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アインシュタインが信じた神|スピノザ『エチカ』【動く図解】


[1] PROLOGUE|導入

テーマ概要

「私はスピノザの神を信じている。
それは人間の運命を裁く神ではない。
宇宙の秩序ある調和の中に現れる神である。」

アルベルト・アインシュタイン

そう語ったのは、物理学者
アルベルト・アインシュタイン です。

彼が信じていた神とは、
いったいどのような神だったのでしょうか。

それは、17世紀の哲学者
バールーフ・デ・スピノザ が
エチカ の中で語った神でした。

今回の図解では、
スピノザの『エチカ』の骨格をたどりながら、
彼が見ていた
「神」という思想を
ゆっくり読み解いていきたいと思います。

参考資料

  • エチカ (上)(下)、スピノザ、岩波文庫

  • スピノザ『エチカ』100分 de 名著、國分 功一郎、NHK出版

[2] CORE|本編

図の解説 - 紙芝居形式

図解をパーツごとに分解し、詳しく解釈しながら説明していきましょう。
テーマ説明:全10枚

1/10

バールーフ・デ・スピノザ は、神とは自然そのものだと考えました。
彼はこれを「神すなわち自然(Deus sive Natura)」という言葉で表しています。

神とは宇宙そのものであり、無限を含む存在です。
だから神は、無数の要素を持っていると考えられます。

その中で、私たち人間が認識できるのは
「身体の世界」と「精神の世界」の二つだけです。

そしてこの二つは互いに影響し合うというよりも、
対応しながら、並行して存在しているとスピノザは考えました。


2/10

私たちは、必ず周囲との関係の中で生きています。
だから常に、外の世界からさまざまな刺激を受けています。

それと並行して、精神の側では
「自分を保とうとする力」が働き続けています。

そこから欲望が生まれ、
そして感情が生まれてきます。
これが、スピノザの言う
受動的な感情です。


3/10

身体にとって有益なものは、
精神にとっては「喜び」として感じられ、
善だと認識されます。

逆に、身体にとって不利益なものは、
精神にとって「悲しみ」として感じられ、
悪だと認識されます。

ただし、ここで大切なのは、
これは関係性によっていくらでも変わるということです。

たとえば、タバコが嫌いな人にとっては、
その刺激は常に害であり、悪です。
しかし、ニコチン依存を持つ人にとっては、
タバコは身体にとって有益だと感じられ、
喜びとして認識されてしまいます。


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そして、このようにして生まれた
受動的な感情によって、次の行為が生まれます。
つまり私たちは、
外からの刺激に反応しながら生きているのです。


5/10

社会では、人は「意志」を持つと考えられています。
しかしスピノザは、
この考え方を否定しました。

私たちは常に原因の連鎖の中で反応しており、
必然性の中で行動している。
自分の強い意志だけで、
自由に行動を変えられるわけではない。
スピノザはそう考えたのです。


6/10

では、私たちに自由はないのでしょうか。
ここでスピノザは、
一つの光を示します。

「外の刺激に対する必然的な反応」
その仕組みを、
知性や理性によって理解すること。
自由は、そこから始まるのだと言います。


7/10

理解が進むと、
自分の感情を意識できるようになります。

すると人は、
受動的な感情に流されるだけではなく、
能動的な感情を持つことができるようになります。

さらに、
「外の刺激に対する必然的な反応」の中で
何を善とするのかを
自分で調整し始めるようになります。
そのとき、人は少しずつ
自由へと近づいていきます。


8/10

この「外の刺激に対する必然的な反応」は、
一人の人間だけの話ではありません。

世界のすべての人が、
同じ構造の中で生きています。
私たちはこの構造を理解することで、
世界そのものである神という存在を
少しずつ認識していくことになります。


9/10

そして、何を善と感じるのかを
意識的に調整していくとき、
そこにある
秩序や調和を理解するようになります。

その理解の中で、
人は神への愛を感じるようになります。
スピノザはこれを
神への知性的愛と呼びました。

思考回路 - 図解全体像

10/10 スピノザ エチカ 図解

このように、人間が
宇宙の秩序ある調和の中で生きているという感覚を、
アルベルト・アインシュタイン は
深く愛していました。

彼が信じていた神とは、
まさにこの
スピノザの神だったのです。

[3] INSIGHT|考察

図解をまとめての感想

神という存在は、
人類にとって本当にさまざまな形を持つのだと、
今回あらためて感じさせられた。

バールーフ・デ・スピノザ が語った

神すなわち自然
Deus sive Natura

バールーフ・デ・スピノザ

という考え方は、
どこか仏教の「空」にも通じるように感じられる。

仏教で言う「空」とは、
すべてのものが
独立した実体を持たず、
関係の中で存在している
という考え方だ。

宇宙全体があり

その中で、すべての存在が関係し合い

私たち一人ひとりも、その一部として生きている。

そんな世界観である。

奈良の大仏も
盧舎那仏 と呼ばれ、
宇宙そのものを象徴する仏とされている。

ただし、ここには一つの違いもある。

スピノザは、
神はすべてのものの「実体」であると考えた。

それに対して仏教では、
「空」は実体ではないとされる。

スピノザの世界では
宇宙は一つの実体。
仏教の世界では
宇宙は関係のネットワーク。

これは、
ただのイメージの違いなのだろうか。

それでも、
どちらの思想にも共通していることがある。

人は
関係性の中で存在している
ということだ。
東洋でも西洋でも、
人はそこに何かしらの真理を感じてきた。

その感覚は、
時代も場所も越えて続いている。
人間という存在の
どこか普遍的な感覚なのかもしれない。

ふと思う。
人類がまだ言葉を持たなかった時代、
人は空を見上げて、
何を感じていたのだろうか。

長い時間をかけて
人類は知恵を積み重ね、
ついには宇宙という存在の中に
「神」というイメージまでも
重ね合わせるようになったのだから。

[4] NAVIGATION|関連情報

過去の図解


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