第七章|数字が読めると、意思決定がブレなくなる
ここまで「考える前に整える」話をしてきた。
だが、整えた先で人は、必ず「決断」を迫られる。
数字は、得意な人のための専門知識ではなく、
判断を支えるための共通言語にすぎない。
この章では、会計や数字を「計算の話」ではなく、
意思決定を安定させるための道具として捉え直す。
1.会計書類を読める社会人になろう|数字への拒否反応をなくす
―― 数字が分からないと、意思決定から外れていくという話
拒否反応をなくそう
かなりの社会人経験を積んだ人であっても、会計分野だけはどうしても拒否反応がある、ということがある。
我々は、IT寄りだったり業務寄りだったりと、社会人としての知見を日々広げているのであるが、優れた社会人であるために、会計の分野について、拒否反応をなくす必要がある。深く学習しろとまでは言わない。しかし、会社の数字がどうなっているか、大企業の決算がどのような状況であるかなど、比較分析できなくては、優れた社会人としては片手落ちである。今回は、会計だ。がんばろう。
企業の血液検査
病院に行けば、血液検査やレントゲンで人間を診断するように、企業にとって最もわかりやすい尺度の一つが、会計である。会計は主に
・制度会計(財務会計)
・管理会計
・ファイナンス
の3つのジャンルに分別される。
制度会計の分野は、俗に言う簿記の世界である。制度がきちんと決まっており、国際標準(IFRSって聞いたことあるよね)もあり、時代とともに変遷する。制度会計は、一律のルールに則って財務諸表を開示させることにより、株主を保護する。一時期、粉飾決算という言葉が話題になったが、一律のルールにも関わらず、「見せ方」によっては、企業価値を大きくみせることができる。粉飾をしなくても、だ。
管理会計は、制度会計が外部向け(株主向け)という形をとるのに対し、内部向け(経営者向け)の形だ。一般に、制度会計により明らかになる財務諸表は、現実と少し食い違う部分がある。現実的に、損益分岐点はどうなのか、利益率を他社と比較するとどう異なるのか、ボリューム(量)が異なるものを比較するのにはプロポーション(比率)を使う必要があり、管理会計分野が成り立つ。
新規事業の立上げや、既存事業の今後の投資計画を経営者向けにアピールするにはどうすればいいだろう。想像に難くないのは、実施した場合の売上予測・利益予測を出すことだ。しかし、企業は確固たる理由付けがなければ投資を行わないので、そのためには時間の概念を取り入れたり、複雑な公式に従ったりして、儲かるのか儲からないのかを明らかにする必要がある。このような際には、ファイナンスの分野の知識が必要になる。
日本に「SAPショック」という言葉を、90年台後半にもたらしたSAP社のR/3というERP(組織資源計画ソフト)では、財務会計モジュールをFI、管理会計モジュールをCOと呼称している。この二つは別のものなのだ。
財務諸表を読めるようにする
あなたがIT業界で数年経験を積んだのであれば、システムの設計書についてある程度読めることは必須である。同様に、優れた社会人であれば、財務3表と呼ばれる表について、十分な理解を基に、読める必要がある。3表とは
・損益計算書(P/L)
・貸借対照表(B/S)
・キャッシュフロー計算書(C/F)
である。
あなたが未だ、経営コンサルタント(怪しいコトバだ)としての仕事をしたことがないならとてもラッキーだ。財務3表を読めないまま突入せずに済んだのだから。
あなたが既に、経営コンサルタント(略)としての仕事をしたことがあるならこれもラッキーだ。現場で肌に染み込んだ経験が、これから学習することでより明確に見えてくる。
P/Lは、企業の「売る」に注目した小遣い帳
P/Lは、事業活動により、どれだけ売上があり、原価を払い、給料を払い、その他出入りするお金を勘定し、税金を払って(利益が赤字なら税金は0である)、いくら残ったかを表す。プロフィット(利益)とロス(損失)から、P/Lと呼ばれる。
実際の業務をしていないと、または簿記の勉強でもしていないと、財務3表の項目の並び順は覚えづらいものだ。しかし、国際的に一律のルールがあるのだから、大項目くらいは必死で覚えよう。あなたは優れた社会人なのだから。
ちなみに暗記よりも理解の方が楽だ。小さな商売をしている(八百屋でもパン屋でも)を思い浮かべながら理解を深めれば、そんなに難しいものではない(下図参照)。

B/Sは、その会社の一年間の通信簿
B/Sは、その会社の資産状況、負債状況、純資産状況をひと目で見ることができる。
資産 = 負債 + 純資産
であり、両方がバランスすることから、バランスシート(B/S)と呼ぶ(下図参照)

C/Fは、現金があるかないか
C/F計算書は、P/L、B/Sよりも比較的新しい制度会計だ。なぜ導入されたのかを知っておくと、この先理解が早い。
例えばITシステムの構築(1億円)で、2025年3月末に検収を受けたシステムがあるとしよう。この会社の決算期は3月末だ。売上は当然2025年度ということになる。P/L上もそのように表記されるので、この会社は今期頑張ったんだなあと、株主からは見えるであろう。
しかし、実際に、顧客から入金があるのは、検収後45日だったりする事が多い。この会社の場合は、2026年5月15日にならないと金額が振込まれない。これは、企業活動の根本とも言える、キャッシュ(現金)という視点で見ると、「見かけ上、売上も利益も上がっているけど、キャッシュ(現金)はまだないんです」という状態だ。
企業活動は、全てが八百屋やパン屋のように単純ではなく、掛け取引や、未収金など、色々な制約がある。一方で、このシステム会社は、半年とか一年、プログラマやSEやPMやその他SIに関する様々なものについて、一旦先にお金を払っておいて(給与がその最たる例だ)、後で回収しようとしている。キャッシュは枯渇しているかもしれない。何とか生き延びているけれども、キャッシュが入ってくるまでは自転車操業状態かもしれない。そういった危険性を、制度会計は株主保護の立場に立つので、予め表しておく必要があり、キャッシュフロー計算書が規定されたと理解するとよい。
キャッシュフロー計算書の結論は、「現金及び同等物の増減額」となる(下図参照)。これはB/Sの現預金項目(資産の部)に対応する。
このように、財務3表は、いずれも相関関係があり、株主から見た企業の業績がわかるようになっている。

企業経営分析
前述した通り、中小企業や零細企業と、ソニーやトヨタや任天堂という超巨大企業をボリューム(量)で比較することはできない。中小企業は売上高が4億程度だが、大企業は利益が4億あるかもしれない。それを数値で単純比較するのはまるで意味がない。
しかし、プロポーション(比率)で比較することはできる。企業分析は、主に3つの観点が、きれいな数式で定まっている。管理会計の基本として、企業分析の方法を覚えよう。
(1)収益性の指標
収益性の指標は、下記を覚える。
・ROA(リターンオンアセット:総資産経常利益率)
・ROE(リターンオンエクイティ:自己資本経常利益率)
・売上高総利益率
・売上高営業利益率
・売上高経常利益率
・売上高当期純利益率
利益率という言葉が最後につくので、利益額を前についている言葉で割り算する。野球の打率だと思えばよい。
利益率 = 利益額 ÷ 総資産(以下同じ) (単位:%)
である。これが、ニュースでよく耳にする、「各社の決算が出揃いました。トヨタの本業を示す営業利益率は○○%で、前の期に比べて上がりました」という利益率の話だ。
(2)効率性の指標
効率性の指標は、下記を覚える。
・売上債権回転率
・棚卸資産回転率
・仕入債務回転率
・総資産回転率
・有形固定資産回転率
回転率は、パーセント表示ではなく、「回」が単位となる。ある期の売上を稼ぐのに、どれだけ効率よく稼げる体質の企業であるかを分析することが目的だ。基本的な数式は、売上高を前についている言葉で割る。
回転率 = 売上高 ÷ 売上債権(以下同じ) (単位:回)
という形になる。
売上債権と棚卸資産の回転率は回数が多い(高い)方がよい。少し考えてみよう。売上を稼ぐのに、売上債権の回転がいい(入金がたくさんある)のは常識的にプラスのイメージだ。棚卸資産(商品)の回転がいいのも同様だ。
総資本回転率と有形固定資産回転率も回数が多い(高い)方がよい。持っている資産や、有形固定資産がどれだけ売上に寄与しているかを表すことができる。
回転率のうち、仕入債務回転率に関しては、少ない(低い)方がよい。債務というマイナスイメージのものなので、回転率が低い(出金が少ない)方がいい、という話になる。
さて、優れた社会人であるあなたは、前述の「収益性の指標」と比較して、「売上高の位置が逆だなあ」と気づくかもしれない。それは大変いい気付きである。後述する。
(3)安全性の指標
安全性の指標は、下記を覚える。
・流動比率
・自己資本比率
安全性の指標は、B/Sのみで計算することができる。それぞれ、
流動比率 = 流動資産 ÷ 流動負債 (単位:%)
自己資本比率 = 自己資本 ÷ 総資産 (単位:%)
の数式で表される。
ちなみに、借金(負債)が多い方が、節税できる(利子は営業外費用だから、本業の利益を圧迫する代わりに、税金が少なくなるということだ)。自己資本比率の逆数を、財務レバレッジと呼ぶ。財務レバレッジのレバレッジは「てこ」なので、健全な企業であれば、負債が多い方が税金は少なくなるという効果を示したものになる。
(4)ROEの分解(デュポンの公式)
さて、各指標の定義と式が理解できたら、分数を活用して、下記の数式を導き出せる。

左から、
・売上高当期純利益率(収益性の指標)、
・総資産回転率(効率性の指標)、
・財務レバレッジだ。
綺麗に約分できて、残るのは下記の項目だけとなる。

これは、冒頭に説明した、ROE(自己資本当期純利益率)そのものだ。つまり、企業がROEという指標を向上させるには、収益性と効率性を高めて、自己資本比率を低くすることが必要であるとわかる。
収益性を高めるには利益率の高い商売を行う。
効率性を高めるには、早く現金を入手できるように努力し、手形などの決済をしない。キャッシュアウトするものは、できるだけ遠い期日に払う(経営者は身勝手なものだ)。
財務レバレッジ比率を高めるには、信頼を得て借金をする。企業価値の最大化のために、経営者は上記のことを考えているのである。
会計は、かつて数学が嫌いではなかった人にとっては、とても面白い。所詮、+−×÷しか使わない。
一般のサラリーマンが、お天道様が西から昇ったとしても、毎月きちんと給料は支払われるものだと思っている裏では、経営者は、経理書類とにらめっこしながら、毎月の現金収支を考えているのである。経営者は孤独、とよく言われる。売上があがっていても、キャッシュはないかも知れない。しかしそんなこと口が裂けても社員には言えない。どこかから借りて、利子を付けて返している。
あなたが優れた社会人であるならば、企業の健康状態を知ることができる財務諸表を読めないなんて勘弁して欲しい。システム開発の現場で直面するITシステム「投資」だって、企業の懐から出ている。
例えばECサイトを構築するプロジェクトは、ネットでの購買をするマス消費者に簡単に使って欲しいから、システム構築するのであって、元請け企業の趣味だとかそんな安直な動機で作られるものではない。
客数×客単価という不滅の公理を最大化し、売上にどう寄与するのか、そこにお客様企業(例えば小売業)の経営者は興味があり、その答えの一つとしてECサイトというソリューションを検討し、役員会議にかけて、億という予算をもぎ取り、その億の投下資本が、何年か経過して回収できるという大変な説明をして、プロジェクトが発足する。
経営者の心中を慮ってみると、決して安易に予算追加など言えないはずだ。売上を拡充したり、原価を削減したりするために戦略を立案する経営戦略部がいて、そこで検討された結果、ITシステム投資の予算が決まり、その予算の資源配分を討議し、プロジェクトを発足させる。
システム投資に無用なコストがかからないようにプロジェクトマネージャーがいて、小規模なチームをまとめるプロジェクトリーダーがいて、システムエンジニアが設計をし、プログラマがコードを打つ。
あなたがいるIT業界はそういうところだ。さて、あなたの価値は?あなたの価値はその経営者の尽力に響くものであろうか。どんな社会人であっても、その価値を出すために、鋭意勉強して欲しい。勉強は資格だけではない。それは一つの手段にすぎない。
この章はウルトラ基本、だ。
※本note記事は、これまでに公開してきた記事をもとに、構成を見直し再編集したものです。
👉第八章 プロジェクトは「段取り」と「言葉」で回る
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