命を延ばす選択
延命っててどういう事でしょう?
医療技術の向上で、人間の平均寿命は伸びました。
ただ健康寿命という「元気に独りで生活できるレベル」とはまた別の話で、その2つには10年程開きがあると言われております。
つまりその間は、多少なりとも人の手を借りないと生きていけない状態です。
特に脳卒中等で寝たきりになった方とかは、医療・介護にたくさんの人手が必要です。
認知症だと身体は元気でも自分の世話などとてもできる状態ではない、という場合もあります。
皆さんは家族にどういう状態になってでも生きていて欲しいでしょうか?
この問題はかなり主観的で、医療現場でも家族の価値観判断に委ねられています。
医療DNR、DNARなんて言葉がよく使われます。
(無理な)蘇生をしないという意味ですね。
蘇生行為というのは、代表的な事でいうと「心臓マッサージ(胸骨圧迫)をしない」「人工呼吸器を装着しない」というのがざっくりとした認識です。
寝たきりの人にボキボキ肋骨が折れても心臓マッサージをして止まった心臓を動かそうとしたり、意識もない人に機械を装着して生かすというのは、ほとんどの人の目から見ればやり過ぎって思われるがちです。
でも一部の家族からは、それでもやって欲しいって言われたりします。
可哀想だから何もせずそのまま逝かせてやってくれ。
可哀想だからできる限りの手段で生かせてやってくれ。
最早モノは言いようですよね。結局明確な判断基準なんてないのです。
生活の宛にしていた年金支給が無くなると困るから何とかして生かしてほしい、と言われたこともあります。
脳卒中で食事をする度に誤嚥し、肺炎を起こすようになった。
そんな時によく使われる手段が胃瘻や経鼻胃管。
口から食事が摂れない人に他力で栄養を流す手段、これも広義では延命治療に入るのでは?
一番丸く収まるのは元気な時に本人が意思表示してるとありがたいのですが、これを後に家族が覆して話がこじれるケースもあるので困ったものです。
あくまで僕個人の意見では、自力で生活を維持できない時点で寿命だろうと考えています。
おそらく自分の親にはそういう選択肢をある程度とっていきそうです。
動物的な自然の摂理とも思いますが、自力で生きていけない、他者に恩恵を与えられない状態は、自然界では淘汰されていってしまうものなので。
温情や家庭環境などが加味されたりで、また判断は変わるかと思います。
生きている事が世話する人から見る生き甲斐というケースがあるのもわかります。
一方で、施設入所から数年経って家族がほぼ面会に来ない、胃瘻に繋がれている意思疎通のできない人もいます。生きている意味って何でしょうね?
超高齢の方に延命治療フルコースを希望した家族もいます。人工呼吸器から点滴から色んな管という管に繋がれて生きている状況を見て、生きてて良かったねぇと思うんでしょうか?
胃瘻とか延命治療なんていつでも止められる、なんて呟いてた救急医も見ました。
ほとんど無理ですよ、落ちていくってわかっている選択肢を通常の人間はとるはずないのですから。
なので、選択をする前によく考えて欲しい。
生きてて欲しいというのは「どういう状態で」生きていて欲しいのか、ホントによく考えておく事をオススメします。
