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sumire_is
「ことば」の生まれる{とき・ところ}
存在は意識に担保された相補的対称性を有する。
とも
存在が現れると、その存在を境界(0地点・中心)として、二つの全く相反する(正反対の)存在が(同時に)現れる。
とも言える「あおいのきせき」の知見から、世界のありようを綴ってみよう。
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例えば、「私」
「私」を中心にして、「いま」と「ここ」が生じる。
「いま」を中心にして「過去」と「未来」が生じる。
「ここ(1次元)」を中心にして「2次元」「3次元」が生じる。
ここまでが、いわゆる「客観的現実世界(時空間)」の誕生の仕組。
「時間」と「空間」の境界にある「意識」は、「非意識(夢)」と『「意識」と「非意識」との境界」』を生じさせる。
さて。
非「非意識」つまり「非夢」とはなんだろう。
夢ではない。うつつ。現実世界の意識。一旦夢を通しての意識。
で『「意識」と「非意識」との境界」』
ことば。
ことばです。
是非、お買い求め頂きまして、この続きを
どうぞ
ご自身で、ご考察下さいませ。
宇宙×3
「宇宙」が存在するとすれば(しますよね)
非「宇宙」が存在しなければならず(これが「意識」)
「宇宙」と非「宇宙」の境界(これは「ことば」)がある。
そうすると。。。
ということは、、、ブラックホールは?
さて。
さて、言葉は時間的。かつ、意識は空間的。
また、言葉は聴覚的。で、意識は視覚的。
言語が、時間と空間の境界であるから、
視覚(文字)と聴覚(声)として(働き)、
意識に於いて(意味が)交換可能になる。
如何でしょう。養老孟司先生。
