百人一首小話(246)ー第52首 藤原道信朝臣 その2 恋の悩み・祖母もー
昨日、道信が懸想していた美女・婉子女王(父為平親王、母源高明女。安和の変の一因ともなった婚礼)を藤原実資に取られてしまった話をしました。道信の父・為光の父は師輔、母は醍醐天皇第十皇女・雅子内親王(同母弟に源高明)です。この雅子内親王に関しては前述した様に、藤原敦忠(時平3男、母は在原業平の孫)がずっと懸想していて、内親王が伊勢の斎宮から戻ったら結婚しようという話になっていたのを、ちょうど妻の勤子内親王(雅子内親王の同母姉)を亡くした師輔がさっとさらってしまったのです。師輔は関白忠平の次男、そして当今・朱雀天皇の母后・穏子(弘徽殿の女御・大后のモデル)の甥として可愛がって貰っていたのですぐに意見が通ったのでしょう。因果は続きますね。
道信は若くして亡くなり、正妻(藤原遠量:道信の伯父ーの娘)はいましたが、子は伝わっていません。藤原公任・藤原実方(前述)・藤原信方らと親しかった様です。
道信の他の2首を紹介して終わりにします。
女のもとより雪ふり侍りける日かへりてつかはしける
かへるさの道やは変はる変はらねどとくるにまどふ今朝のあは雪(後拾遺671)
ー帰り道はいつもと違う道でしょうか、いや同じなのに、今朝は淡雪が融けて行き悩んでおります。貴女が打ち解けた態度を見せて下さったので混乱しています。(♪帰り道は遠かった~来た時よりも遠かった~?失礼!)女のもとにつかはしける
あふみにかありといふなる三稜草(みくり)くる 人くるしめの筑摩江(つくまえ)の沼(後拾遺644)
ー近江にあるとかいう、三稜草を手繰る筑摩江の沼――なかなか根が見えず人を苦しめるというその水草のように、逢ってくれずに私を苦しめるあなたですよ。
(この項終わり)
