ロンバケ
あの頃は、
「瀬名〜〜〜ッ!」
「南〜〜〜ッ!」
と胸キュンしながら観てたはずなのに、今観ると胸がザワザワして、
しんどいんですよ。
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昨日、妻が朝からずっと
『ロングバケーション』を観ていた。
$${\Large なぜロンバケ?}$$
そう思いながら僕は、
「別に興味ありませんけど?」
という顔でソファに座っていた。
しかし視線だけは正直である。
気がつけばテレビの方をチラチラ見ている。
┈┈┈┈┈┈┈┈
『ロングバケーション』
1996年。
今から30年前のドラマだ。
30年前…
この数字を見て一瞬フリーズした。
僕の感覚では、
せいぜい10年か15年前くらいの話だったはずなのだが、現実はそんな甘くない。
30年前に生まれた赤ちゃんが、
今や立派な社会人として、
年金を納めているのだ。
恐ろしい。
地球の自転が速すぎる。
そんなことを考えながら画面を見る。
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若い。
びっくりするほど若い。
なんだこれは。
キムタクが若い。
山口智子が若い。
竹野内豊も若い。
稲森いずみにいたっては、
若すぎて発光している。
全員の肌が、まるで獲れたてのナスのようにピチピチと張り詰めているのだ。
そして僕がもっとも参ったのは、
山口智子、すなわち南である。
誤解のないように言っておくが、
嫌いなわけではない。
むしろ当時は大ファンだった。
ただ、元気なのである。
ものすごく元気なのだ。
朝から晩まで
ずーーーーっと、ハイテンション。
異常なまでのポジティブ・エナジーの塊。
当時はあの明るさが魅力だった。
多分、日本中の男が、
「こんな女性と一緒にいたら楽しいやろなあ」
と思ったに違いない。
僕もそのひとりだった。
しかし今の僕は違う。
観ていて少し疲れる。
南がはしゃぐたび、
「……お願いやから、ちょっと静かにしてもらってええかな」
と心の中で土下座している。
中年男性の心はガラス細工だ。
南のテンションはハンマーである。
なんというか、
今の僕には、松たか子(涼子ちゃん)ぐらいがちょうどいい。
例えるなら、
山口智子は太陽で、
松たか子は曇りの日の窓際だ。
まぶしくない。
でも心地いい。
アラフィフになると、
太陽より木陰を探すようになる。
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そして今観ると気になるポイントが、昔とはまるで違う。
若い頃は、
「瀬名と南、どうなるんやろ?」
だった。
今は違う。
「めっちゃ悩むや〜〜ん」
である。
恋心を抱く。
↓
悩む。
↓
すれ違う。
↓
悩む。
↓
また少しすれ違う。
↓
悩む。
↓
若干進展する。
↓
悩む。
↓
ほぼ現状維持。
↓
悩む。
↓
気のせいだったかもしれない。
↓
悩む。
↓
やっぱり好きかもしれない。
↓
悩む。
↓
雨が降る。
↓
悩む。
↓
晴れる。
↓
悩む。
↓
第八話。
↓
まだ悩んでいる。
↓
悩む。
↓
悩む。
↓
悩む。
↓
最終話。
↓
やっと動く。
この「やっと動く」までに要した
総悩み時間、推定四十三時間。
悩みのサイクルが
洗濯機の『強』モード並みに回っている。
こちとら、朝起きた瞬間から、
ゴミの日が頭をよぎる。
続いて銀行の振込期限。
猫のエサの残量。
健康診断の予約。
確定申告の領収書。
気がつけば夕方である。
恋愛について考えている暇などない。
しかし彼らは違う。
人生のかなりの割合を恋愛に投入している。
若さとは、時間のことだったのかもしれない。
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そして登場人物たちが実にめんどくさい。
$${\Large 好きなら言え。}$$
$${\Large 会いたいなら行け。}$$
$${\Large 誤解ならスグ解け。}$$
そう思うのだが、彼らはそれをしない。
現代のタイパ至上主義の若者が見たら二話で解決する問題を、
十一話かけてこじらせているのである。
当時は、
この「無駄な遠回り」こそが
『切なさ』であり、『オシャレ』だった。
今観ると
めちゃくちゃ“非効率”である。
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しかし、しんどいと言いながら結局観てしまう。
妻が観ているだけのはずなのに、
いつの間にかポテチを片手に、
僕の方が前のめりになっている。
そしてエンディングが流れる頃には、
「ああ、この頃の空気感、ええなあ」
などと思っている。
バブルが弾け、
それでも東京は
まだ少し浮ついていて、
携帯電話は分厚く、
恋愛はアナログだった、あの頃。
若い頃は登場人物に感情移入していた。
今は時代そのものに感情移入している。
『ロングバケーション』を観ているつもりが、実は自分の三十年を観ているのである。
そしてその事実が、何よりしんどい。

