【エッセイ】珈琲を二杯飲んだだけなのに
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乳白色のカップに、立ち上る珈琲の香りを鼻を近づけて吸い込む。
彫刻といい重さといい、落ち着いたアンティーク調で揃えられた席には、木枠の小窓から午前中の光が届いて、これがまだ休日がはじまったばかりなのを贅沢に思う。
柔らかな皮のカバーを捲ると、原産国別に、店主のこだわりの豆がリストアップされていて、その豊富さに胸が昂る。聞き齧った程度の知識ではありながら、なんとなく自分の好みの酸味や苦味、コクや風味はイメージしていて、豆の紹介を読みながら、エチオピア産のモカ・イルガチェフェを注文した。
しばらくして出てきたのは、Wedgwoodのカップ&ソーサーに揺れる琥珀色。

昔からこのお店は、一つ一つ珈琲に合ったカップ&ソーサーで味わえる、と聞いていた。陶器どころで生まれ育った私の中のすりこみ、器にこだわるお店の味は確かだ、という信念はいまだ裏切られていない。フルーティーさと、コク、優しい苦味が、期待していた味どおりで嬉しくなる。
厚切りのバタートーストとゆで卵というシンプルなモーニングは昔ながらで、まさに珈琲の味を邪魔しない組み合わせが硬派だ。ゆで卵には、一つ穴からふりそそぐ塩を。
何にもたいして詳しくはないくせに、こういったこだわりに触れると、とても丁寧に扱われた気がして、勝手に気取りたくなってくる。私の中の、気まぐれな知的好奇心や美学がむくむくと頭をもたげ、器についてのうんちくや、どこかの誰かからのもっともらしい知識をかき集め、鼻から抜ける香りを語ろうとするから難儀だ。
そうして、いつもなら一杯で満足するところを、違う豆のもう一杯を追加した。
同じモカでも、イエメン産モカ・ハラースを。
Spodeのカップ&ソーサーに鼻を近づけ、香りを吸い込んでから、一口啜ると、また違った酸味が広がった。暑い国のような、スパイスっぽい風味。まろやかというよりは、キリリとした横顔が掠める。添えられたキャラメルアーモンドのビスケットが確かに、よく合う。
まるでコーヒー通にでもなったような顔で、脚など組んでしまったりするのだから、この空間に入り浸ったらそのうちに私はちょび髭くらい生やしていそうだ。そして、窓際で小説家のような顔をして、文学的な表現を真似てみたりなどしてしまうのだろう。
しかしながら、たまにはそうやって気取って、現実逃避してみるのもいいかもしれない。
ワインも、器も、珈琲も、中途半端な知識をどうにかかき集め、まるで知ったような顔をして愉しんでいる私は、何にも深く精通したり極めてなどいないけれど。知ったかぶって、嘘をついたりはしない程度には、カジュアルに味わっていたい。
そんなスタンスが、動物占いでいうところの、表面ペガサスで本質黒ヒョウ、そして隠れキャラがコアラだったりするのだろう。
珈琲を二杯飲んだだけで、「しかしながら」とかいう言い回しで語りだしてしまう私は、そうとう単純な人間だということを、ここに告白しておく。
【チャレがや杯】ということで、今までの13テーマのうち二つ以上を、といろいろ考えておりましたが、なかなか筆が進まずにいました。今回はコンテストということで、なんだか妙に肩に力が入りすぎていたのかもしれません。
ふと今朝、モーニングに行ったお店の雰囲気があまりにもよくて、自然と書きたく(語りたく?)なっていました。相変わらずこんな感じですが、そっと参加させていただきます☕️
