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【生い立ちの記録 #10】Episode5|心に引っかかった言葉

言葉はいつも、思いがけないところに刺さって残る。

その頃の家の中では、
言葉にならないまま積み重なっていくものが、確かにあった。

家庭内に戦慄が走った

和哉は、父と慎人と一緒に大工の仕事をすることになった。

けれど数か月で別の仕事をしだし、長くは続かず転々とする日々が続いた。

家族が知らないうちに父は、和哉が貸し倉庫を借りたいからと、勝手に保証人になっていて、さらに父と和哉の間には、お給料についての口約束があったらしく、それが守られなかったある晩、父の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。

慌てて駆けつけると、
母もキッチンから走って来ていた。


和哉が凄まじい形相で父に今にも殴りかかろうとしている。


頭にパトカーの姿が過った。


父は半分よろけて顔を引き攣らせていた。

母と私が来たことに少しほっとしたのか、父は和哉に話しかけていたが、その言葉の内容は覚えていない。

母になだめられて少し落ち着きを取り戻した和哉は、半分泣きながら言った。


「友達に馬鹿にされる」


「俺は奴隷か」


「生活が苦しいなら」


できもしない約束を信じていたのに、
お給料を払ってもらえなかった怒りだった。


母も知らなかった約束だった。


私からすると、どちらもどちらに思えた。


和哉はまだ一人前に仕事ができない。
できもしない約束をするより、別の建築会社へ行けばいいのではと思っていた。


以前にも母が

「好きなところへ行ってもいいのだよ」

と話しかけたとき、和哉は首を横に振って

「一緒にやっていくよ」

と言っていた。

それならやむを得ないのではと思っていた。

黙って、帰らなくなった

和哉は事故にもよく遭い、もらい事故で幸い怪我は軽く済んだが、お金絡みで揉めることになった。

生活費も一切入れず、遊びや借金返済に充てていたようだった。

困っても協力するということがなかったため、どうしても肩を持てず、関わりたくない気持ちになっていた。

しばらくして、
和哉は黙って家に帰らなくなり、音信不通のままになった。


あの頃は、
和哉のことを理解できなかった。
今となっては全てとは言えないけれど、
あのとき和哉が感じていた悔しさが、
今になってわかるとは思いもしなかった。



ある日、見知らぬスーツ姿の男性が突然家を訪ねてきた。

和哉の借りていた倉庫代が滞納されており、連絡が取れないため、保証人の父のもとへやって来たのだった。

滞納額は百万円にもなっていた。

父は対処しようともせず放置し、結局裁判沙汰になって分割払いをすることになった。

名前も知らないまま

それから数年後の春、
慎人の携帯電話に和哉から連絡が入り、母に伝えてきた。

和哉が家に来て「結婚することになった」と話した。

挨拶に来たというより、年金手帳やら書類を取りに来たという雰囲気だった。

相手には小さな子どもがいて再婚で、すでにお腹に赤ちゃんがいるといい、連れ子が小学校に上がる年齢に近く「苗字を変えたくない」ということで、相手の家に婿入りした。


一度も会うことなく秋が深まった頃、
和哉から電話が鳴った。

「赤ちゃんが生まれた」

うれしい気持ちになった。


けれど続いて聞こえた「初孫だよ」という言葉に、違和感を覚えた。


和哉がうれしいのはわかる。

祖父母になる親に「初孫だよ」と報告する気持ちも、わからなくはない。

けれどその言葉を聞いたとき、真っ先に頭に浮かんだのは連れ子のことだった。

もう小学校へ上がる年頃の子が、慣れない環境の中で新しい家族に馴染もうとしているときに、赤ちゃんが生まれた。

血の繋がった兄弟姉妹が生まれても赤ちゃん返りをするとよく聞くのに、連れ子ならなおさら、寂しさはひとしおではないだろうか。

「初孫」という言葉を、
その子が聞いてしまったとしたら。自分の存在が、そこにないように感じないだろうか。

余計な心配かもしれない。
事情も詳しくは知らない。

けれど電話越しのその一言が、
ずっと胸に引っかかって残った。

赤ちゃんが生まれたからと「会いに行くわ」と言う和哉に、正直、会いたい気持ちが一切なかった。うわべだけの挨拶で来られても気を遣うだけだと思った。


連れ子の名前も、
お嫁さんの名前も歳も知らないまま、
一方的すぎる。


向こうはこちらのことをある程度知った上で来るのだろうけれど。


お嫁さんの名前を電話越しで初めて聞いた母は、


「○○さんによろしく」


とだけ伝えた。
生まれた子の性別も名前も知らぬまま、
和哉は再び音信不通になった。



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