【ショートストーリー】カブトムシ
「ねぇ、暑い。くっつかないでよ。」
暑さが苦手で、もはや夏を憎んでいる麻理さんは、朝から機嫌が悪い。朝ごはんの洗い物を隣でしているだけなのに、半径1メートル以内には近づくな、くらいの勢いだ。
「くっついてないじゃん。」
「もう准のまわりから熱いのが出てんの。近づくだけで暑いんだから。子どもじゃん。」
「誰が子どもだよ。」
暑いだけでイライラして、そばに寄るだけで妙なとばっちりを受けてしまう夏、麻理さんの大嫌いな夏を、けど、僕は案外好きなのだ。
「ね、ね。こんな暑いんだから、プールとか行かない?」
「え。ムリ。」
「なんでよ?水着持ってるじゃん。」
「日焼けするじゃん。水着着るのめんどい。」
「水に入ったら涼しいよ〜?」
「こんな暑いのに、出かけたくない。」
麻理さんはエアコンの効いた部屋で、だるんとして、スマホばかりいじっている。
「じゃあさ、夕方になったら、夜市行こうよ。あの神社の。たこ焼きとか買ってさぁ。ビール飲んだらうんまいよ?」
「ん〜。夕方だってまだ暑いじゃん。」
「かき氷食べればいいじゃん。」
「人混みがなー。」
「あの神社だよ?混むってったってしれてるよ。」
「ん〜。」
麻理さんは相変わらずスマホをいじったまま、気のない返事ばかりする。
そして、ふとソファーに座っている僕に、
「ってかさ。准はなんでそんな夏好きなわけ?」
と、ディベートでいったら反対派に向かって言うトーンで問いかけた。
「楽しいから。」
「楽しい!?」
「プールとか、お祭りとか、花火とかさ。服なんてTシャツ一枚でいいし、裸足でいいし。入道雲とか、ムクムクムクッてかっこいいじゃん。あれ見ると、ワクワクしてくるんだよね〜。」
「こんな暑いのに?」
「川とかさ、冷たくて気持ちいいし。」
「准…って、なんかあれだね。」
「ん?」
「夏休みの子どもみたいだね。」
「ラジオ体操まではしないけどね。」
僕は話しながら、麻理さんの隣に寝転がる。
「してそう。虫取り網もって、カブトムシとりに行きそう。」
「行ってたなぁ〜。クヌギの木にいるんだよ。アイツら朝めっちゃ元気だからね。飼育ケースでブンブンいうんだよ。」
「こわっ。」
「夜はホタル見に行ったりしてたなぁ。」
「ホタル?いたの?」
「いたよ。頭にとまったりしてたよ。」
「へぇ〜、ちゃんと見たことないかも。」
「ポワァポワァッてあちこちで光ってて。雨の降る前の、風がない日だと、ふわふわよく飛んでるんだよ。」
ホタルを追うような僕の手を、麻理さんも見つめながら、
「ふぅ〜ん。准の夏休みは楽しそうだね。」
と優しく言った。
その声色に誘われて、僕は麻理さんの髪に触れ、そのまま頬に唇づけた。
「どこにも行きたくない?」
「ん〜、暑いのはヤダ。」
「じゃ〜、このままこうしていようか?」
「このまま?」
「このまま?」
僕は相変わらず夏が好きだ。
Tシャツはするする脱げるし、何をしていてもあついのは変わらない。

