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企業再生 逆からは始まらない             


はじめに——失敗した経営者が、なぜ再建を語れるのか

 夜、シャッターが降りた後の冬の金沢の書店。店長はいくつもの棚の前で足を止め、本を眺めながら並べ替えていた。手の動きを止めなかった。私は声をかけるタイミングを失ったまま、エアコンが切れた店内でその背中を見ていた。それでも翌年の春、その書店は閉店した。

私は一度、会社を潰している。

 中小企業診断士の資格を持ち、財務もマーケティングも理屈は分かっていた。それでも、その店を潰した。私は2004年に取引先であった金沢の書店の売掛金の回収と経営再建を命じられて取次のトーハンから出向した。まず手をつけたのは、コストの圧縮だった。数字から入れば組織は立て直せると信じていた。3年後の2007年、その書店は倒産した。優秀な店長たちも誠実に仕事するパートの方々も職場を失った。出向だった私は、トーハン本社に戻った。生涯の痛恨事である。

その店長が私に言った言葉がある。
「小島さん、本屋が売れない理由は、お客様が裏切っているからじゃない。本屋がお客様の期待を裏切り続けているからなんだ」

 私にはその言葉の意味が、そのときまだ分からなかった。当時の私は資金繰りが優先で、店の在庫を減らして買掛金を削減し、向き合うのは従業員ではなく金融機関だった。人員整理にも着手した。それは、疲弊した現場の力をさらに削いでいったが、当時の私は気づきもしなかった。

 失敗のあと、本社や支社での日常に戻った私は改めて経営理論を通常業務の中で自分の血とし、肉にして行った。6年後の2013年、今度は愛媛の書店に出向した私は2年半でV字回復を果たした。なぜ全く違う結果になったのか。しかも、リストラなしで。

 同じ業種。同じ人間。真逆の結末。
逆転の始まり。

「私、辞めます」 その一言が会社を変えていった。
 企業再生には順番がある。どんな業種でも逆からは始まらない。
 様々な経営理論を実践したリアルストーリーをお見せします。

  

第1部 マネジメント——組織を活性化するキーファクターは何か
 

  組織が壊れるときも、再生するときも、その構造は驚くほど同じだ。業種は関係ない。2013年の春、私は愛媛・山口・大分を中心に80店舗を展開していた書店チェーン「明屋書店」(はるやしょてん)の代表取締役として松山に着任した。引き継いだのは、5期連続赤字という現実だった。

 社員たちは新しい社長を待ち構えていた。敵意でも諦めでもなく、「何かが変わるかもしれない」という静かな期待が漂っていた。しかしその期待は同時に組織の弱点でもあった。長年オーナー経営者の下で働いてきた社員たちは、例外なく指示待ちだった。自分で判断し動く習慣が育っていなかった。
 そんな中で一人だけ違う女性がいた。経理の田丸さんだった。数字を正確に把握し問題の所在を自分の言葉で説明できる。経営者としての私が真っ先に頼るべき人間が、すでにそこにいた。

 この出会いが後々、私に一つの確信を与えた。営業は手足であり、製造は内臓であり、経営者は頭だ。しかし総務経理は背骨だ。背骨が脆弱な組織は、頭が正しく判断しても手足に伝わらない。経営再建がうまくいかない会社の多くは、この背骨が折れている。業種が変わっても崩れ方には型がある。小売業でも製造業でも、現場が華やかなほどバックオフィスの脆弱さは見えにくい。だからこそ、そこから崩れる。

 田丸さんとの出会いから間もなく、私は全社員に向けて最初の挨拶をした。「私はトーハンから出向してきた人間です。しかし皆さんが大切にすべきなのは、トーハンでも出版社でもない。この店に来てくださるお客様です」

 そして明屋書店が大切にする3つのことを宣言した。従業員を大切にする。顧客視点を大切にする。地域貢献を大切にする。

 みんな、不思議な顔をしていた。当然だ。本屋の仕入先である取次会社から来た社長が、最初の挨拶で「取次のことは気にしなくていい」と言ったのだから。
 しかし私には確信があった。日常業務の優先順位を最初の言葉で決めておかなければならない。仕入れ先の顔色を窺いながら顧客に向き合うことはできない。明屋書店を「お客様の期待を裏切らない店」にしようと決心していた。
 新しいリーダーが最初に発する言葉は、その後の組織の空気を一変させる。着任の日から働く仲間に笑顔で挨拶し、話かけ続けた。

 ここで私が拠り所にしていたのが、マツダミヒロが提唱する「シャンパンタワーの法則」だ。それは、積み上げられたシャンパングラスの最上段から液体を注げば、そのグラスが満たされて、下のグラスに溢れ出し、さらに下の段に続く。このタワーの一段目が経営者、その下が従業員、顧客、地域社会という考え方だ。

シャンパンタワー



 顧客満足を掲げない企業はない。しかしその前に問わなければならないことがある。従業員は満足しているのか?「こんな会社でやってられない」と感じている社員が顧客を満足させることなどできるはずがない。従業員満足が顧客満足より前にある。順番を間違えている経営者が多い。
そして私にも、その順番を問われる瞬間が来た。

 ある朝、北沢さんが私のところへ来て言った。
「私、辞めます」。定期健診でがんが見つかったという。
「これから検査や治療で休み勝ちになります。みんなに迷惑をかけるから」と彼女は言った。
「保険はどうするんだ。治療費は。生活費は」
「でも、みんなに迷惑をかけるから」

 私は引き留めた。ただし、それは単なる人情からではなかった。「従業員を大切にする」と宣言した私の判断を北沢さんだけでなく全従業員が見ていると分かっていたからだ。経営者の言葉が本物かどうかは、こういう瞬間にこそ試される。
 
 引き留めたあと、私は社内の実態を改めて見渡した。女性が多い職場柄、当時すでに乳がんや子宮頸がんで治療中の社員が在籍していた。しかし管理職は誰も、がん患者への適切な対応を学んでいなかった。制度も知識も何もなかった。
 まず手をつけたのは制度の見直しだった。休職期間を半年から1年に延長し、半日休暇も新設した。治療しながら働き続けられる環境を整えた。仕組みがなければ、どれほど「大切にする」と言っても言葉だけで終わる。
 そうしていると善意に偶然が重なって、やがて四国がんセンターとの連携が生まれ、全店長向けの「がん就労支援研修プログラム」が作成され四国がんのスタッフの皆さんによる研修が半年に亘って行われた。北沢さんを引き留めたあの朝の判断が会社の制度を動かし、医療機関との連携を生み、明屋書店再生へと繋がっていった。北沢さんもその後、治療を続けながら現場に戻った。

四国がんセンタースタッフによる研修風景


 明屋書店が掲げる「従業員を大切にする」が実践された。
一人を守る判断が制度になる。制度になったものが次の誰かを守る。個人への対応が組織の文化を作る——このことを、私はあの出来事から体験で学んだ。
 人が困難に出遭うのは、がんだけではない。介護が始まる人もいる。出産を控えた人もいる。人生のどこかに必ず重たい局面がある。そのとき組織が「その人を守るのか見捨てるのか」は、当事者だけの問題ではない。会社の対応を全従業員が見ている。そしてその答えが組織全体の士気を静かに大きく左右する。これは感情論ではなく経営の話だ。どの組織にも必ずこの瞬間が来る。

 明屋書店に変化の兆しが見え始めた頃、私は各地域の店舗を訪問して回った。私のマネジメントの軸は、ビジネスコーチングだ。答えを与えるのではなく、問いを立てる。現場の判断を現場に委ねる。現場で気になる事には「なぜ、これを行っているか?」を聞き、不合理なことがないかに目を光られせた。品揃えは現場に任せた。みんな本が好きで明屋で働く仲間だから。ここで経営者に 三つの問いが生まれる。

一つ目は「従業員はコストですか?財産ですか?」

 コストと答えることを私は否定しない。コストと見切ってリストラして経営再建する方法もあるからだ。ただ、私はその立場を取らず財産と考えていた。

二つ目の問いは「従業員は道具ですか?仲間ですか?」だ。

 オーナー経営者の中には従業員を自分の目的達成のための道具だと無意識のうちに見ている人がいる。従業員は企業目的を達成するための仲間だ。私は自らが講師となり、時には外部から講師を呼んで社員教育を継続していった。社員たちは日を追って成長していった。品揃えを始めとする現場に私は殆ど介入しなかった。放任はしないが委任した。委任された現場は活発に動き始める。各店舗でそれぞれの工夫が生まれ、本社が指示していないことが、あちこちで起き始めていた。

 その変化の手触りを確かめるように、私は各店の朝礼に加わり、同じ質問をした。「いまどき、スマホをクリックするだけで翌朝自宅に本が届く時代です。なぜお客様は、わざわざ明屋書店に来てくださるのか?」
どの店でも最初、社員たちは黙った。「品揃えがいいから」「立地がいいから」。そういう答えが返ってくる店が多かった。それも正解なのだろう。しかし私の心は動かされなかった。ある店の朝礼で、児童書を長年担当しているベテランのパート社員が手を挙げた。

「私に会いに来るんじゃないですか」

 本を買いに来るのではなく、私に会いに来る。その一言が、書店という仕事の本質を言い当てていた。アマゾンには売れない何かが、この店にはある。それは本の在庫でも価格でもなく、そこにいる人間だ。周りの社員たちの顔が変わった。自分たちの仕事に意味があると気づいた顔だった。

 商品ではなく人間が選ばれる。価格とスペックが均質化した先に残る競争優位は、どの業種でも同じだ。マネジメントとは人に指示を与えることではない。人の中にあるものを引き出すことだ。

人が動き始めた組織には三つ目の問いが待っている。
「誰のために何を売るのか?」だ。

 

第2部 マーケティング——誰のために、何を売るか

 売上が厳しいとき、経営者はすぐに「何を売るか」「どう売るか」に目が向く。しかし本当に問い直すべきは「何を売っているのか」だ。
 これは、「成功のレシピ」として知られているサイモン・シネックが提唱する「ゴールデンサークル」の核心である。「何を売っているか」を表すWHY(理念や価値)が明確になると、HOW(差別化)とWHAT(商品)は自ずと整うと教えてくれる。整った言葉は顧客に届く。
 「何を売っているのか?」の問いの本質は「社会にどんな価値を提供しているのか?」にある。事例を紹介しよう。

 こんなことがあった。ある地方での私の講演会が終わった後、一人の男性が歩み寄ってきた。中堅の運送会社の三代目専務だった。

 「最近、売上が厳しくて。どうしたらいいでしょうか」
  私は売上の話を聞く前に質問した。
 「あなたの会社は、社会に何を売っている会社ですか?」
 突然の質問に彼は考え始めた。
 「……わが社は、信頼を売っています」
 「いいね。では、その特長は?」
 「丁寧、迅速、親切です」
 「なるほど。ではその強みを、今どうお客様に伝えていますか」
 「私たちは運送会社です。丁寧・迅速・親切な仕事をします」。

 これではWHAT(何を)とHOW(どうやって)を並べているだけで、WHY(なぜ)がない。なぜ丁寧なのか。なぜ信頼にこだわるのか。それが伝わらなければ、言葉はただのスペックの羅列に過ぎない。

 「WHYから始めてみましょう。『私たちは信頼を何より大切にしています。丁寧・迅速・親切な仕事をする運送会社です』——これで、伝わり方が変わりませんか」
 彼はゆっくりとうなずいた。「伝わりますね」と言って深く頭を下げ、会場を後にした。

「あなたの会社は、社会に何を売っている会社ですか?」を少し噛み砕いて説明する。コンビニが売っているものは「便利」。ドラッグストアが売っているものは「健康」。あなたの会社が社会に提供している「価値」を先に考えなくては、すべてが砂上の楼閣だ。この問いの答えこそが、その会社の企業理念になる。社会における存在意義だ。

 ここからは、売上の話をしよう。売上は自動的には動かない。それは「売上を直接上げるボタン」は、どんな業種にも存在しないからだ。しかし、業種ごとに結果として売上を動かすことになるキーファクターは必ず存在する。
 これは私がコンサルタントとして、様々な業種の経営再建に関わる中で確信するようになった命題だ。

 業種も規模の違う幾つかの企業の実例をみてゆく。きっとあなたの会社の参考になるはずだ。
 サービス業のキーファクターはリピート率だ。新規客をどれだけ獲得しても、一度きりで終わる顧客ばかりでは、売上の土台が積み上がらない。私が関わったあるサービス業の会社では、「おもてなし」という言葉を経営の中心に置いていながら、リピート率が業界平均を大きく下回っていた。その店を再び訪れる理由を顧客の側に作れていなかったのだ。

 私がこの会社の従業員にお願いしたのは、たった一つだ。来てくださったお客様に全力で向き合い、また来たいと思っていただくこと。満足した顧客は自分のSNSで新たな顧客を連れてくる。
 ドラッカーが言う「顧客の創造」を、お客様自身がしてくださるのだ。リピート率という定量的データを向上させるために全員が目の前のお客様に誠心誠意に向き合う姿勢が生まれた。この定性的指示を全員が実践し続けることで、業績は急回復していった。

 まったく事業規模が異なる事例としてスカイマークがある。2015年に経営破綻したスカイマークの経営再建を担った佐山展生氏が求めたのは、第一に安全運航、そして定時運航率の向上だった。
 国内エアラインの中で定時運航率は最下位クラスに低迷していた。これを挽回するために地上職員もCAも整備士も定時運航の一点に注力していった。2017年度には定時運航率が日本一となり、顧客の信頼は戻り、売上が回復した。
 航空会社のキーファクターは「定時運航率」だった。その結果「顧客満足度調査」も向上したのだ。企業の大きさに関係なくキーファクターはある。



 キーファクターは業種によって異なる。しかし経営者は往々にして、それを考える時間すら持てていない。何の数字を動かせば売上が動くのか。これを考えるのがマーケティングの始まりだ。

 九州で製造業を営む会社に経営相談で呼ばれたとき、社長はこう悩みを話した。
 「ずっと、売上が厳しくて経営破綻しそうです。どうしたらいいでしょうか?」
 連続赤字が続き、借り入れも増え、銀行の目が光っていた。債務超過寸前という状況だった。
 私はまず、社長の一日の時間の使い方を聞いた。すると朝から晩まで、経理と事務に追われていた。本来もっとも営業センスがある人間が、数字の入力と書類の整理に一日を費やしていた。明屋書店での経験が私にある確信を与えていた。田丸さんが明屋書店の背骨だったように、ここにも経理を担う人間を外から連れてくる必要があった。

「経理を任せられるパートを採用しましょう」
 社長の顔が曇った。
「銀行から何を言われるか分からない。人件費を増やすのは怖い」

 赤字続きで銀行の監視下にある経営者が、採用をためらうのは当然の心理だ。しかし私には確信があった。この会社の問題は売上ではなく社長の時間だ。その懸念を押し切って採用に踏み切ってもらった。
 やがて斎藤さんという女性が採用できた。経理の経験が豊富で任せてみると仕事が早く正確だった。斎藤さんが経理全般を引き受けた途端、社長に時間が生まれた。

 その時間を社長は顧客のところへ足を運ぶことに使った。営業の腕は業界でも評判が高かった。営業されて満足した顧客が次の顧客を紹介する連鎖が生まれた。売上が動き始めた。連続赤字だった会社が、今や4期連続黒字に変貌している。
 何を変えたか。売り方ではない。社長の時間の使い方だ。マーケティングの問題に見えていたものが、実はマネジメントの問題だった。そして課題が解決されたとき財務が改善した。経営の三大要素は別々に存在するのではない。連動している。この会社のキーファクターはタイムマネジメントだった。

 あるペット葬祭の会社の話しだ。ペットの処分を自治体に依頼すれば3千円ほどで済む。この会社の葬儀の客単価は公共機関の10倍以上だった。この会社のWHY(理念)は「飼い主の悲しみに寄り添い、癒しを届ける」だった。遺骨を丁寧に揃え、お別れの時間を演出し住職を呼んでの読経まで行う。祭壇まで設け、合同の月例法要も執り行う。ペットを失った後も飼い主が安心して訪れられる場所を創造していった。
 その上にドッグランを5つ併設した。飼い主にはドッグランで元気に走り回る記憶が、隣接するこの会社の名前と共に刻まれる。見えない形でのマーケティングだ。顧客は離れない。値段で勝負していないからだ。世界観で勝負している。  

                       貸し切りのドッグラン

 さらに面白いのは、この会社が人材確保にほとんど困っていないことだ。求人はドッグランの利用客向けの公式ラインで行う。働きぶりを間近で見た人が「自分もここで働きたい」と手を挙げる。第1部のシャンパンタワーを思い出してほしい。経営者が従業員を大切にし、従業員が顧客を大切にする。その連鎖がなければ、どれほど立派なWHYを掲げても、絵に描いた餅で終わるが、この社長は従業員を一番大切にしている。だから、この会社が売っているものが飼い主に届いている。

 もう一つ、忘れられない経営者がいる。高級フレンチレストランを営む社長の話だ。大手デベロッパーから依頼され、高速道路のサービスエリアへの出店が決まった。それと同時に別な場所への出店を求められた。四国がんセンターの中の飲食スペースとコンビニフランチャイズ出店だ。
 私は反対した。資金的にも人材的にも、当時のこの企業には重すぎる案件だった。 しかし社長は動じなかった。理由を聞いて私は言葉を失った。

 「家族をあの病院で見送ったんです。あそこで療養している患者さんに、本当に美味しいものを食べてほしい。それだけです」

実際に彼は、ご飯を出すのに業務用の大型炊飯器を使わなかった。
 「なぜ効率のいい業務用を使わないのですか?」
 「自宅で皆さんが使う炊飯ジャーを複数購入して2時間置きに炊き立てご飯を提供するんです。そうすれば、お客さまはいつでも炊き立てを食べられます」

 私には返す言葉がなかった。見えないところに手を抜かない。「本当においしいものを食べてほしい。それだけです」に、少しの偽りもなかった。
 損得の話ではなかった。これはWHY=理念の話だった。出店は大成功し、会社の売上は3倍に伸びた。信念が戦略を超えることがある。少なくとも私はこの経営者に、そのことを教わった。
 「誰のために、なぜこの仕事をしているのか」が明確ならば必ず道は開ける。このことは、私自身が再建を任された明屋書店でも問われ続けた問いだった。

 経営再建には順番がある。財務から始めると失敗する。この順番の話は、出版界のように規制の大きい業界だけでなく、古い制度に縛られている業界でもこの順番が生きる。規制で課題解決の手立てを見失っている診療報酬制度の医療業界や自動運転さえ始まらないタクシー業界などでも再建の糸口になるはずだ。

 話を明屋書店に戻す。明屋書店でも、同じ問いを立てた。「この店は、社会に何を売っている書店ですか」——その答えが出たとき、マーケティングの戦略が根本から変わった。
 コンビニが売っているのは利便性だ。ドラッグストアが売っているのは健康への安心だ。では、あのころの明屋書店は何を売っていたか。本を売っていた。それだけだった。WHYがなかった。誰のための書店か、地域社会に何を届けるのか、その問いに答えられていなかった。それが5期連続赤字の根っこにある問題だった。

 明屋書店のマーケティングの立て直しは、品揃えの改革だけでなく、WHYの再定義から始まった。人は自分の仕事に意味を感じたときに初めて本気で動く。
    私の定義は「明屋書店はお客様の明日を売っている」だった。

 書店の売上を上げるキーファクターは商品回転率だ。売れない本が棚を占領していれば、売れる本が並ぶ余地がない。いくら接客を磨いても、顧客が欲しい本が棚にない店に人は来ない。「本屋がお客様の期待を裏切っている」状態なのだ。
 そこで私は、店長から棚担当のパートに至るまで「商品回転率」の向上を求めた。本は返品できる。単品管理もできている。全員が本を回転率で眺めるようになった。売れ行きの悪い本は返品し、その分を全国の売れ行きデータから売れ行き良好書を仕入れた。結果として売り場は売れ行きの良い本が並び、売上が伸びた。


明屋書店の児童書売り場



 この定量的管理の次に行った定性的管理として店長に言った事がある。「自分の店に、あなたにとって一番大切な家族や親兄弟、恋人を連れてきて、『自分がここの店長だ』と胸を張って言える店にしてください。必要な経費は準備します」みんな存分に働き始めた。家族に誇れる店は必ずお客様にも喜ばれる。

 明屋書店が掲げる「顧客視点を大切にする」が実践された。

 明屋書店の経営が好転するようになって、地域にお返しする方法はないかを考えていた。それが、愛媛県内の児童養護施設10か所への本の寄贈だ。当時の明屋書店は県内に26店あったから施設に近くに店舗があった。12月上旬に子どもたちに店に来て貰って、自分で好きな本を選んでもらい、クリスマスに書店員たちがサンタクロースの格好で施設に出向いて本を贈った。
 このクリスマスイベントが終わってから、いつも沢山のお礼のお手紙をもらうが、ある年に忘れられない手紙を貰った。

~僕は明屋書店の皆様からいただいた「定期テストきそからぐんぐん中学地理」という本でさっそく勉強させていただいています。僕は受験生で来年は受験します。なのでこの本に力を借りて、地理の知識をしっかりと身につけて志望校に合格したいと思います。この本をこれからも大切な1冊として、持ち続けていきたいと思います。僕の目標は、社会のテストで80点取ることです。この目標を達成するため、今日からこの本でこつこつ勉強していきます。本当に本をもらって嬉しいです。ありがとうございます。絶対に志望校に合格します!~

 クリスマスプレゼントに参考書を選ぶ中学生がここにいる。そんな彼に細やかな応援ができた私たち。本屋をやっていて良かったと心から思えた。



 これが明屋書店のWHYの実践だった。本を売ることが仕事ではなく、本を通じて人と地域を元気にすることが仕事だ——その定義が変わったとき、書店員たちの目が変わった。接客が変わった。売場が変わった。

明屋書店が掲げる「地域を大切にする」が実践された。

 この活動を私は地元メディアにも積極的に伝えた。目的は二つあった。一つは明屋書店の活動を地域に知ってもらうこと。もう一つは、その報道を見た従業員と家族が自分たちの仕事を誇らしく感じることだ。人は理念に共感するとき、最も強く動く。これは、感情を持たないAIには、決して思いつくことがない経営判断だ。

 業種や規模は違っても、問いは同じだ。「あなたの会社は、社会に何を売っているのか?」その答えが定まったとき、組織は数字と向き合う準備ができる。WHYが定まり、キーファクターを追い始めたとき、組織の数字は動き出す。明屋書店が5期連続赤字からV字回復を果たしたのは、この順番を守ったからだ。では、財務はどう変えたのか。

 

第3部 財務——数字は結果である

 着任して間もない頃の話だ。私は明屋書店再建のキーパーソンである田丸さんに頼んだものがある。
 「直近の損益計算書を見せてもらえますか」
 田丸さんは少し間を置いてから、きれいに綴じられたファイルを持ってきた。数字は整然と並んでいた。売上、原価、販管費、営業利益。フォーマットも正確で、彼女の経理としての仕事は何も問題がない。しかしながら、厳しい経営実態が描かれていた。毎月社長に上げていたのかと聞いたところ、毎月見せていたそうだが、特段の指示も対策もなかったそうだ。

 それが、すべてを物語っていた。決算書は毎月「作られ」、毎月「渡され」、そして誰にも「読まれていなかった」。数字は揃っていた。しかしその数字を経営の判断に使った形跡が、どこにもなかった。「決算書を作ること」と「決算書を読むこと」は、全く別の技術だ。そして多くの会社では、前者だけが行われている。中小企業の場合「決算書を経営に活かす」となると極めて少数だ。

 財務について話すとき、私はある製造業の社長のことをよく思い出す。その会社で続いていた赤字がようやく止まり黒字に転じた頃、私は社長に呼ばれた。彼には手応えがあった。「これで銀行も安心してくれるはずです」と彼は言った。ところが金融機関との面談から戻ると腑に落ちない顔をしていた。

「利益が出ているのに、なぜ銀行は渋い顔をするんでしょうか?1期だけじゃダメなんですかな?」
「いえ、そんなことはありません。黒字転換を喜んでいると思いますよ。ただ、手放しでは喜べない」
「それは、どういう意味ですか?」
 私は一つだけ聞いた。「年間の元金返済額は、いくらですか」
 沈黙があった。
「それは……経理に確認しないと」

 私が経営者に必ず最初に伝える計算式がある。
    当期純利益 + 減価償却費 > 元金返済額(年間)

 これだけだ。難しい説明はいらない。自分の会社の数字をこの式に当てはめて、右辺と左辺を比べるだけでいい。それができない経営者が、銀行と対等に交渉できるはずがない。上記の式のように右辺より左辺が大きい企業に金融機関は一切文句を言わない。これが逆だと、渋い顔になる。
 初めて、この式を見た社長の表情は戸惑いに満ちていた。そうして決算書から数字をこの式に当てはめた瞬間、静かに言った。

 「つまり私は、利益が出ていても、現金を食いつぶしていたということですか。それじゃあ銀行だって、まだ良い顔しませんよね」納得した彼の表情が一転して明るく変わっていった。

 そうだ。その通りだ。「現金が王様」というのが経営の現実なのだ。財務が「分かる」とは決算書を眺めることだけではない。回転しない在庫は眠っているお金だ。売掛と買掛のタイミングがずれれば、黒字でも資金は止まる。お金がどこから来て、どこで止まっているかを自分の言葉で説明できること——それが経営者が「経理を分かる」ということだ。

 会社の背骨である総務・経理が整った瞬間に頭である経営者が正しく働き始めることができる。マネジメントで組織を立て直し、マーケティングで顧客への向き合い方を変え、そしてようやく財務が改善する状態になる。この順番は、業種や規模が違っても同じだ。逆からは始まらない。

 話を明屋書店に戻す。
 組織が動き始め、売場が変わり、数字が少しずつ上向きになってきた頃、私は別の角度から財務に手を入れることにした。売上を上げる努力と並行して「見えていないコスト」を探すことだ。

 最初に目をつけたのは電気代だった。書店は照明が命だ。本を美しく見せるためにも、長時間の営業を支えるためにも大量の電力を消費する。全店の電気代を確認したとき、その合計額の大きさに驚いた。しかしそれ以上に驚いたのは、誰もその数字を「問題」として認識していなかったことだ。電気代はずっとそこにあり、ずっと払われ続け誰も疑わなかった。

 まずLED照明への全店切り替えに着手した。初期費用が2億円と言われたものをゼロに抑える方法があった。レンタルだ。自前で購入すれば億単位の投資になるが、レンタルなら初期費用は不要で、レンタルフィーは電気代の削減分の中から賄いながら導入できる。次に電力会社を見直し新電力へ切り替えた。さらに着目したのが契約電力の仕組みだ。高圧受電の場合、契約電力は過去1年間の最大需要電力で決まる。一日のうち一瞬でも使用量が跳ね上がる時間帯があれば、それが一年間の契約単価を押し上げ続ける。

 エアコンの起動を分散させることにした。開店前に全台を一斉に動かすのをやめ、午前9時半と10時半の二回に分けてスイッチを入れる。電力のピークを抑えるだけで電気代が変わる。
 こうして電気代は年間で6,400万円下がった。レンタル費用が年間3,000万円掛かったから、初期費用無しで年間の差し引き純削減額が3,400万円になった。

 もう一つ、大きな数字を生んだのは売場の時間分析だった。
 書店の仕事は午前中に集中する。取次から届いた荷物を開け伝票を確認し、本を所定の棚へ並べる。この作業が終わるのが昼前後で、そこから先が本来の販売時間になる。
 しかし明屋書店の店舗は郊外立地が中心だ。郊外店の平日の夕方は、正直なところ暇だ。忙しい時間帯はとうに終わっている。ならば、パートタイムの社員に午後3時に上がってもらえばいい。各店舗で2人ずつ、2時間早い午後3時退勤に切り替えた。
 パートタイムの社員の多くは主婦だった。3時に帰れると聞いて喜ばない人はいなかった。子どものお迎えに間に合う。夕飯の支度に余裕ができる。「こんなに働きやすい職場はない」という声が次々と返ってきた。

 計算してみた。時給750円×2人×2時間×30日×80店舗×12カ月。答えは8,640万円だった。(時給は当時のもの)

 誰かを解雇したわけではない。現場の時間構造を正確に把握し、無駄な拘束時間を整理しただけだ。電力削減の3,400万円と合わせると、年間の削減総額は1億2,000万円を超えた。
 数字を読む習慣のない経営者の目の前では、毎年これだけの額が当たり前のように流れ出ていくコスト。見えていないだけで、そこに確かにある。
 問題は、そのお金をどう使うかだった。
 私は生み出した原資の一部を従業員に還元することにした。当時の明屋書店には、賃金カーブが存在しなかった。年功に応じて給与が上がる仕組みがなく、定期昇給の制度もなかった。長く勤めた社員が報われない構造が静かに組織の士気を削いでいた。

 社歴に応じて月額で一人最低2千円、最高4万円までの昇給をして賃金カーブを作った。社員1人あたりで月平均1万円の賃上げになった。社員は200名だから月に200万円で年間でも2,400万円にしかならない。削減総額の2割以下で賄える計算だ。

 1億2,000万円が会社の景色を変えた。その原資が北沢さんたちの給与になり、制度になり、組織の空気になった。

 社員一人ひとりに声をかけて回るところから始めた。北沢さんを引き留め、制度を整えた。売場のWHYを問い直し、児童養護施設に本を届けた。そして財務の目を持って、見えていたコストを削り、生まれた原資を人に戻した。数字は結果だ。その結果を引き出したのは、金沢で失敗した自分の過去に向き合ったあの日だった。

 

おわりに——逆からは、始まらない


 私は2007年、金沢で愛されていた本屋を潰した。
あれから20年近くが経った今も、あの店長の背中と言葉が消えない。シャッターが降りた後も寒い店内の棚の前に立ち止まり本を触っていたあの人。今どこで何をしているのか?私は知らない。知る術もない。

 あのとき私が間違えたのは、技術でも知識でもなかった。順番だった。財務から手をつけ、人のことは後回しにした。背骨の折れた組織に、どれほど正確な指示を送っても届かない。頭は動いていても手足は止まっていた。
明屋書店では、最初の一日から順番を変えた。

 自分というグラスをまず満たした。なぜここにいるのか。何のために再建するのか。その問いに答えを持ってから、毎朝社員一人ひとりに声をかけた。人が動いた。売場が変わった。数字がついてきた。

その実績は、全国300万社の中小企業データをもとに売上・利益・雇用の三面から評価する週刊ダイヤモンド誌「2016年地方『元気』企業ランキング」で明屋書店が全国で1位になるという形で表れた。

 今も私は各種の中小企業の支援・再建に携わりながら、常に同じ問いを持ち歩いている。「あなたの会社は、社会に何を売っている会社ですか?」

 いくつもの組織を見てきて、言えることがある。元気な組織に共通するのは、財務の良さでも、経営者の発信力でも、業歴の長さでもない。「この仕事に意味がある」と感じている人間が一人でも多くいること。それだけだ。
意味は上から与えられない。問うことで引き出される。

 あの書店のベテランパートが「私に会いに来るんじゃないですか」と言った瞬間、周りの社員の顔が変わった。外から持ち込まれた答えでは人は変わらない。自分の中にあったものが言葉になったとき、人は初めて本気で動く。
 北沢さんが現場に立っているという話を聞くたびに思う。あの朝の判断が損益計算書に表れることはない。しかし彼女がいる職場の空気が、周りの士気が、時間をかけて数字になっていったことは間違いない。

 ここで紹介したものは、私が失敗の経験から学んだことと、先人たちが積み上げてきた知恵だ。私はそれを検証し、実行し成果を出した。だからこそ再現性がある。

 経営は因果だ。今日の人への接し方が、3年後の財務に必ず出る。マネジメントで人が動く。マーケティングで売上が生まれる。財務が改善する。この循環が回り始めたとき、組織は初めて「元気」と呼べる状態になる。逆からは、始まらない。AIが経営判断を補助できる時代だからこそ、血の通ったこの順番がより重要になる。

 私はようやく金沢のあの店長の言葉の本当の意味が分かる。『本屋がお客様の期待を裏切り続けているからなんだ』——あの言葉は、どんな業種にも当てはまる。あなたの組織は今、誰の期待に応えているのか?

<紹介している事例はすべて事実に基づく。登場人物名や業種は変更して使用しているものもある>

#創作大賞2026 #ビジネス部門

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