忽那の雫第645話 ばあちゃん魚焼いてくれてありがとう
数日前の話だ^ ^
奥さんの母がもう長くないから準備しておいてくれと病院から連絡があり、奥さんは子供らに声をかけた。
そしてまだ喋れるうちに娘を連れて会いに行ったのだが、帰り際にばあちゃんは孫にニッコリして手を上げたのだと言う。
あんな笑顔初めて見たって言ってたが、何と言うか魂の会話があったのではないかとワタシは思った。
もう終わりが近いことをわかっていて、最後のありがとうをしたんだと思う^o^
ソレを聞いて、ワタシのばあちゃんがなくなった時に家にすら居なかったワタシはなんて恩知らずのガキだったのかと改めて反省した。
そんなばあちゃんとワタシのエピソードを一つ、ここに残しておきたい。( ̄▽ ̄)

小学生のころ、ワタシは毎日のように早朝の釣りをしていた時期があった。
サラリーマンが会社に行く前に、ちょっとウォーキングしたり、ゴルフのスィングの練習をするように、ワタシはガキのクセに家の裏で魚を釣っていたのだ。←今そんなガキは居らんと思うぞ!ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
50年も前の出来事だが、昨日のことのように覚えているのは、自分で釣った魚を食べたくて仕方なかったからだ( ̄▽ ̄)
忘れられない松山観光港の横の波止の付け根付近、そこは地元の人らが焚き火したり魚を釣ったりする憩いの場だった)^o^(

ワタシはここで登校する直前まで釣りをしていたのだ。
ワタシには姉と弟がおり、姉は9才上で弟は6つ下
ワタシは10才くらいから釣りを始めたことにしている←実はハッキリとわからない^o^ ので、姉は19才弟は4才だ。^ ^
ある朝もいつものように糸を垂れてると、いきなり竿がひん曲がった( ̄▽ ̄)
あわてて竿を立てるとともに抜き上げたのは、15〜20センチくらいの黒イヲヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
コレ全国的にはメジナとかグレとか呼ぶのだが、ワタシの住む地方では大人から子供まで黒イオもしくは黒イヲと呼んだ
黒ウオがなまってこうなったんだろう(°▽°)
この魚、いつも底の方に見えてるんだがなかなか釣れないヤツで、大人が時々イガイを潰して撒いて釣ってるが、子供の竿にはなかなか掛からない。
ソレがまちがえてワタシの竿に掛かったのだ。(°▽°)
と、とんでもないヤツを釣ったワタシはテンパってしまい、道具もほっぽらかしで魚だけ掴んで家に走って帰った。

玄関に飛び込むなり、母ちゃ〜ん!
大事じゃ!
く、黒イヲ釣ったーっと叫んで大騒ぎ( ̄▽ ̄)
調子に乗りやすいワタシは、焼いてくれとゴネたのだ。
母ちゃんは、もう学校に行く時間やけん帰ってから焼いてやると言う。
だがワタシは即食べたかったのだ(°▽°)

大泣きしながら焼いて〜焼いて〜と叫んでると、奥からばあちゃんが現れて、かしてみぃと魚を持って台所に入った(^。^)
いつもばあちゃんはワタシの味方だった(^○^)
どんなときでも何とかしてくれたのだ^o^

こんな嬉しい日はなかった(^◇^)
あの難しい黒イヲを釣って、焼いて食ったのだ^o^
ざっと焼いてくれた魚の焼き具合は職人の技だった←アンタにそんなことわからんだろ!ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3

アレから50年、投げ釣りとメバル釣りしかしてないワタシは、グレを食べる機会は滅多になかったが、あの味あの塩加減は決して忘れない( ̄▽ ̄)
少し前に、ワタシの孫に食べさせようと思い持ってった魚を食べてる様子を娘が撮って送ってくれたが、あの幸せそうに食べる表情を見たときにも、自分の幼少期のあの場面を思い出した(^◇^)

孫はまだ5才、ワタシが釣りを始めたのよりまだ早いうちに竿を持った。
そして先日は自分で釣ってソレを食ったのである。

その味は聞くまでもなくワタシにはわかった)^o^(
自分が印象に残った経験を、今度は孫のときにお手伝いできた。
コレがどんだけ感動の体験かわかるだろうか(^O^)
ワタシの人生に感謝した(^◇^)
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