパ作品」は常に人気がある。
だが、例えばコナン・ザ・グレートのようなその源流といえる本物の「中世ヨーロッパ作品」は受けが悪い。これは何故だろうか?

理由は日本人の持つ「中世ヨーロッパ像」は日本のデザイナーにより日本向けにローカライズされた物だからだ。日本人は決して本物の中世ヨーロッパを求めているわけではない、自身に合うように調整された「中世ヨーロッパ」のイメージを求めている。そして、同じように海外にも海外向けにローカライズされた「日本像」が存在する。

千と千尋に出てくる赤い鳥居、混沌とした町、得体のしれないクリーチャー、中国と混同したような看板や文字…千尋が迷い込んだ異世界は、偶然か狙ってか外国人にとってはまさしく彼らが好む「日本」そのものであった。外国人がローカライズした、彼らにとっての「本物の日本像」をまさしく本家が出したのがヒットのひとつの要因。


他にローカライズが成功した食品ならば

クランチロール(カリフォルニアロール)

チーズやマヨネーズ、フライを使ったアメリカンな寿司。本来の「寿司」とはあまりにもかけ離れているため日本では当初嘲笑されていたが…

生魚を食べられないアメリカ人に合わせて火を通した具材の使用、黒い色で忌避される海苔の見た目を回避するための“裏巻き”、淡白な味が分かりづらい外国人のためにマグロや白魚ではなくサーモン、マヨネーズ、テリヤキソースなどの使用…

これこそ日本食のローカライズの成功例だ。

現地民が自身のために考えた、日本オタクの1%ではない、99いや、100%の現地民に向けられた海外の文化に根付きうる日本食。

だが、こんなことを言うと日本人から批判を受ける。本物とかけ離れたものを「日本文化」としてしまうのはいかがなものかと。

このような言説はとても的を射ているように見えるが…「本物」こそが良い物で求められるものであるという考えはよくある誤解である。

まず、本物を求める声が多いと思えるのは先も書いた通りバイアスの部分が大きい、人口の99%は「日本」に無関心で声を上げないため、1%の「日本オタク」の発言だけがまるで全体の意見のように思えてしまう。サイレントマジョリティの嗜好は認知されない。

さらに、本物よりもローカライズ版の方が好まれるという事実を最も体現しているのがまさしく日本の食文化と言える。インドのカレー、フランスのカツレツ、中国の拉麺・・・日本の食文化は本物とは程遠い物ばかりのローカライズの文化だ。イメージに反して”本物”の料理は日本文化になじんではいない。全て日本人向けにローカライズされて広く受け入れられている。そして、カリフォルニアロールよろしく海外でもそれは同じ。

確かに今の所「本物の日本食」と言うブランドに頼った戦略はうまくいっているのかもしれない。だが、いつか頭打ちになるのではないかと思っている。と言うか現状そうなりつつある。アメリカの営業担当達はひたすら中国などの安価で巨大なチェーンとの厳しいシェアの奪い合いをしている。

なぜ彼らは1%の日本食レストランや日系スーパーだけに目を向けて、そこら中にある99%のカフェやダイナーや普通のスーパーに目を向けないのだろうか?それらに提供する商品が無いのであればなぜ探そうと、開発しようとしないのであろうか?

彼らは日本と言う「ブランド」を売る事にとらわれてしまい、「良い物を売る」という発想から遠ざかってしまっている。

日本の強みといえるところは積み重ねた歴史や文化の「ブランド」という考えも正しいが、開発力でもある。

例えば今世界で大人気のユニクロは歴史ある日本の「着物」を世界に売って人気になったのではない、「良い洋服」を売って人気になった。SONYは日本独自の炊飯器ではなく、皆のニーズに合った「良い電化製品」を海外で売って一世を風靡した。トヨタも人力車ではなく、皆にとって「良い車」を売っているから世界で通用している。

文化や歴史というブランドに関わらず日本にはニーズに合った「良い物を作る」能力がある。

食に関しても同じことをしても良いのでは無いかと思う。

日本の冷凍食品は世界でも類を見ない美味しさである。ならばアメリカでいわゆるTVディナーを作ってもいいのではないか、ペペロンチーノという物はイタリアではただの貧乏人がパスタに油とニンニクをまぶしただけの物だ、それをわざわざ良い素材で乳化にまでこだわり作るのは日本人だけだ、イタリア人にこの発想はない、ならばこれをに逆輸入してもいいのではないか、スペインの農家のおっちゃんはまず寿司など食べない、食べたがらない、だがパエリアなら喜んで食べる。ならば日本風であるかなど関係なく、ただ美味しいと思えるブラッシュアップしたパエリアを売ってもいい。ここにわざわざ「和」という「ブランド」を強調する必要はない、醤油やら海苔やらワサビやらを無理やり入れずに、彼らの好みをちゃんと研究してそれに合う物を作ればいい。それこそ日本と全く関係のないタコスでも日本人は良い物を作ることが出来るだろう。日本人はそれに長けているのが真の強みなのだ。


結論:

・日本食輸出業界は日本の歴史と伝統という「ブランド」に頼りきった戦略をやめるべき。

・1%の日本オタクをターゲットにしたマーケティングではなく、100%の外国人をターゲットにして考えるべき。

・将来性があるのは歴史と伝統ではなく開発力。



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