忽那の雫第541話 探偵釣り師しゅうちゃんの冒険!(真鯛に魅せられて)
ワシは松山観光港の近くの、ドカン前の砂地に居るガッチョをなんとか釣ろうと準備に余念が無かった。
よその家の竹林から竹をいただいて、のべ竿方式で釣ることに限界を感じ始めた我々の仲間は、それぞれの家の事情を超えて、なんとか自分の出来る範囲で道具を集めた。^ - ^
六角形の竿と350円のカリカリ音がするスピニングリールを手に入れたワシは、父ちゃんの知恵と力を借りてリールに糸を巻き、オモリと糸付のハリを手に入れて、道具を完成させた。
当時の仕掛けは極めて原始的で、縄文人がもしかしたらすでに使っていたかもしれないような、そんな簡単なものだった。←昭和のガキが縄文の大人と同じって、、、ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3

リールから出した糸は竿のガイドを通って中通し式のオモリの中を通り、ここでやっと一個のヨリモドシを使う。
そしてヨリモドシの下側には糸付きのハリを結ぶ。
すでにワシはハリに糸を結べるようになっていたが、そこはホレ、適当にズルをするようにもなっていた。←何でも学ぶのが早いなヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
当時から売られていた糸付きハリは、それを一本抜き出してヨリモドシに結べば仕掛けは完成(^◇^)
あとはエサを付けて放り込むだけ^ - ^
当時、松山観光港の2階に上がると食堂の前にデッカい水槽があり、そこにはいつも鯛が泳いでいた。

なぜかワシはここの鯛に夢中で、毎日来ては眺めていた。^ - ^
時々この鯛を獲りたくなり、腰の銃で撃ってみたりしたが、銀玉が跳ね返ってきて顔に当たるのが関の山で、悪い考えはすぐに返って痛い思いをすると学んだ。
くっそ〜、痛え!
いつか覚えてろよーと捨てゼリフを吐きながら観光港内を闊歩していたが、当時の大らかな大人は誰一人として怒る人はなく、笑って見守ってくれた。(^。^)
あと何年かすると自分の天敵になるかもしれないワシを水槽内からせせら笑うかのように悠々と泳ぎながら見ていた鯛族は、因果応報の摂理を学ぶことになる。←今は自分が学び中ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
やがてワシはエサの入手に取り組むようになるのだが、コレは当時のガキんちょ連中の誰もがぶち当たる壁だった。^ - ^
まだ貧しい昭和の時代、エサを買って毎回の釣りが出来るほどの経済力をもつ家は少なかった。
そこでワシが取り組んだのは、近所の人がやってたゴカイ掘りだった。^ - ^
上級者になると、本虫も掘っていたが、まだ小学生の高学年から中学に上がった頃のワシにはゴカイ掘りが限界だった。
掘る場所は、ワシが通っていた保育園の前の漁港の波止の中で、道路から階段を降りるとすぐに敷石があり、その隙間に頭を突っ込んで砂を掘った。
ここが実際の現場で、高浜6丁目に今もある高浜保育園の前だ。

黒い矢印が保育園で、グレーの矢印がゴカイ掘り場。
ここで釣りに行く前や前日にゴカイを掘るのだ。
ゴカイ掘りは特に技術はいらないが、道具はいる。^ - ^
最初はその辺に落ちてるカラス貝やその他の貝がらを使って掘ったが、時々貝が割れて手を切り痛い思いをするから、何か方法はないかといつも考えていたら、やはり答えは近所のお兄さんがもっていた。^o^
そのお兄さんに聞いたのは、しゅう坊(シュウボ)とこの台所のどこかに包丁がいくつかあるから、そのうちの一番錆びてるヤツを一つ失敬(盗め)と言う。
なかなかドキドキするミッションであったが、そのお兄さんも過去にやって、今もなお使い続けている道具を見せてくれた時には、よしやる! と決意した。
夜に家の台所に忍び込み、包丁を盗むのは簡単過ぎたヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
そしてその包丁の先を曲げて自分専用のエサ掘り道具は出来た?( ・∇・)

包丁の先を曲げるのは近所のお兄さんがやっくれたのだが、お兄さんが下手くそで、最初の包丁は曲がらずに折れたヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
仕方なく二本目を盗もうと台所でゴソゴソやってたら母ちゃんに見つかって、誰がそんなこと教えたんぞ! と言って頭をゴキんと殴られた。^o^
そん時に、イサオくんが言うたと正直に言ったのだが、後日イサオくんが母ちゃんに怒られて、お前チクったんかと言われてワタシがイサオくんに殴られた。←アンタ二回殴られてるやん(°▽°)
そのかわり、しょうがない、ワシのをやると言ってイサオくんの年季の入ったエサを掘る包丁がワシのモノになった。←暴力的な子も愛はあった^o^
こんな苦労をしながら、観光港近くの砂地に見えるガッチョを次々に釣り上げていった。

砂地に仕掛けを落とすと、ガッチョが次第に集まってきて、やがて少しでも大きいのを釣ろうと必死になっていった。^ - ^
まだ続く?
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