Le Perchoir (ル・ペルシュ)日和【6】
第六話
夕飯の支度をはじめる少し前、お腹を空かせた未来が韓国風おにぎりを頬張りながら、自分の仕事の愚痴から、点と点が線でつながっていくのを見た。
「そんなにご心配いただいてたんですね。ごめんなさい。でも、実は、あの日、私まさにその『風間炎』と会ってたんです。」
と、早智は落ち着いたトーンで話はじめた。
「え?あの風間炎と?ッコホ、わいふほいへふぇんへっはひ?」
未来はびっくりして、危うく変なところへ米粒が入っていってしまうところだった。
「そう。彼、私の高校の頃の先輩で、姉の同級生で、恋人で、婚約者だったんです。本名は、間瀬友也。」
「ん?お姉さんの同級生で、恋人?で、婚約者!?ってか早智、お姉さんいたんだね。」
悠里と陶子さんも新たな情報に目を合わせる。
「二人はとても仲が良くて、そのまま何事もなく結婚するんだろうなって思ってました。高校時代から付き合ってたから、私たち家族も公認で、よく家にも遊びにきていて、私が中学のジャージ姿のころから、一緒にカレー食べたりしてて。プロポーズだって、友くんからだったんですよ。それなのに、結婚式の3ヶ月前、突然『修行に出る』って言い出して。姉も姉で、『行ってらっしゃい』って送り出しちゃったみたいで。」
「へぇー、そんな頃から…、え!?送り出したの!?修行!?修行ってなんの?」
「結婚は?婚約はどうなったの?」
「それが、その時はわからなかったんです。姉は、『そのうち帰ってくるんじゃない?』って、式場のキャンセルとかをとっとと済ませてしまって。周りの私たちの方が、キョトンと取り残されたみたいな気分になってしまって。何の修行に出たのかも、あれから、二人が連絡とりあってるのかどうかもよく分からない感じで。」
「お姉ちゃん、すご。」
「そのうちって、ねぇ…。」
「今どき修行って…。」
「そしたら、この間、たまたま職場でお昼休みについてたテレビで、アウフグースの特集に『風間炎』って人が出てきて。よく見たら、友くんだったんですよ!びっくりして。それで、姉にすぐに連絡したんです。そしたら、『知ってる知ってる〜!風間炎だって、かっこいいよね〜!』って…。どうやら連絡は取り合っていたみたいだし、婚約も破棄されてなかったみたいで。」
「え!?え!?情報が多すぎるんだけど?」
「ちょっと待って。なら、風間炎は早智の義理の兄になるかもしれないってこと?」
未来も悠里も陶子さんさえ、脳みそをフル稼働させて話に集中しているのがわかる。
「でも友くん、すごい人気者になっちゃったから、結婚は当分無理かもね、とかで。昨日は、久しぶりに姉が、『さっちゃんの近くの銭湯にしばらくいるみたいだから、会おうよ!』って言ってきて。」
「サッチーのお姉ちゃん、ぶっとんでるね…。」
「そうなんです。タイプ、真逆なんです。」
「で、会いに行ってきた、と?」
「はい。友くん…風間炎と待ち合わせて、姉は銭湯で先に待ってて。友くんも、『ちょうどいいから見てってよ、俺の技!』って言うので、サウナでアウフグースを初体験してしまったんです。なんかいろいろ…すごかったです…。バスタオルがぶわ〜って、友くんの身のこなしというか、舞いというか。参加してた人たちも、すごい盛り上がりようで、すごい汗がでて、私もフラフラになっちゃって。そのまま姉の部屋に泊まったんですけど…。すみません、悠里さんがそこまで心配してるとは、思わなくて。」
「そうだったの。お姉さんのところへ。」
「ワイルドイケメン彼氏じゃなかったのか。」
「違いますよ、全然!私、彼氏とかいらないので。」
ブンブンと手を振る早智は、やっぱり普段のイメージどおりの早智だ。
「そっかぁー、よかった。悪い男に引っかかったわけじゃなかったんだね。早智の肌ツヤが綺麗になった気がするのは気のせい?」
「あ。アウフグースですかね。アロマとか、尋常じゃない汗かいたので…。」
「そうね、デトックスもして、血行もよくなったのかもね。羨ましい。」
陶子さんが、さりげなくサラッと早智の腕に触れた。
「ってかさ、サッチー姉!!すごいね…。なんか肝がすわってるっていうか、なんていうか。ぶっ飛んでるわ。」
「婚約者、『風間炎』ってことだもんね。」
「パワーワードすぎるね。」
話が一段落し、ホッとしたところでお腹がすいて、今夜はこのまま、ホットプレートを出して、お好み焼きにしようということになった。
「ナァーー。」
と、早智の足元に月島さんもすりついて、
「ただいまぁ。月島しゃんっ。」
と抱きあげられ、ふわふわのお腹に鼻を埋められ吸われる。男と熱波の気配をいち早く感じていた月島さんも、そういうことならよろしい、と言わんばかりに身を委ねている。
「サッチーの彼氏は、今んとこツッキーだね。」
と、すかさず未来はパシャッとその様子をカメラにおさめた。
「私には『推し』がおりますゆえ。では、着替えてきますね。」
早智はそっと月島さんをおろし、2階の部屋へと駆け上がっていった。
「『推し』…猫なんだね…。」
相変わらずミステリアスな早智だ。
「いくよっ!…とりゃっ!!」
ベシャッ。
「えーっ、悠里ちゃんっ!」
「大丈夫大丈夫!こんくらい!ちょちょいと…。」
お好み焼きのソースの匂いが立ち上り、花がつをがゆらゆらとダンスを踊る。
みんなでハフハフ食べながら、歯に青のりをくっつけて、にぎやかにお好み焼きを頬張った。
この日、『Le Perchoir』の陶子さんの教え、暗黙のルールが少しだけ改定された。
『食事は美味しく楽しく』
『お互いのプライベートも、時には共有し合うこと』。
片付けをして、お皿洗いを手伝いながら悠里は、陶子さんのエプロンをひっぱって、耳元で言う。
「今夜は陶子の部屋いっていい?」
陶子さんは振り向いて、そしてその潤んだ瞳だけで答えた。悠里にはわかる、愛しい揺らめきで。
熱波編、おわり。
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。スキもコメントも、一緒に伴走してもらえているみたいで、とても嬉しかったです。
三姉妹で育ち、三姉妹を育てている私の生活は、なんだか女子寮みたいな空間で生きてきたのかもしれないなぁと振り返り、そこから紡いでみた物語です。百合要素満載の柊ワールド全開でお届けしてみました。ほっこりと、【Le Perchoir=とまり木】なひとときを感じていただければ幸いです。
普段、私は散文形式が多く、詩的な表現にたよっていたところがあったのですが、この作品を通して、物語を丁寧に紡いでいく、ということに挑戦してもいました。描いているうち、古民家で暮らす彼女たちを追っているうち、一人一人に丁寧に向き合い、仲良くなれたような気がしています。また会いたいなと思っています。が、ひとまず、「熱波編」はここまでです。
気がつけば8月も半ばですね。栄養をとって、休息をとって、みなさまの愛しき日々をお送りくださいますことを。
残暑お見舞いにかえて。
藤本柊
