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写真で「誰かのスキにステキを」

花と動物の撮影から入り、プロレスを撮るようになり、はや3年が経過しました。
最初は趣味で始めたカメラ。その動機や目的を求めた末に出会った、モットーとしてこっそり持ってる言葉。

誰かのスキにステキを

半年ほど下書きで眠らせておいた記事ですが、良い経験をさせてもらってしっかり固まりました。
これまでのnoteの総まとめになります。

プロレス写真でのスタンス

以前、こんなnoteを書きました。

プロレスで写真を撮るにあたって、自己満足以外の動機や目的を持つにあたっての個人的な指針を書きました。

カメラを持つようになってからの2年間は、ただひたすら「上手くなりたい」という意欲で走り続けていました。しかしほどなくして、何をもって技術が上達しているのか分からなくなっていました。

Twitterでのいいね数や選手からのコメントも大いに喜びでしたが、そこはかとない虚無感がありました。自分が自信をもって出したコンテンツが評価されなかったり、フォロワー数の多い方の方がリアクションが大きかったり。

数値で表されるだけに、指標としてのツールにならなかったのです。

そこで行きついたのが、上記の「誰かのために撮る」というスタンスです。
SNSでの投稿は、究極には自己満足に行きつきますが、その手前に「誰に向けて発信するのか」というマインドセットを挟むことでモチベーションにできました。

コモディティ化とのせめぎ合い

一方で、モチベーションの指向性を他者に持っていきすぎる、もしくは自分のフィルターを薄くしてしまうと、それは消費財として扱われることと紙一重になってしまいます。

200人程度の収容人数である新木場1stringでのプロレス興行でも、座席の位置が大差ないなら、発信するコンテンツに大きな差は出ません。見る側も1件1件重点的に見ているとも限りません。

そこに自分ならではの何かが無くなったとき、私は虚しさに苛まれました。

なにを「誰かのために」表現するのか

私がnoteを書き始めたのは、自分ならではの何かを見つけたいのと、頭の中のごちゃごちゃを文章化したいのとが理由です。
約2年続ける中で、あっちこっち考えが迷走しつつも、ごちゃごちゃを文章にして、何か掴み取ろうと必死でした。

必死ながらも、そこにあったのは自己との向き合いが多く、自分のマインドセットを整えようとしていました。
そんな折、ブレイクスルーになった1つの記事を書きました。

書いた時期は「誰かのために~」の前で、結果的には当該記事の作成へとつながるものになりました。

この記事で書いた点に、「自分はこんな写真が好き」という気持ちの表明があり、他者へ考えが向いた記事でもありました。
2つの記事を書いたことで、「自分の好き」と「誰かのために」が繋がり始めました。

自分の好きなポイントを表現できて、それが誰かのために届けられたなら。

そんな考えが徐々に形づくられていきます。

ポートレートとの出会い

話が変わって。

ご縁があってポートレートを体験させていただきました。

プロレスと大きく違って、
・時間を割いて撮影に付き合って頂いた
・モデルのファンの方に新しいものを届けられる

という点に気づきが多くありました。

この時に大いに反省をしたのですが、リベンジをする機会が訪れました。
大きく飛躍して、商品として発売する写真を撮ることに。

ただでさえ経験がないポートレートを、素人の自分が、お金を頂く形で撮影する。
半端ではないプレッシャーと、自分の技術と、モデルとの戦いでした。

自分の独りよがりではいい写真にならない。
不慣れなモデルには、カメラマンがリードしなければならない。
経験のあるモデルには、失敗の無いよう集中して。

普段経験できない真剣勝負の最中、色んな気づきを得ました。

ポートレート撮影の中での気づき、そしてぼんやり持っていた考え。
ここでまた繋がりを果たして、抽象的だった考えが具体化できました。

誰かのスキにステキを

何をゴールとして写真を撮るのか。
何を表現するのか。

結果としては、先ほどの文言から導くことになりました。

自分の好きなポイントを表現できて、それが誰かのために届けられたなら。

自分の好きなポイント → 自分の思う「ステキ」を
誰かのために  → 誰かの「スキ」に

「誰かのスキにステキを」

カタカナにしたのは、スキもステキも、瞬発力もある感情だと思うからです。
気軽で瞬間的であり、重くて長期的でもある。2つは対立せずに共存でき、瞬間的な爆発が長期的に影響を及ぼすこともある。

形骸的でも、言語化できても、大本にある「好き」という感情自体は同じであるからこそ、ことSNSが主の私は「スキ」を引き出すための「ステキ」を見つけて表現したいと。

自分が見つけた「ステキ」が誰かの「スキ」でもあったら。
顔が見えなくても共感が生まれるような写真が撮れたら。
その1枚が、被写体のファンに長く残ってくれたら。

そんな気持ちで被写体に向き合いたいな、というテーマを具体化するに至りました。

波及

ここまで書いてきた部分での主な人物は、私と最終的な閲覧者でした。
でも、モデルとして協力してくださった方にも影響を及ぼせると気づかされました。

ポートレートの経験がなく、「笑うと目が無くなることが悩み」とおっしゃっていた楪(ゆずりは)さん。
不慣れからか、最初は表情も少し硬い印象でした。
そこで私が彼女を撮る上でのミッションは、「まだ引き出せていない魅力を収める」ことでした。

不慣れながらも出した私からリクエストに対して、それに答えようと勉強までして来て下さりました。
今回私が撮った写真の中でも、特に印象に残った1枚。

私はとにかく「撮っていて楽しい」と伝え、自然な笑顔を引き出せるよう心掛けました。しかし私一人の力では出せない、お互いの意思疎通があってこその笑顔を引き出せたのでは、と思う1枚になりました。
何より「また撮ってほしい」「他の人にも紹介したい」と言っていただける体験を提供できたことに充実感が芽生えました。

カメラマンもモデルもワクワクできて、新たな自分の魅力に気づいてもらえる。それがファンの手元に届けられたら。
みんなが新しい体験ができるようなコンテンツとしての写真にしていきたい、そう思えた1枚でした。

さいごに

今回の気づきは、プロレスの方にも展開して、いい作品作りに繋げていきたいと思います。

またnoteの大テーマを書き終わってしまいましたが、細々と続けていけたらなと思います。

もし万が一にも「私も撮ってほしい」があればお答えしていきたいなと思う今日この頃。

またいつか ノシ

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