見出し画像

vol.259「『心を込めましょう』と安易にいう人が苦手。何を言ってるかより誰が言ってるか問題」

特に個人で何かの勉強会に参加しているとき、「自分は何(なに)をもって、場の役に立とうしら」と考えます。
「どうやって自分の居場所を獲得しようか」という感覚のことです。


◆アウトプットを途切れさせないコツ、みたいなもの。

noteを書くときもそうだけど、もっと小さい単位、たとえば勉強会のSNSグループで、ほかの参加者の投稿にコメントする、という場面。

「コメント(積極参加)したほうがいいのは分かってるけど、つい後回しにしてしまう現象」
が起こりやすい。

なぜ起こるのか、対策はどんなものか。書き出してみました。

①良いことを言おうとしない。

「レベルの高いことを言わないといけない」「既出コメントと違う視点を提供しなければならない」と考えると手が止まる。
純粋な感想でいい、既に出た切り口でもかまわない、というように、内容の完成度を気にしないようにする。

②動作(ルーティン)を決める。

「短くていいから、1人の投稿に1つコメントする」。難しければ「まだ一度もコメント入れてない人にいれてみる」、というように、Myルールを決めてしまう。
または、「質問を1つ入れる」「気づいたことを書く」のように、切り口を決めてしまうと、ハードルが下がる。

③フォーマットを決める。

おなじく、コメントの型を決める。たとえば「思い浮かんだことを書く+気づかせてもらえたお礼一言」とすると、前半部分の内容によらず締めくくりやすい。御礼で締めているから、カドも立たない気がする。

④心をこめない。

ルーチン化すると、「心がこもらないからダメでは」と思いたくなるものだけど、「心がこもってるかどうか」、なかなか相手にはわからない。

⑤「時間」を決める。
一日のなかで、一週間のなかで、「寝る前の10分はコメントタイム」「日曜の朝は早起きして30分はブログの原稿を書く時間」のように"時間割"を決めてみる。

⑥「反省」しない。

ともかく、「まず書くことに意味がある」というスタンスを決める。続いたら喜べばいい。休んでも正解、ぐらいに考えておく。

⑦「小さな作業」に分解する。

1行だけでも書く。あとで書き足すつもりで書く。
もしくは、一言メモをスマホで書き留めておいて、後で文章につないでいく。一気に文章を書くよりもかなり楽になる。
おすすめ。私の場合、noteやFBの長文投稿はほとんどがこれです(この記事も)。

このなかで、特に重要なのは、
「心を込めない」
「反省しない」

だと考えています。

◆『心を込めましょう』と安易にいう人が苦手です。

1.心をこめない。

「心がこもってるかどうか」なんて、そう簡単にわからないものです。

なるべく正確にいうと:
リアルに対面しているとき。特に立場の弱い側は「相手が心から言っているか」をすぐ察知できます。上司と部下とか、親と子とか。
立場が上の人間が、「心がこもってない」「心をこめろ」等と安易に言うものではない、と思っています。

SNSで、つまり非対面・デジタルの世界で、「悩んで、コメントしない」は、相手から見ればゼロです。テレパシーでもないかぎり、伝わらない。遠隔でデジタルだから。
下手でもなんでも、書く、伝える、意思表示するのがいい。書いて送れば伝わります。遠隔でデジタルだから。

自分でハードルを上げずに書く
 ↓
コメントの数と種類を増やすのに貢献
 ↓
他の参加者も「こんなことでも書いていいんだ」とハードルが下がる
 ↓
コメントの数と種類がもっと増える
 ↓
書くのが当たり前の雰囲気に変わる
 ↓
もっと書きやすくなる。

と良いことづくめ。

「心を込めなさい」は、尊敬する相手から言われると真剣に受け取ります。
ベースに「尊敬(好き)」があると、「あの人が言うからには当たっているのだろう」と考えて、自省する。

自省すれば、隙や油断はかならず存在するから改善点もかならず見つかる。
「ああ、やっぱりあの人の(たとえば師の)言うとおりだったな」と思う。
そうやって強化されていく、ということはあると思う。

「何を言っているか」より「誰が言っているか」で信じるかどうかの態度を決めることが、私の場合は多いです。

2.反省しない。

コミュニティのSNSへの書き込みでも、単独の、たとえばこのnoteの発信でも、「まず書くことに意味がある」というスタンスを決めるといい。
続いたらいい。休んでもいい、ぐらいに考えておく。

そう頭ではわかっているけど、仕事がちょっと立て込んだり、プライベートでなにかあって手がつかなくなることがある。
しばらく発信せず、放置してしまう。
しばらく放置すると、「放置慣れ」が起きる。

毎日投稿できているとき、投稿しないと落ち着かなくて投稿が続く、というサイクルが自走する。
休むと「1週間(7日)空いたから8日空いても変わらない」「今度の週末から再開すればいいかな」と思いはじめる。

投稿するかしないか、全人口からすれば、ほぼ誰も気にしてないのだけど、
「毎日投稿が途切れてしまった。どうしよう」とか
「面白い内容が構成できたらにしようかな」とか
余計なことを考えてしまう。

「反省」しているヒマがあるなら、手を動かしたほうがいい。
ほとんどのことに当てはまる法則です。

誰かから叱責・指摘されたとき、反省して落ち込むのはいちばん簡単だ。
それ以上さげられずに済むし、責められることもない、という一種の逃げがあるから、気分的にも楽。

そこだけはわりと気を付けていて、「先陣をきって悪い報告をする」「抽象的なお詫びではなく具体的な原因を挙げる」ように(なるべく)しています。


「習慣をつくる」は「言語化する」と同じくらい、分野に関わらず共通する要素だと思います。「一度 軌道に乗ったら苦にならず続くけど、スランプ(のような何か)に陥ったら しばらく迷走する」点でも似ている。習慣は考えることと不可分で、考えることは言語と不可分だから、当たり前といえば当たりまえか。

隙間時間で一つずつ増やしていく・片づけていくのがシンプルで効果的。「出遅れたから完成度を上げよう」等と余計なハードルを上げると、取り組む意欲がなくなる。夏休みの宿題も、たまってる会社の仕事も同じですね。

最後までお読みくださったかた、一言、コメントを残していただけると、「読んでくれた人がいるんだ!」と、励みになります。よろしくお願いします。

ありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!