『忘れ物のカレンダー』 短編小説
『忘れ物のカレンダー』
春が始まる少し前、僕は久しぶりに、かつて祖母と暮らしていた家を訪れた。
祖母が亡くなって半年。
誰もいなくなった家は、静かすぎるほど静かだった。
片付けの手伝いに来たつもりだったが、部屋に入ったとたん、胸の奥がじんと痛んだ。
──あのころのままだ。
お茶の香りがしそうな居間。
壁には、古びたカレンダーがかかっていた。
ページをめくると、「4月」の欄に、小さく手書きの文字があった。
「はるとが来る日」
それは、僕の名前だった。
──
祖母とは小学生まで一緒に暮らしていた。
毎朝、味噌汁の匂いで目を覚ましたこと。
帰り道、疲れて歩けなくなると、背中を貸してくれたこと。
冬になると、こたつでアイスを食べたこと。
全部、あたたかい記憶だ。
でも、僕は成長するにつれて、忙しさにかまけて、祖母に会いに行かなくなってしまった。
──
台所の引き出しに、小さな箱があった。
中には、僕が描いた幼稚園の絵や、七夕の短冊、誕生日カードが大事そうにしまわれていた。
祖母はきっと、いつも僕のことを想っていたんだ。
「なのに、僕は……」
思わず目を閉じた。涙がこぼれた。
──
その年の春、僕は新しいカレンダーを買って、日付を書き込んだ。
「おばあちゃんに会いに行く日」
小さな花束と、手紙を持って、お墓の前に立つ。
「遅くなって、ごめん。ずっとありがとう」
風がそっと吹いて、春の空気が頬をなでた。
その風のなかに、祖母の声が聞こえたような気がして、僕は目を閉じた。
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