ドラマ『修学旅行で仲良くないグループに入りました』-出会いと気付き編-
▫️はじめに
私は今、大きな喪失感に苛まれている。
ドラマ『修学旅行で仲良くないグループに入りました』の放送が終了してしまったのだ。
所謂、“修仲ロス“というものだ。
私は昔からドラマを観ることが好きで、毎クール気になる作品があれば欠かさずチェックしてきた。
その中でも、ここまで深く心を掴まれた作品は久しぶりだった。
▫️『修仲』との出会い
遡ること約2ヶ月前の2025年10月。いつものように秋クール放送のドラマをチェックしていた。週の後半、土曜日の深夜帯に、ひときわ目を引くタイトルが目に入る。
『修学旅行で仲良くないグループに入りました』
「なんやそれ。グループ入ってどないなんねん」
思わずそうツッコミたくなるタイトルに惹かれ、私は1話を鑑賞した。
「なるほどな…えっ!めっさおもろいやん!」
それが1話を観終えたときの率直な感想だった。
以下、1話のあらすじである。
平凡な男子高校生・日置朝陽は、2年になって2ヶ月が経った頃、クラスに1人も友達がいないまま、修学旅行の班決めを迎えた。教室の真ん中でひとり孤独で動けない日置。
そんな彼に声をかけてきたのは、中学が同じだっただけで、クラスではほとんど関わりのなかった堀田颯斗。
「俺らのグループに入らない?」と誘われ、返事に戸惑っていると、半ば強引にグループに入れられてしまう。誘われるがまま向かった先には、学校内で知らない者はいない一軍男子高校生集団、通称「四天王」がいた。
状況を把握できないまま、日置は一軍男子率いる修学旅行グループに入れられることになり一一
▫️なぜここまでハマったのか
この作品にここまで惹かれた理由は、大きく二つある。
“リアル感“と、“説得力“だ。
本作は、藤本洸大演じる平凡男子・日置朝陽が、簡秀吉演じる学校一の人気者・渡会紬嵩(堀田とちゃうんかい!)に見初められ、恋に落ち、両片想いを経て、両想いになる、といういわゆる“シンデレラボーイストーリー”である。
ストーリーの設定上、どうしても非日常感を感じる描写が出てきてしまうのは仕方のないことだと思うのだが、今作にはそれは感じられなかった。本当に風見野高等学校が日本のどこか(私は横浜の山側のあたりだと思っている)に存在しているのではないかと錯覚するほど、日常のほとんどの描写がとてもリアルなのである。セットでの撮影ではなく、実際に実在する学校で撮影している点もそう思う要因の一つなのだと思う。
また、カメラの動きも落ち着いていて、派手な演出等もなく、ただ彼らの日常を画面越しに参観しているような感覚でドラマを観ることができ、観ている側に感情移入しやすい時間を与えてくれているのも大変ありがたい。
▫️ふたりが持つ説得力
私が本作にハマったもう一つの理由が主演2人の説得力(演技力)だ。
まず、簡氏の最大の強みは、
“圧倒的画力による説得力“だ。
彼が画面に映し出された時、あまりの美しさに一瞬息をするのを忘れてしまう。
フルショット(全身)のシーンでは、183㎝の長身を見事なまでに活かしきり、アップショット(顔の寄り)ではこのまま画面に引きずりこまれてしまうのではないか、と思わせるほどの力強い目力。とにかく彼から感じるのは、自己プロデュース力の高さだ。「この場面では自分がどういう角度・表情で映るのが一番目を惹くのか」が感覚的に分かるのだろう。以下、1話で特に印象的だったシーンをいくつか紹介する。(本当はもっといっぱいあるのだが、ここでは泣く泣く割愛する)
▫️水を飲む
ただ、水を飲む。それだけのシーンにもかかわらず、立ち方・腕の角度、飲み方。そのどれもすべてが絵画のように美しい。水を飲むだけの動作で、四天王の中でも1番人気であるということが瞬時に分かり、「あ、この人なら大丈夫だ」と謎の納得をしたのが懐かしい。
▫️「へえー そうなんだ」
同じく1話の中盤のシーン。圧倒的すぎるドS感。「あ、この人ヤバイ人だ」と思わせる見事なまでの攻めの表情。観ていて背筋が凍った。そして同時に日置のこれからが心配になった。
1話の渡会の姿を観て、
「あぁ、この作品は観続けよう」
と素直に思った。
とにかく、彼は渡会という人間の情報を画で伝える能力に長けている。だが、そこには確かな演技力もある。台詞の間の取り方、声の震わせ方、切り替え方、そのどれもが絶妙に上手い。渡会を演じているというよりかは渡会を感覚的に宿しているかのよう。
渡会はただクールな奴というわけではない。あまり感情の起伏が激しくないため、誰に対しても一定のトーンで接することが多い渡会だが、好意を抱いている日置からの“無自覚あざと攻撃“を受けたときは、ちゃんと思春期の男子高校生のリアクションをする。その使い分けも見事だった。
おそらく彼は、「この場面では渡会はどう思うのか」が“直感的“に分かるのだろう。
伝説の最終話の”3回目のキス”がまさしくそうだ。本人曰く、台本には2回までと書かれており、本番直前まで(カメラで撮影する前に、何度かリハーサルを行う)2回の想定でいたらしい。しかし、本番。2回目のキス(ちょっと長めのフレンチキス)が終わり、少しの沈黙のあと、渡会が日置に対し、教室を出ようと呼びかける。日置もそれに従い返事をし、少しの間見つめあう。次の瞬間、彼は、台本にはない”3回目のキス”をしたのだ。後日談で「気が付いたらその場の感情でしていた」と語っている。確かに、2回で終わるのと3回で終わるのとでは質感が全然違う。2回で終わっていた場合、「あれ?この二人ってこのキスが初めてだよな?なんかそんな感じせーへんな」と、少しの違和感が生まれたはずだ。両想いになって初めてのキス。つい嬉しくなり3回目に短いキスをしてしまうのも納得だ。本番で“直感的“に3回目のキスをした彼。この“直感“により生まれたキスが、実は相手役である藤本氏も『あったほうがいい』と心の底で感じていたことは、“直感“で分かっていたのだろうか。
次に、藤本氏の強みは、
“綿密にプランが組み立てられた役作りによる説得力“だ。
藤本氏演じる日置朝陽は、戸惑い、惹かれ、悩み、成長し、恋を自覚していく――という感情の変化が非常に多い役だ。
さらに、相手によって見せる顔も違う。
渡会、三天王、部活の仲間、中学時代の女友達、クラスメイト。
彼は「それぞれに対しどういう顔をするのか」を考え、特に気心の知れたバド部のメンバーである辻谷に対しては「素を出しすぎると渡会に素を出してないことになるから、適当にあしらう感じで接するよう心がけた」と語っている。彼、まだ若干二十歳。綿密すぎる役作りプランを耳にした時は開いた口が塞がらなかった。
また、一番驚いたのは、モノローグについてだ。全10話分のモノローグは、すべて撮影開始前の前々日(※藤本氏は前日と記憶されているみたい)に録り終わったそう。ここまではまだ「へ〜そうやったんや!」と驚きつつも理解はできる。
だが、驚くべきとこはそこではない。「録り直し」がほぼなかったという点である。(以下、『修仲』の録音担当の柴田氏のXの引用)
“「録り直し」っていうのはその場でのリテイクではなく、後からセリフを変えたり新たに追加したりのことなんですが、編集してみると間や心情が合わなくなることが必ずと言っていいほどあるのでそれがほとんどなかったのも凄いことです。“
バケモンやん。怖すぎるて。
もちろんモノローグありのシーンは、監督とのコミュニケーションあって完成する(全部のシーンがそうですよ)が、まだ俳優になって2年の彼が、なぜ撮影前に録った感情にその場で合致させることができるのか。私は役に対する綿密なプランを組み立て、それを自身に落とし込み、咀嚼し、飲み込み、その場で順応するという天性の俳優センスを持ち合わせているからだと思う。
簡氏とのキスシーンについても、「2回目のキスで終わるのは締まらないなと思っていた。その後、2人で教室を出るのだが、出にくいんじゃないかと。軽やかに放課後の外に向かう(外では三天王が待っている)ことを考えると3回目あって良かった」と。
▫️2人が持つ才能の合一
その場の直感で感じ取った簡氏と、論理立てて3回目があったほうがいいと思っていた藤本氏。2人が持つ異なるタイプの才能が合一したことにより生まれた“3回目のキス“は私を含め、多くの視聴者を虜にしたことだろう。
“外向直感型の簡氏×内向論理型の藤本氏“
完璧なまでに真逆の2人だが、“2人が持つ才能のパズルのピースが合致したときの説得力“こそが、私が今作にハマった理由である。
▫️おわりに
他にもまだまだ語りたいことはあるのだが、
睡眠時間を削り、Tverをぶん回しながら、書いているため、そろそろ体力的に限界がきている。
今日はこの辺でお開きにしようと思う。
HPが回復次第、続きを書こうと思う。
