海へ還る|ショートショート
「いいねぇ」
初日は午前中の挨拶回りだけで終わり、午後からずっと海を見ている。小さい頃から海のそばに住むのが夢だった。それが「転勤」という形で叶った。
田舎町だが、スーパーもドラッグストアも病院もあるし、まぁ何とかなるだろう。
買い物でもして帰ろうと思っていたら、商店街の端っこで、後ろから「ねぇ」と声をかけられた。振り向くと、中学生くらいの少女がいた。僕がきょろきょろと辺りを見回すと、少女は僕に近づいて来て、服の袖の匂いをくんくんと嗅ぐ。
「お兄さん、潮の香りがする」
「ああ、さっきまで海を見てたから」
「海、好きなのね」
「ええ、まぁ……」
僕がおたおたしていると、少女は「ふふ」と笑った。ショートヘアがよく似合っている。快活そうな子だ。
「ちょっと待ってて」
そう言うと、少女は店の奥へと入って行った。一瞬「何かの勧誘かな?」と疑ったが、おとなしく待つ。
店の中を覗くと、石ころや木の切れ端、割れたガラスのコップなどが棚に並んでいる。雑貨屋に見えないこともないが、どれも商品に見えないような、まるでガラクタのようなものばかりだ。
――こんなところに雑貨屋なんてあったかな……。
不思議に思っていると、少女が戻って来た。
「ちょっとお願いしたいことがあるの」
少女は卵と同じくらいの、丸い透明なプラスチックケースを差し出した。中には小さな貝殻が入っている。
「これを海に返してほしいの」
「返す? 海に?」
「夕暮れの時に、砂浜に置くだけでいいの。そしたら本来の姿に戻るから」
僕が「はぁ」と、ため息とも返事とも取れない声を出すと、少女はそれを気にする様子もなく、「お願いね」と言って、また店の中に入って行った。呆気に取られて、しばらくその場に立ち尽くす。
ケースの中の貝殻をまじまじと見た。なんてことない、普通の貝殻に見える。
――本来の姿ねぇ。
意味が分からないが、預かってしまったものは仕方ない。
夕日が空をオレンジ色に染める頃、僕は砂浜に行き、ケースから貝殻を取り出して砂の上に置いた。数秒待っても、特に変化はない。
――からかわれたのかな……。
そう思った瞬間、貝殻は見る見るうちに大きな帆掛け船になった。
「なんだなんだ!?」
唖然としている僕に向かって、船から声がした。
「おーい! もうすぐ出港だぞ!」
「待って! 今行くよ!」
僕はためらうことなく、船に乗り込んだ。
胸が、躍っていた。
(了)
ネットラジオ「大原さやか朗読ラジオ 月の音色~radio for your pleasure tomorrow~」の「月の文学館」に応募し、採用された掌編小説を改稿したものです。
(応募時のテーマは「カプセルトイ」でした)
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