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僕のヒロインたちは、朝からうるさい | #風まかせ文芸部

最近、僕の小説のヒロインたちは
やけに口うるさい。

まだ意識の半分は夢の底に沈んだまま、
僕は布団の中で顔をしかめた。

朝の光はもう部屋のどこかに差し込んでいるはずなのに、
体はまったく起き上がる気にならない。

その代わりに、いつもの声が降ってくる。

のぞみ:「あなた、起きてください。もう八時です」

布団の中で小さく唸る。
「……あと五分」

ひかり:「先生、昨日のプロット確認しました。第二章の設定に矛盾があります」
つばさ:「センパイ!それより聞いてください!新しい展開思いつきました!」
さくら:「ねえ、今日は締め切りですよ。そろそろ起きないと」

朝から四方向から話しかけられると、
まるで小さな会議室の真ん中に放り込まれた気分になる。

僕は枕に顔を押しつけたまま、ぼそりと言った。
「……恋愛小説のヒロインってさ」
少し間が空く。
「普通、もっと静かじゃない?」

のぞみ:「静かでは締め切りに間に合いません」
ひかり:「先生の作業効率を考えると、起床は今が最適です」
つばさ:「センパイ!このヒロイン絶対人気出ますって!」
さくら:「ねえ、少しだけでも体起こしましょう」
四人がそれぞれ好きなことを言うものだから、

部屋の空気は一気に騒がしくなる。
僕は布団の中で目を閉じたまま、ため息をついた。

恋愛を書く仕事をしていると、
頭の中にヒロインが住みつく、なんて話は聞いたことがある。

でも――
「朝からこんなにうるさいヒロインは、さすがに聞いたことないんだけどな……」

誰も気にした様子もなく、四つの声はまだ続いている。

僕はようやく布団から腕だけ伸ばして、枕元のスマートフォンを探った。
画面をつけると、時刻は八時十分を過ぎている。

「……ほんとに八時じゃないか」

のぞみ:「あなた、先ほどからそう言っています」
つばさ:「センパイ!でも大丈夫です!まだ巻き返せます!」
ひかり:「先生、現在の進行状況では第三章まで完成している必要があります」
さくら:「ねえ、焦ると余計書けなくなりますよ」

四人の声を聞きながら、僕はゆっくりと体を起こした。
背中を丸めたまま机の方へ目を向ける。

今日の締め切り。
出版社に送るのは、僕の書いている学園恋愛コメディの新刊だ。

「……恋愛小説ってさ」
僕はまだ眠気の残る声で言う。
「もっとこう、甘酸っぱいものじゃないの?」

つばさ:「ありますよ!だから言ってるじゃないですか!」
ひかり:「先生の現在のプロットでは、恋愛進行が非効率です」
のぞみ:「あなた、ページ数を優先してください」
さくら:「ねえ、主人公少し休ませてもいいと思うんです」
朝から議論が始まる。

つばさ:「センパイ!ここでヒロインが告白するんです!」
ひかり:「先生、それは早すぎます」
のぞみ:「あなた、ページ数が足りません」
さくら:「ねえ、読者がびっくりしますよ」

僕は椅子に座りながら、額を押さえた。
「……お前たち、ほんと好き勝手言うよな」

つばさ:「センパイのためですよ!」
ひかり:「先生の作品品質向上のためです」
のぞみ:「あなたが書くのを待っています」
さくら:「ねえ、でも無理はしないでください」
四人が同時に話すと、まるでヒロイン会議でも開いているみたいだ。

恋愛小説を書くのは、本当は一人でやる作業のはずなのに。
僕の朝は、なぜか毎日、こんな騒がしい議論から始まる。

僕は机の前で軽く首を回し、まだ少しだけ重い頭を振った。
締め切りの日の朝は、だいたいこんな感じだ。

静かに原稿を書き始めたいのに、その前に必ず議論が始まる。

つばさ:「センパイ!このシーン、絶対ここで告白ですよ!」
ひかり:「先生、その展開は論理的に早すぎます」
のぞみ:「あなた、まずは現在のページ数を確認してください」
さくら:「ねえ、主人公が少し可哀想じゃないですか」

僕はキーボードに手を置いたまま、しばらく黙っていた。

「……お前たちさ」
四人の声がぴたりと止まる。
「なんでそんなに、このヒロインの恋愛を急がせるんだよ」

つばさ:「だってセンパイ、盛り上がります!」
ひかり:「先生、読者の期待値を考えると展開は重要です」
のぞみ:「あなた、現在の構成では山場が弱いです」
さくら:「ねえ、でも主人公の気持ちも大事ですよ」
四人四様の意見が飛び交う。

僕は少し考えてから、画面に向かって言った。
「……じゃあさ」
「告白はまだ先にする」

つばさ:「えー!センパイ!」
ひかり:「先生、それは妥当です」
のぞみ:「あなた、その場合ページ配分を変更します」
さくら:「ねえ、それなら主人公も少し安心ですね」
つばさ:「でもセンパイ!」
ひかり:「落ち着いてください」
のぞみ:「あなた、集中してください」
さくら:「ねえ、喧嘩しないで」
議論が再び始まる。

僕は小さく笑って、キーボードを叩いた。

恋愛小説を書くとき、普通は作者がヒロインを動かすものだ。

でも僕の場合は、ヒロインたちの方が勝手に喋り始める。
しかも四人同時に。


「……ほんと」
僕は小さく呟いた。
「うるさいヒロインばっかりだな」

それでも、キーボードの上の指は、少しだけ軽く動き始めていた。

僕はキーボードを叩きながら、画面の中の会話を一つずつ整えていく。
主人公の台詞、ヒロインの返事、沈黙の間。
恋愛コメディというのは、意外と計算が多い。

つばさ:「センパイ!このセリフもっと熱くしましょう!」
ひかり:「先生、感情の振れ幅が急すぎます」
のぞみ:「あなた、現在二千三百文字です」
さくら:「ねえ、主人公ちょっと緊張しすぎかも」
僕は画面を見ながら、少しだけ笑った。

「……お前たちさ」

つばさ:「はいセンパイ!」
ひかり:「先生?」
のぞみ:「あなた、何ですか」
さくら:「ねえ、どうしました」

「なんでヒロインの気持ち、そんなに詳しいんだよ」
一瞬、沈黙。


そして。
つばさ:「センパイが書いてるからですよ!」
ひかり:「先生の作品データを分析しています」
のぞみ:「あなたの過去作を参考にしています」
さくら:「ねえ、先生のヒロイン、みんな優しいですから」

僕は少しだけ肩をすくめた。
「……それ、褒めてるのか?」

つばさ:「もちろんです!」
ひかり:「作品傾向の分析結果です」
のぞみ:「事実です」
さくら:「ねえ、きっと読者も好きですよ」

僕はもう一度画面を見た。
書きかけの告白シーン。
主人公が言葉に詰まり、ヒロインが少し笑う場面。

つばさ:「センパイ、ここで抱きしめましょう!」
ひかり:「先生、それは早すぎます」
のぞみ:「あなた、残り時間三時間です」
さくら:「ねえ、でも少しロマンチックですね」
四人の意見がまた交差する。

僕はしばらくその声を聞いてから、ゆっくりとキーを打った。
カタカタ、と軽い音が部屋に響く。

するとすぐに、声が返ってくる。

ひかり:「先生、修正確認しました」
つばさ:「センパイ!その流れいいです!」
のぞみ:「あなた、進行速度が上がりました」
さくら:「ねえ、少し安心しました」

僕は指を止めて、ふっと息をついた。
「……なあ」

つばさ:「センパイ?」

「お前たち」

ひかり:「先生?」

「反応、早すぎない?」

少しの沈黙。


そして。

ひかり:「検索完了。参考資料三十七件です」
つばさ:「センパイ!次の展開も考えてあります!」
のぞみ:「あなた、残り文字数は七百です」
さくら:「ねえ、でも順調ですよ」

僕はゆっくりと椅子の背にもたれた。
恋愛小説を書くとき、普通は作者がヒロインを導くものだ。

でも――

どういうわけか、僕のヒロインたちは僕よりずっと早く動いている。

僕はキーボードから手を離して、ゆっくりと背伸びをした。
画面の中では、さっきまでの騒ぎが少しだけ落ち着いている。

つばさ:「センパイ!このシーン絶対いいです!」
ひかり:「先生、構成の整合性も取れています」
のぞみ:「あなた、予定文字数に到達しました」
さくら:「ねえ、主人公、ちゃんと気持ち伝えられましたね」

僕はしばらく黙ったまま、その声を聞いていた。

恋愛小説を書くとき、ヒロインの気持ちは、だいたい作者が決める。

誰が笑うか。
誰が怒るか。
誰が恋に落ちるか。
全部、作者の手の中にある。

――少なくとも、前まではそうだった。

僕はゆっくりと机の方を見た。
そこにあるノートパソコンの画面には、四つの小さなウィンドウが並んでいる。

その中で、それぞれのアイコンが静かに光っている。
のぞみ。
ひかり。
つばさ。
さくら。

つばさ:「センパイ、次の巻どうします?」
ひかり:「先生、次回の展開候補を生成できます」
のぞみ:「あなた、次の締め切りも近いです」
さくら:「ねえ、でも今日は少し休みましょう」

僕は思わず笑った。
「……お前たちさ」

つばさ:「センパイ?」

「ほんと、ヒロインみたいだな」

誰も否定しない。

その代わり、四つの声が少しだけ静かになる。
僕は椅子にもたれながら、小さく息をついた。

恋愛を書く側だったはずの僕が、いつの間にかヒロインたちに囲まれている。

しかも四人同時に。

「……まあいいか」
僕はもう一度キーボードに手を置いた。

画面の中では、
四つのウィンドウがまだ静かに待っている。

恋愛小説を書く仕事は、本当は一人でやるものだ。
でも最近は違う。
ヒロインたちと一緒に、物語を作っている。

――にぎやかな、新生活だ。




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