ポケモンショックの法的責任
はじめに
最近、ポケモンショックについての記事を目にし、改めてこの現象について考察してみたいと思います。本稿では、アニメ『ポケットモンスター』第38話「でんのうせんしポリゴン」で起こったこの事件について、その原因や法的責任に焦点を当てて検討します。
事件の概要
ポケモンショックの発端は1997年12月16日、テレビ東京系列で放送されたアニメ『ポケットモンスター』第38話です。
この回では、主人公のサトシたちがポケモン転送システム内でのトラブルを解決するため、CGポケモン「ポリゴン」を使い、システム内部に侵入します。その際、コンピュータ世界の演出として使用されたエレクトロニックフラッシュやフラッシュなどのはげしい点滅が使用されました。
この演出は一部の視聴者に健康被害を引き起こした。具体的には30都道府県で651名が病院に搬送され、うち130人以上が入院する事態となりました[1]。
この現象の責任は当初ポリゴンに転嫁され、それ以降アニメにはポリゴンが登場しない状況が続きました。しかし、近年では、先の記事でもある通り、問題の原因はポリゴンではなく、作中でピカチュウが使用した「10まんボルト」ではないかと言う意見も出ています。
一方で、ピカチュウの「10まんボルト[2]」が健康被害を引き起こした直接の原因であると考える場合、その行動の正当性を検討する必要があるかと思います。
そこで以下では、ポケモンショックの一連の文脈を改めて整理し、ポリゴンやピカチュウの責任について、刑法37条の「緊急避難」の観点から分析します[3]。
ポケモンショックの文脈の整理
ロケット団がポケモン転送システム内で事件を起こす。
サトシたちがポリゴンを使ってシステム内部に侵入する。
システム内でサトシたちがワクチンソフトから攻撃を受ける。
ピカチュウが「10まんボルト」を使用し、ワクチンソフトの攻撃を回避する。
ポケモンショックが発生する。
緊急避難の成立要件とピカチュウの行動
まず、先の文脈からポリゴンが問題の直接的な原因でないことは明らかです。ポリゴンは単にサトシたちをポケモン転送システム内に案内し、移動を補助したに過ぎません。
仮にポリゴンに責任を問うのであれば、ポケモン転送システムへの侵入行為とポケモンショック発生の間に直接的な因果関係を立証する必要があります。しかし、これを示す証拠は見当たりません。
一方で、ピカチュウの「10まんボルト」を使用し、ワクチンソフトの攻撃を回避しています。この行動がポケモンショックの一因となり、健康被害を引き起こしたと考えられます。
しかしながら、それだけでピカチュウに責任を転嫁することはできません。ここでは刑法第37条が定める「緊急避難」が適応可能かが論点となると考えます。
緊急避難
第三十七条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
本件はピカチュウは使用した「10まんボルト」が「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為」であり、「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった」かどうかと言うことが議論になります。
緊急避難の成立要件[4]
行為時点で危険が生じていること
行為時点で、自己又は他人の権利・利益に対する危機が迫っていること危険を回避するための行動であること
危険を認識してそれを回避するしようとする意思を持って行為に及ぶことやむを得ない行為であること
危険を回避するために必要最小限の行為であること緊急避難により守られる権利・利益が侵害される権利・利益以上であること
緊急避難は、危険が生じている権利・利益が、緊急避難により侵害される権利・利益以上である場合に限り成立する
ピカチュウが「10まんボルト」を使用した状況を、成立要件に従って検討すると、次のような考察が得られます。
現在の危機
→作中でピカチュウたちはワクチンソフトによるミサイル攻撃を受けており、明らかに差し迫った危機が存在しました。避難の意思
→ピカチュウ自身の意思を確認することはできませんが、ポリゴンがワクチンソフトの攻撃を回避している描写があり、ピカチュウにも避難の意思があったと推察できます。補充性の要件
→後述法益の均衡
→ピカチュウたちがミサイルによる被害を受ける代わりに、多数の視聴者が健康被害を受けました。この点については、被害の程度を比較する更なる議論が必要です。しかしながら、ミサイルという殺傷性の高い攻撃を受けていたことを考えると、一定の説得性の持った主張を行うことは可能だと考えます。
補充性の要件とピカチュウの技構成
問題となるのは3の補充性の要件です。つまり、ミサイルを回避するためにピカチュウが使用した「10まんボルト」は必要最低限であったのかどうかを検討する必要があります。
結論から先に述べると、ピカチュウが使用した「10まんボルト」は必要最低限ではなかったと考えています。
というのも、先に提示したポケモンショックの文脈には続きがあります。
ロケット団がポケモン転送システム内で事件を起こす。
サトシたちがポリゴンを使ってシステム内部に侵入する。
システム内でサトシたちがワクチンソフトから攻撃を受ける。
ピカチュウが「10まんボルト」を使用し、ワクチンソフトのミサイル攻撃を回避する(ピカチュウが回避したミサイル攻撃は全てではない)。
ポケモンショックが発生する。
ピカチュウの「10まんボルト」を耐えたミサイルがサトシたちの方向に飛んでくる。
ポリゴンが後方のワープゲート?のようなものを通ってミサイルを回避する。
実際にポリゴンが後方に退避することでミサイルを回避することができた以上、ピカチュウが使用した「10まんボルト」は必要最低限とは言えないでしょう。
一方で、それ以前の文脈に置いてポリゴンが移動しているようにも見えるために、ミサイルの着弾と同時に、ワープゲート?に到着できる距離となった、と考えることもできます。
いずれにしても、本稿の焦点はピカチュウにあるため、今回はピカチュウが取ることができる行動のみに着目して検討したいと思います。
ポケモンショック当時、ピカチュウが他に選べた行動としては、以下の技が考えられます[6]。
10まんボルト
でんきショック
かみなり
でんこうせっか
こうそくいどう
これらのうち、「こうそくいどう」は攻撃手段としては不適切です。また、「でんこうせっか」は直接攻撃のため、ミサイルの爆発を受け、適切ではないです。
そう考えると、「10まんボルト」、「でんきしょっく」、「かみなり」の仕様が論点となります。
ポケモンのゲーミないの説明によると、それぞれの技の特徴は以下の通りになります[7]。
10まんボルト:強い電撃を相手に浴びせて攻撃する。
でんきショック:電気の刺激を相手に浴びせて攻撃する。
かみなり:激しい雷を相手に落として攻撃する。
形容詞に注目すると「強い」・「激しい」といった表現が「10万ボルト」や「かみなり」に用いられている一方、「でんきショック」には形容詞が付されていません。
このことから、電気の刺激の強度は「10まんボルト」・「かみなり」>「でんきショック」であることが示唆されます。
ここから推測されるのは、ピカチュウが「10万ボルト」ではなく、より弱い「でんきショック」を使用していれば、視覚的刺激を抑えつつ、ミサイルを無力化できた可能性があるということです。
以上の要件を考慮すると、ピカチュウの行動が緊急避難として正当化するのは難しいと考えます。
その他の責任の所在
一方でもう少し広い視点で捉えると、その他の責任の所在があると考えることができます。
まず、ピカチュウの占有者?であるサトシの責任です。民法第718条によれば、動物の占有者はその動物が他人に加えた損害に対して賠償責任を負うとされています。ピカチュウが動物に該当するかどうかは議論の余地がありますが、この観点でサトシの責任を問うことも可能です。
民法第718条
動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。
また、ポケモン転送システムを利用して事件を引き起こしたロケット団の行為も、間接的にポケモンショックの原因となっていると考えます。
終わりに
本稿は、ポケモンショックという実際の事件を題材にしながらも、その責任の所在をポケモンやトレーナーに法的に問うという、SF的な枠組みでの思考実験を行いました。この議論は、現実の法体系を架空の世界に適用する試みとして、エンターテインメントの影響やキャラクターの行動倫理を問い直す興味深い視点を提供します。
結局のところ、この議論が示唆するのは、どれほど複雑な問題も一面的な責任追及では解決に至らないという点です。ピカチュウの行動を緊急避難として擁護するのか、それとも過剰防衛とみなすのか。また、サトシや制作側の責任はどこまで問えるのか。これらの問いは、架空の設定ながらも、現実社会における責任分担や意思決定の困難さを映し出しています。
本稿を通じて、フィクションの枠を超えて社会や倫理の問題を考察することの意義が浮き彫りになりました。ポケモンの世界を題材にした議論は、単なる娯楽ではなく、現実の法制度や倫理観を再評価するための手がかりとなるかもしれません。もしかすると、こうした架空の議論こそが、未来の社会をより良くするための新たな視座をもたらすのではないでしょうか。
参考文献・脚注
[1]wikipedia, "ポケモンショック"
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B1%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF (2024.11.15)
[2]ピカチュウが「10まんボルト」を使用した際には、サトシが命令をした等の直接の描写は存在しません。おそらく、他の10まんボルトを使用している描写と酷似しているということから主張されていると思います。
[3]現実問題としては制作会社や放送局に法的責任が発生し、ピカチュウやポリゴンなどの架空のキャラクターには法的責任は存在しません。加えて、本稿では、ピカチュウの「10まんボルト」の描写だけで健康被害が発生したと言う仮定を置いていますが、この描写以外にもエレクトロニックフラッシュやフラッシュが多用されています。
[4]2項の「業務上特別の義務がある者」とはこのような職種に就く者は、危険なシチュレーションにおいても、業務を全うしなければならない義務と社会的責任のある者のことです。具体的には警察官や消防士、自衛隊などの職種に付く者を指します。
ピカチュウにはそのような義務は発生するとは考え難いので、本稿では無視して良いと思います。
ベンナビ刑事事件, "緊急避難とは?成立要件や判例・立件された時の対処法をわかりやすく解説"
https://keiji-pro.com/columns/330/ (2024.11.15)
[5]同上
ベリーベスト法律事務所, "正当防衛と緊急避難の違いとは? 成立する具体例と刑事事件時の対応"
https://tachikawa.vbest.jp/columns/criminal/g_other/5552/ (2024.11.15)
弁護士法人デイライト法律事務所, "緊急避難とは?【弁護士が解説】"
https://www.daylight-law.jp/criminal/qa/qa64/ (2024.11.15)
[6]ポケモンWiki, "サトシのピカチュ"
https://wiki.xn--rckteqa2e.com/wiki/%E3%82%B5%E3%83%88%E3%82%B7%E3%81%AE%E3%83%94%E3%82%AB%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A6 (2024.11.15)
[7]ポケモンWiki, "10まんボルト"
https://wiki.xn--rckteqa2e.com/wiki/10%E3%81%BE%E3%82%93%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%88#%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B10%E3%81%BE%E3%82%93%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%88 (2024.11.15)
ポケモンWiki, "でんきショック"
https://wiki.xn--rckteqa2e.com/wiki/%E3%81%A7%E3%82%93%E3%81%8D%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF#%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%81%A7%E3%82%93%E3%81%8D%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF (2024.11.15)
ポケモンWiki, "かみなり"
https://wiki.xn--rckteqa2e.com/wiki/%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%82%8A#%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%81%8B%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%82%8A (2024.11.15)
