ショートケーキ

今日は成人の日。
毎年、街に溢れる晴れ着姿や、
少し大きめのスーツに身を包んだ若者たちを見ていると、胸の奥がチリりと疼く。
多くの人にとって、成人式は人生の輝かしい1ページだろう。
けれど、54歳になった僕が思い出すのは、華やかな式典の様子ではない。
鉄格子の向こう側で、一人で食べたショートケーキの味だ。
┈┈┈┈┈┈┈┈
今から34年前、
僕の「大人への儀式」は、
最悪で、最高な形で幕を開けた。
正義感という名の、若すぎる暴走
あれは、成人式の前夜だった。
終電間際の電車。
酒の勢いか、若さの過信か。
男2人が、一人の女性にしつこく絡んでいた。
嫌がる女性。
まばらやけど、乗客もチラホラ。
今なら、もっとスマートな助け方があったかもしれない。
けれど、20歳の僕は真っ直ぐすぎた。
「お前ら、さっきから何やっとんねん!!」
気づけば口が動き、体が動いていた。
激しく口論になり、
最寄り駅のホームに降りると
殴り合いの大喧嘩になった。
そして、駆けつけた警察官に取り押さえられた。
「あぁ、やってもうた…」
そう思った時には、もう遅かった。
荒い息を吐く僕と、キレ散らかした男2人は連行された。
┈┈┈┈┈┈┈┈
警察署の留置所(身柄を拘束)
スマホもSNSもない1992年。
外部との連絡は完全に遮断された。
薄い毛布。
コンクリートの床。
鉄格子の向こうに広がる、
やけに現実的な世界。
「明日、成人式やのに……」
静まり返った独房の中で次第に深い絶望へと変わっていった。
用意してたスーツも、
写真も、同窓会も、全部パーや。
┈┈┈┈┈┈┈┈
成人式当日。
頭の中では、地元の友人たちが市民ホールに集まり、賑やかに写真を撮っている光景が何度も再生される。
自分だけが、この冷たいコンクリートの上で、時の流れから取り残されている。
「なんでこんな事に……」
自分の勢いだけの正義感が、
ひどく虚しいものに思えた。
昼過ぎ、ガチャリと鉄の扉が開いた。
現れたのは、どこか憐れむような目をしたお巡りさんだった。
その手には、
場違いなほど真っ白な紙皿に乗った、一切れのショートケーキ。
「成人おめでとう。まぁ、食え」
僕はそれを受け取り無言で食べた。
甘かった。
びっくりするくらい、甘かった。
情けなさと、悔しさと、そしてお巡りさんの不器用な優しさが混ざり合って、鼻の奥がツンと痛くなった。

┈┈┈┈┈┈┈┈
翌日、事態は急転する。
お巡りさんがやって来て
ニコっと笑ってこう言った。
「釈放です!」
あの時、電車に乗って消えてしまったの女性が、わざわざ警察に届け出てくれたのだ。
絡まれていたこと。
僕が止めに入ったこと。
先に手を出されたこと。
彼女の証言によって、僕は釈放された。
┈┈┈┈┈┈┈┈
署を出たとき、街にはもう成人式の余韻すら残っていなかったけれど、僕の心は不思議と軽かった。
結局、成人式には出られなかった。
記念写真もない。
でもな…
誰かを守ろうとして必死になった夜。
鉄格子越しに迎えた成人の朝。
そして、お巡りさんからもらった、あのケーキの味。
あれこそが、僕にとっての
「大人への儀式」やったんかもしれへん。
派手な晴れ着も、
壇上の挨拶もないけど、
ちゃんと、苦くて甘い一歩は踏み出してた。
そんなことを、
毎年成人の日に思い出す。
