貧困の教育|子どもの可能性を信じる
人の思考プロセスを、本質的な「思考回路」として視覚的に構造化する。
Systems Visualismでは、個人の内省を助け、他者との対話・共有・創造を促進するための図解を体系化しています。
本棚のように、多様な図を揃え、あなたの考える力を広げるツールを紹介します。
[1] PROLOGUE|導入
テーマ概要
貧困には、絶対的貧困と相対的貧困の2種類があると言われています
絶対的貧困:発展途上国のように、生きていくための最低限の生活すらままならない状態。
相対的貧困:日本のような発展した社会の中で、その国の生活水準と比較して著しく貧しい状態。
貧困にはさまざまな要因が複雑に絡み合っています。
飢餓や食事、健康、教育、貯蓄、出産計画、仕事、児童労働、社会システム、インフラ、政治、イデオロギー、etc.
特に絶対的貧困に関しては、国際的に長い間、貧困をなくす議論が続けられてきました。我々にとって身近なテーマとしては、援助の是非についての情報が挙げられるでしょう。この援助に関しては、大きく2つの意見に分かれています。
積極的に必要派:貧困には抜け出せない構造が存在するため、その構造を打破するために外部からの多くの施しが必要である、と考える立場。
無駄・有害派(自助努力重視):過剰な援助は、援助を受ける側に甘えを生むと考える立場。必要最小限の援助だけで十分であり、あとは市場の原理に任せ、自主性を促すべきだと主張する。
今回参考にした著者は、このような二極化した意見にとらわれることなく、貧困のメカニズムを現場視点で深く掘り下げ、実践的な研究を行いました。その成果により、2019年にノーベル経済学賞を受賞しています。
今回は、その研究の中から教育における貧困の連鎖の問題に焦点を当てて解説していきます。
参考資料
貧乏人の経済学 もういちど貧困問題を根っこから考える、A・V・バナジー&Eデュフロ(著)、みすず書房
※第1、4章を参照
※著者の夫婦は2019 ノーベル経済学賞受賞
※書籍は2012年発行のものです。
前提知識
2000年に合意された国連のミレニアム開発目標の中には、「2015年までにすべての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにする」という目標が掲げられていました。国際社会の貧困問題に普段触れる機会の少ない我々にとって、学校を建設するという援助活動は、分かりやすい支援のイメージとして浮かびやすいのではないでしょうか。
しかし、著者によれば、多くの貧困国においても、少なくとも無料の小学校は存在しているといいます(もちろん、極端な貧困や紛争といった極限状況にある地域では例外もあります)。子どもが学校に通えない理由として、我々は「水汲みに何時間も費やす」「児童労働など家庭の事情で通学ができない」といった状況をイメージしがちです。
しかし実際には、多くの場合、子ども自身が学校に行きたがらない、親が子どもを学校に通わせられない、あるいは通わせたがらないといった理由が大きいといいます。その結果、2015年までにこの国際目標は達成されませんでした。
そして、2016年に策定されたSDGs(持続可能な開発目標)では、この課題が再び取り上げられています。その中の目標No.4では「すべての人に包摂的かつ公正で質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する」と掲げられ、現在も引き継がれています。
[2] CORE|本編
思考回路 - 図解ツール
こちらが図解ツール全体像です。
情報量が多いため、次章の解説を参考にしながら、じっくりと読み進めていただくことをおすすめします。

図の解説 - 紙芝居形式
図解ツールをパーツごとに分解し、詳しく解釈しながら説明していきます。
テーマ説明:全14枚
社会や国際援助によって学校は提供されています。

存在する学校に対して、貧困家庭の親は、十分な教育資金を与えて学校に通わせる子どもと、そうではない子どもを選別しているといいます。

その背景には、貧困社会にも存在する学歴主義やエリート主義があります。基礎教育を自分の子ども全員に満遍なく与えるよりも、一人でも高等教育まで進学させ、貧困社会でも安定した職種である公務員や事務職に就けるチャンスをつかむことが目標となっているのです。
そのため、潤沢ではない貧困家庭の資産を一人の子どもに集中して与えるのです。

その学歴主義は、学校や教員にも広がっています。教員の中には「貧困家庭、インドではカーストの階級が低い家庭の生徒は劣等生であり、どうせ教えても無駄だ」という先入観を持つ人がいるといいます。
この先入観のせいで差別的な扱いをしたり、本来教室にいるべき時間に欠勤することが多いとされています。それもかなりの割合の教員が行っているというのです。
また、カリキュラム自体も学歴主義に基づいて作られており、遅れ始めた生徒をふるいにかけるような環境になっています。

そのような環境では、せっかく学校に通っている生徒のやる気が失われ、最終的には自ら学校を去ってしまうことになります。

その結果、退学した生徒の存在が、差別的な思考を持つ教員にとって自己成就的予言となり、偏見をさらに強めることになるのです。

そして、初等教育を身につけることができなかった人々が、貧困の連鎖を終わりなく続けていくことになります。

運よく親から集中的な投資を受け、学校を無事に卒業できた人のみが、安定した職に就くための切符を(それも確実ではありませんが)手にすることができるのです。

このように、本来なら教育を受けることで人生を切り開くチャンスをつかむことができるはずの社会でも、人々の固定観念や先入観が社会思想を形成し、存在するはずのない、貧困から抜け出させない罠となっています。

それに対して、子どもに可能性を与える社会とは、一人ひとりの子どもの可能性を信じる社会です。

無闇に高等教育を与えようとするのではなく、人間が社会システムの中で生きていくために必要な基礎能力を“全員”が得られるようにすることが大切だといいます。一人ひとりの理解速度や理解の仕方が異なるからこそ、それぞれに柔軟に対応できる学習環境が求められています。
貧困社会で依然として問題となっている良質な教員不足に対しては、現代の情報技術も有効です。

基礎能力を身につけることで、それぞれ異なる潜在能力を生かせる可能性のある未来を、一人ひとりの子どもが受け取れるのです。

その子どもの可能性の未来を、我々大人や社会が認識することで、教育は子どもへの「贈り物」であるという認識が生まれ、子どもの可能性を信じられる社会を作り出すことができるのです。

振り返ると、貧困社会では、学校不足や教員不足、学校に通わせる親の資金難といった、わかりやすい問題も依然として存在します。
しかし、現代ではそれ以上に、貧困社会にも存在する日本と同じような学歴主義が、存在するはずのなかった貧困の罠となり、連鎖を生み出しているのです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。
図解ツールを手元に置いて解釈を深めたり、
「貧困問題・教育の問題」について周りの仲間と議論する際の、「論点の地図」として活用してください。
[3] INSIGHT|考察
図解をまとめての感想
冒頭でも触れたように、現代の日本では格差が広がり、相対的貧困が大きな問題となっています。また、貧困だけでなく、ヤングケアラーのように学業に集中できない要因も存在しています。
そのような中で、次第に個人主義が広がり、貧困を自己責任とする論調も少なからず見かけるようになってきました。確かに、これまで努力できた人々の頑張りには一理あると思います。
しかし、何よりも重要なのは、その人たちが「努力できる環境」に恵まれていたことだとされています。すべてを自己責任で片付けてしまう社会は、あまりにも冷たいと感じます。
私自身、修士号を取得し、エンジニアとして働けているのも、自分が努力できる環境に生まれたことが大きな要因だと、振り返るようになりました。
この本で述べられていた「教育は社会から子どもへの贈り物である」という考え方には、とても共感します。
受験戦争の中で頑張っていたときは、「頑張れないやつはダメなやつだ」といった、幼稚な発想を持っていました。しかし、大人になり、さらに子どもを持つ今では、「教育は贈り物」という考え方に深く共感し、贈る側としての自分の役割を認識することが、とても大きな意味を持つと感じています。
教育現場に直接携わっていない自分には、現場の情報は乏しいですが、昨今の日本でも「子どもの発達や学習者の意欲・能力に応じた柔軟かつ効果的な教育システム」が議論されていると聞きます。
今回、絶対的貧困社会における教育の貧困連鎖の原因について学ぶ中で、日本の教育現場が抱える課題と、根本的には同じ問題を共有しているように感じました。
これまで貧困社会についての知識が乏しかった私は、「貧困社会には勉強したがっている子どもがいて、教育環境を与えるための国際援助が行われている」といった、浅い認識しか持っていませんでした。しかし、どんな現場においても、結局は人の心の動きが大きな影響を与えるのだと改めて考えさせられました。
[4] NAVIGATION|関連情報
過去の図解
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