見出し画像

恋文供養人 第二話「手紙」

第一話 | 第三話 >

 普通、紙は一枚、二枚と数えられる。でも、僕が勤める会社では、「枚」ではなく「トン」だ。

***

「オーライ! オーライ! ストーップ!」
 朝早くに家庭ごみの集積所やスーパー、飲食店、オフィスなどで古紙を回収したパッカー車が次々と工場の中に入ってくる。特に午前中は戦争だ。
 古紙とは主に段ボール、新聞、雑誌のことを言う。持ち込まれた古紙の中からビニールやプラスチック、布、油の付いた紙や汚れがひどいものなど、リサイクルできない「禁忌品きんきひん」と呼ばれる異物を人の手で取り除く。古紙リサイクル会社にとって、これが最も大変であり、重要な作業だ。
 禁忌品が取り除かれた古紙は、べ―ラーと呼ばれる大型のプレス機で縦一メートル、横一メートル、流れ(奥行)百八十センチメートルの塊に圧縮梱包され、段ボールや紙の原料として製紙会社へ出荷される。
 僕の会社は製紙会社ではなく、正確には製紙会社に古紙を売る、いわゆる「古紙問屋」というものだ。仕事としては安定業種で、よっぽどのことがない限り潰れることはない。ペーパーレス化だオンライン化だと騒がれているが、古紙の量は減らない。証拠を残すためと言い、わざわざメールの内容をプリントアウトしたりするんだから、むしろ一周回って「紙が最強」ということを、みんな思い知っただろう。

 油が染み付いた段ボールを見つけ、手で引っ張り出す。
「オイルだな」
 車やバイクのオイル交換で、下に段ボールや古新聞を敷くのは実にいい方法だが、オイルがついた紙はリサイクルできない。
「あー! ざけんなマジで!」
 雑誌と古新聞のところで吉田君が叫んでいる。変な禁忌品が混じっていたのだろう。
「ピザの箱っすよ! しかも中身入りで! クッソ! マジ死ね!」
 中身入りとは知らずにひっくり返したのか、作業服の腕の部分にピザの残骸が張り付いている。不運だが、よくあることだ。生ごみや紙おむつなどが混ざっていると、もう全てを放り出して帰りたくなる。
「吉田君、休憩した?」
「まだです」
「じゃあ十五分休憩してきなよ。あと、やっとくから」
「あざーっす!」
 吉田君はタオルで汗をぬぐい、小走りで休憩室に行った。
 この仕事を始めた頃、僕もよくイライラして「クッソ!」と叫んでいた。そのたびに「休憩してこい」と言ってくれる先輩がいて、あとになって「イライラしてる奴と仕事すると、こっちまでイライラするからな。とりあえずその場からどいてもらうんだよ」と聞き、今は僕がその方法を受け継いでいる。その先輩は半年前、システムエンジニアとして転職が決まり、東京に引っ越した。
 先輩が辞める直前、休憩室の中で先輩が誰かと電話しているのを偶然聞いた。
「やっとこんな底辺仕事から抜け出せるよ」
 足がピタリと止まった。
 先輩は仕事に対して厳しく、何より熱意があった。聞き間違い、もしくはこの仕事とは関係ない話をしているんだ。そう思い込もうとした。
 休憩室から出てきた先輩は僕を見ると、ニヤリと不気味に笑い、たった一言「悪いな」と言った。
 きっと今は、東京の高層タワーのどこかの空調の効いた部屋で、ワイシャツを着てネクタイを締めてパソコンに向かっているんだろう。リモート会議なんかして、難しい横文字の専門用語なんかも使ったりして。こんな仕事とは真逆の、僕が憧れている世界で。
「あー……」
 あまり気合の入らない声を上げる。ぼやぼやしていられない。さっさと片付けないと、新たな古紙が運び込まれ、僕自身が古紙に埋もれて禁忌品として除去されてしまう。
 あの時も、こんな感じでせっせと禁忌品を探していた。

 ――二か月前。
「あー、腰痛い」
 腰を伸ばすために立ち上がると、右手の上に一枚の紙が乗っていた。A4の紙が三つ折りになっている。拾った覚えは全くない。まるで誰かが置いたように、その紙はそっと僕の右の手の平の上に置かれていた。
「なんだこれ」
 全く汚れていない紙を、軍手をしたまま慎重に開くと、薄い水色の便箋に文字が書かれていた。

◇◇◇

毎日暑いですね。
私は相変わらず病院の中ですが、四角い窓から夏の世界が見えます。
ツバメは巣立ちの季節を迎えました。
病室の窓の近くの巣から、大きくなった雛たちが一羽、また一羽と飛び立って行きます。
でも、一羽だけずっと巣の中にいるのです。
いないことを願っていつも窓から巣を見るのですが、やっぱりその子だけポツンといるのです。
きっと見捨てられたんだ。
私は残された巣と雛を見て、毎日笑うことにしました。
親に捨てられた哀れな子。
お前は病院から巣立つことができない私と、ここで死ぬのだ。
でも、親鳥は来ました。
親鳥に導かれて、初夏の空に飛び立つ雛を見て、私は泣きました。

一人にしないで、と。

◇◇◇

 読み終えた時、僕はしばらく動けなかった。いつ、誰が、誰に、何のために書いた手紙なのか、さっぱり分からない。でも、その手紙を通して、僕の中に何かとてつもないエネルギーが流れ込んできた気がした。
 僕はその手紙を捨てることができず、自分のデスクの突き出しの中にそっとしまった。その日以来、なぜか古雑誌や古紙の中の文字がやたらと目につくようになった。

「お世話になっております」
「よろしくお願いいたします」
「感謝申し上げます」
「心よりお詫び申し上げます」
「好き」
「嫌い」
「死にたい」
「今回はご期待に添いかねる結果と――」
「●●様のこれからのご活躍を心よりお祈り――」

 ――うるさい! 黙れ黙れ黙れ!!
 地面を覆い尽くす絨毯じゅうたんのような紙ごみを踏み散らかす。
「本間さん、どうしたんスすか? あ、エロ本でも発掘しました?」
「ああ、かもね」
 休憩から戻った吉田君に笑顔を返す。
「ちょっと休憩行ってくるよ」
「あーい。ごゆっくり」
 吉田君の軽口を背中に受け、僕はふらふらとした足取りで休憩室に向かう。
 僕の仕事は、毎日こうやって紙や言葉たちを踏みつける仕事なのだ。
 踏みつけた言葉たちに、いつか自分が潰されてしまうことも知らずに。

(第二話 完)


いいなと思ったら応援しよう!

トガシテツヤ ありがとうございます!(・∀・) 大切に使わせて頂きます!

この記事が参加している募集