写真を撮る目的のヒントを音楽から~このウタは一度しか生まれない~
どうも、プロレスとか役者さんポートレートを撮っているたかはしです。
私の人生であり青春であるRYTHEMの「風船雲」がYoutubeにアップされました。
1stアルバムの1曲目であるこの曲、聞いた瞬間に私の世界が広がった感覚を今でも覚えています。
そんな大好きな曲からインスピレーションを得て書いてみます。
このウタは一度しか生まれない
風船雲は歌詞もハモリもステキが過ぎるので、ぜひ聞いてみてほしい一曲です。
今回は歌詞から引用して色々考えます。
一番のキーワード「このウタは一度しか生まれない」は本稿で主軸になります。
前後の部分も含めて引用したいと思います。
Fly by fly, can high
このウタは一度しか生まれない
Fly by fly, can high
今しか見えないものがあるでしょう
例え同じ曲でも、同じ歌詞でも、同じ人でも。
その瞬間のウタは一度しか生まれないのです。
たとえ上手く歌えていなくても、瞬間最大風速を出せても、平凡な歌でも。
そしてその瞬間を通じて見えてくるものも、その瞬間しか見ることのできない、一度しか生まれない瞬間です。
歌詞ではウタについて触れていますが、写真や演劇、プロレスなど、人間が作り出す何かはすべてが一度しか生まれないものと思います。
たとえ見慣れた景色でさえも、一生の思い出に残るシーンでも、みな一度しか生まれません。
ここで写真に照らし合わせてみます。
写真は記録
ディジタルカメラやスマホが普及した現代では、写真における芸術性が追い求められるように思います。
なんせ、ありふれた写真というのは、つまらない量産品として捉えられてしまうからです。
ですが、本来的や物理的な写真の役割というのは、記録にあるのではないでしょうか。
歴史上の人物の肖像、その当時の街並み、人々のくらし、出来事や事件。
子供の成長や、大切な人との思い出。
フィルム時代では、撮影はコストがかかるのでバシャバシャ撮りまくることは今よりできなかったと思います。
一般的には記録や思い出としての写真がメインだったはずです。
それがディジタルの世の中になり、写真撮影に対するコストが圧倒的に下がったことにより、作品作りや「映え」を求めた写真が一般にも普及しました。
私自身、まだまだ未熟なもので、やはりSNSで多くの反応をもらえることは嬉しいですし、現状のインプレッションに満足はしていません。
ですが、私は2020年9月にSNSでの数値目標を捨てました。
では何が目標かと言えば、被写体と向き合い、自分自身がファンとなって、そのモデルのファンに届く作品作りです。
不特定多数の反応ではなく、特定の誰かに向けた作品作りが目下の目標です。
色んな表情、そのときの心境、その場の景色ひとつひとつが一瞬で移ろいでいて、その一瞬は一度しか生まれません。
そんな瞬間をひとつでも多く残したいから撮っているのかなと思います。
現実的にはどこかで区切って仕切りなおすわけですが、たとえボツになる表情でも、動きでも、景色でも、その人とのその瞬間の関係性だったり、その人や風景への思いを表す1枚には変わりないのかなと思います。
そしてその1つ1つの瞬間は、カメラマンだからこそ残せる形で残ります。
視覚という、具体的な知覚をできる感覚器官へ、ときには言葉をそえて。
その日の体調。服装。場所。天気。心境。
見えているものから感じ取るものまで、いろいろ詰め込んで世界に飛ばしたり、記録として手元に置いたり。
そんな写真がいいなって。
誰かを幸せにできそうな
つくづくRYTHEMは人生だなと思わせてくれます。
この年になって気づくこともありました。
靴の無い世界でも人は歩き続ける
せーの 大地から飛べ!虹のように今
誰かを幸せにできそうな
そんな気がするんだ
これまで何の気なしに聴いていた部分ですが、前回のりはさん紹介noteで触れた部分と照らし合わせた時に、暗中に差し込む一筋の光に思えたのです。
新たなテーマとして、「モデルさんへも還元できる何か」について考え始めました。
それは体験であったり、価値観であったり、作品の表現であったり。
でも具体的にどう表現したらいいのか、何を提供できているのか、今後何を提供していけるのか、すべてがふわふわしていて捉えどころのない状態です。
ですが、先ほど挙げた歌詞はすごくシンプルに表現していることに気づきました。
写真で提供できることなんて、なくても生きていけるもんなのです。
誇大な表現をしたところで自己満足でしかないです。
それでも表現活動としての写真があるのは、「誰かを幸せにできそうな気がする」からなのでは、と。
落ち込んでいる人を救い上げたり、平凡な日常を彩ったり、幸せな瞬間を記録したり。
誰もが靴があろうともなかろうとも歩き続ける日々に、サンダルでも草履でも革靴でも、はたまた杖や車いす、手持ちの扇風機とか、形は何であれ幸せにできそうな何かが写真にできないかな、みたいな。
私が見るたびに泣いちゃうプロレスのワンシーンでも、そんなことが語られています。
東日本大震災をうけて、プロレスの在り方を、プロレスの力を訴えたシーンです。
東北でよぉ、苦しんでるヤツらの中によぉ、いっぱいプロレスファンいるんだよ。
そいつらの心助けるの水じゃねぇんだよ。食いもんじゃねぇんだよ。プロレスなんだよ!
絶対そうなんだよ!
私は、自分の写真に自信が持てていません。
この先も自信が確固たるものになる気はしていません。
でも、それは自分の中だけで思っていればよくて。
せめて外部へ発信する言葉としては、写真の力を信じて、ポジティブに実現したい言葉を選ばなければならないと思っています。
写真に対する自信とは裏腹に、モデルさんから嬉しい言葉をかけてもらう機会に恵まれています。
単にいい写真という言葉だったり、「新しい世界を知れた」という壮大な言葉だったり。
そんな人に「自信ない」とか「自己満足」なんて言葉で返せません。
「誰かを幸せにできそうな、そんな気がする」という言葉は、せめぎ合う私の心境を表現するものを含んでいる、そんな気がしてます。
結論
新たなテーマについては、もうちょっと考えを深めてnoteにしていきたいと思います。
いろいろと新たなスタートを切ろうとしているので、整理を付けつつリフレッシュできるようにしたいなと。
そして。
RYTHEMの曲を聞いてね。
毎週金曜日にハモリ便がアップされるのでちぇっく。
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