楽園へ 第20話

 慧は京吾の瞼から唇をはなした。
 永い眠りについた京吾の頬を両掌で包みこむ。とても穏やかな顔だ。眠っているような、今すぐにでも目を覚ましそうなほど安らかな死に顔。
 幸生が泣いている。宮下にひどい目に遭わされても泣き言ひとつ言わなかった幸生が、子供のようにしゃくりあげている。
 慧は動かなくなった京吾の体を抱きしめた。まだ残っている彼の体のぬくもりを逃さないように。いつか京吾がそうしてくれたように、彼の髪を優しくなでる。
 涙は出てこなかった。まだ京吾の死を受け入れられていないのだ。悲しみを咀嚼して涙として流すには、もうすこし時間がいる。
 目を閉じる。京吾は最期にどんな夢を見ていたのだろう。とびきりしあわせな夢だっただろうか。そこに自分はいただろうか。
 京吾は慧に救われたと言っていた。けれど救われていたのは慧の方だ。両親に愛されない孤独を京吾がどれだけ癒してくれたか。
 好きになったきっかけは憶えていない。気がついたら妹と同じ相手を好きになっていた。京吾には自分の気持ちを伝えてはいけないと思っていた。自分は男だから。今の関係が壊れてしまうことが怖かったから。
 でも、こんなことならもっと早く伝えていればよかった。
 「ねえ、あれ」凛が金助の肩を叩いた。「海の向こうに何か見えない?」
 ハンドルに突っ伏していた金助が顔をあげる。窓の外に視線を向けた金助は目を見開いて大きく息を吸い込んだ。
 「ヘリだ、救助のヘリが来た」金助が言った。「俺たち助かったんだ」
 凜と銀次が歓声をあげる。
 慧は目を開けて窓の向こうに視線をやる。蠢くゾンビたちの隙間からのぞく金色の海。京吾の魂が旅立っていった遥かかなたの水平線。空を滑るように飛ぶいくつもの影。
 「京吾」慧は京吾の手を握ってつぶやく。「お前が喚んでくれたのか?」
 馬鹿げた考えであることはわかっている。けれどそう思わずにはいられなかった。
 黄金色の朝陽を反射しながら、ものすごい速さでこちらに近づいてくる何台ものヘリコプター。それはまるで京吾の魂をいざなうために楽園から遣わされた使者のように思えたのだ。

 (了)


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