戌神ころね論――プラットフォームと個人の関係性
はじめに――二つの物語
ニコニコ動画と戌神ころね。
一見、何の関係もない二つの話だ。
一つは2006年に始まり、一時代を築いて衰退した動画プラットフォームの話。もう一つは2019年にデビューし、YouTube登録者数200万人超を誇るホロライブ所属VTuberの話。
しかし、この二つには共通点がある。
それは、「コンテンツとコミュニティの関係性」という視点だ。
ニコニコ動画は、コミュニティを大事にしすぎて、クリエイターを蔑ろにした。結果として、優秀なクリエイターがYouTubeに流出し、衰退した。
一方、戌神ころねは、プラットフォームがYouTubeであっても、ニコニコ動画的なコミュニティ文化を再構築し、成功している。
この二つを並べて見ることで、何が見えるのか。
それは、プラットフォームと個人の関係性、そしてコンテンツとコミュニティのバランスについてだ。
第一章:ニコニコ動画の栄光と衰退
2006年―2012年:黄金期
ニコニコ動画は、2006年12月12日に「ニコニコ動画(仮)」としてサービスを開始した。
最初はYouTubeの動画にコメントを重ねるだけのサービスだったが、2007年3月に独自の動画投稿サイト「SMILEVIDEO」を開始し、ニコニコ動画(γ)として本格的に稼働した。
ニコニコ動画の最大の特徴は、動画の再生時間軸上にコメントを投稿できる機能だった。
コメントが右から左に流れるテロップ状で表示される。
これは、視聴者同士が動画を通じて一体感を共有する、画期的な仕組みだった。
YouTubeが「動画全体への感想」を書くコメント欄だったのに対し、ニコニコ動画は「動画の特定のシーンに対するリアクション」をリアルタイムで共有できた。
この仕組みが、独特のコミュニティ文化を生んだ。
「組曲『ニコニコ動画』」
「みっくみくにしてやんよ」
「レッツゴー!陰陽師」
「M.C.ドナルドはダンスに夢中なのか?最終鬼畜道化師ドナルド・M」
「Bad Apple!!」
「ドナルド動画」
「レスリングシリーズ(ビリー・ヘリントン)」
これらは、ニコニコ動画独自のコンテンツとして、2008年~2012年頃に最盛期を迎えた。
当時、ニコニコ動画には「ランキング機能」があった。ジャンルごとにランキングされ、視聴者は新しい動画を発掘できた。投稿者は、ランキングに載ることがモチベーションになった。
YouTubeがアルゴリズムで「あなたにおすすめ」を表示するのに対し、ニコニコ動画は「みんなが見ているもの」を共有する文化だった。
そして、MAD動画が流行した。アニメやゲームの映像を切り貼りし、音楽を乗せる。著作権的にはグレーゾーンだったが、ニコニコ動画はこれを黙認した。
当時のニコニコ動画には、「みんなが同じものを見ている」という一体感があった。
「フタエノキワミ、アッー」
「馬鹿野郎松田誰を撃ってる!?ふざけるなあああwww」
こういったネットスラングが、ニコニコ動画内では「常識」だった。キーボードクラッシャー、おっくせんまん、etc...。
これは、閉じたコミュニティの強さだった。
2012年以降:衰退の始まり
しかし、2012年頃から、ニコニコ動画は衰退し始める。
理由は複数ある。
クリエイターへの還元不足
ニコニコ動画は、長らくクリエイターに収益を還元しなかった。
「クリエイター奨励プログラム(通称クリ奨)」は存在したが、YouTubeのパートナープログラムと比較すると、雀の涙だった。アルゴリズムも理解が難しく、何をすれば儲かるのか、わからなかった。
2015年頃、YouTubeが本気を出した。広告収益をクリエイターに還元する仕組みが整い、多くのクリエイターがYouTubeに流出した。
ニコニコ動画の古参リスナーには、
「無料でサービスを受けることが当然」
「儲けるなんて、とんでもない!」という精神があった。
しかし、クリエイターは、無償で動画を作り続けることに疲弊した。
中堅のクリエイターがどんどんYouTubeに移った。ニコニコ動画に残ったクリエイターも、気づけば別サイトで収益化していた。
タダ働きを強いられたクリエイターは、去っていった。有料会員(プレミアム会員)への偏重
ニコニコ動画は、有料会員(プレミアム会員)に優遇措置を与えた。
・高画質視聴
・生放送での優先入場
・タイムシフト機能
しかし、これが裏目に出た。
無料会員は、混雑時に追い出される。生放送は、プレミアム会員でも満員になるとキックされる。
「プレミアム会員はお金を払っているから、文句を言う権利がある」という空気が生まれた。
一方で、動画投稿者や生配信者は、タダ働きだった。運営の迷走
ニコニコ動画の運営(ドワンゴ、会長:川上量生)は、迷走した。
・どうでもいいイベントを開催
・UIの改悪につぐ改悪(要件定義が間違っている)
・クリエイターを軽視した施策
例えば、「人気生主のタレント化」だ。
ニコニコ生放送では、運営が特定の生主をピックアップし、番組のレギュラーにした。これにより、彼らは半タレント化した。
それまで、ニコニコユーザーは「一般ユーザーも人気生主も仲間」という雰囲気があった。しかし、運営がピックアップした生主がタレント化すると、「テレビに出ているタレント」と「僕ら一般ユーザー」という距離が生まれた。
公平性が失われ、投稿サイトとしての魅力が薄れた。
4. YouTubeとの差
そして、決定的だったのは、YouTubeとの差だ。
ニコニコ動画は、日本のオタク向けに最適化されていた。
しかし、YouTubeは全世界のあらゆる人間をターゲットにしていた。
規模が違いすぎた。
YouTubeは、優秀な技術者を世界中から集め、インフラを強化した。ニコニコ動画は、サーバーが貧弱で、画質も悪く、UIも改悪され続けた。
「ニコニコ動画はYouTubeの下位互換」
という評価が定着した。
結論:ニコニコ動画の敗因
ニコニコ動画の敗因は、以下の通りだ。
クリエイターへの還元不足
有料会員への偏重と、無料会員への冷遇
運営の迷走(特定生主のタレント化、UIの改悪、etc...)
YouTubeとの規模の差
しかし、最大の敗因は、「コミュニティを大事にしすぎて、クリエイターを蔑ろにした」ことだ。
ニコニコ動画は、視聴者のためのプラットフォームだった。しかし、視聴者だけでは、コンテンツは生まれない。
クリエイターが去り、コンテンツが枯渇し、視聴者も去った。
第二章:戌神ころねとは
戌神ころね(いぬがみころね)は、2019年4月にホロライブプロダクションの「ホロライブゲーマーズ」ユニットとしてデビューしたVTuberだ。
YouTube登録者数は200万人を超え(2023年6月に達成)、ホロライブ内でもトップクラスの人気を誇る。
彼女の特徴は、以下の通りだ。
独特の訛り(「~だでな」「おらよー」「なーほーね(なるほどね)」)
レトロゲームを中心としたゲーム実況
耐久配信(19時間、24時間を超える配信も)
リスナー(ころねすきー)との独特の関係性
ニコニコ的文化の再構築
戌神ころねの配信を見ていると、ニコニコ動画の文化を思い出す。
レトロゲームへのこだわり
ホロライブには、様々なゲームの趣味を持ったメンバーがいる。
しかし、傾向としては新作や『マインクラフト』を筆頭にした共有サーバーを使ったオンラインゲームをプレイする面々が多い。
その中にあって、戌神ころねは、スーパーファミコン、メガドライブ、ゲームボーイアドバンス、ゲームキューブなどで発売された往年のレトロゲームや名作をプレイする機会が非常に多い。
例えば、「摩訶摩訶」。これは、1992年にシグマから発売されたスーパーファミコン用のRPGだ。独特の世界観とバグの多さで知られる「怪ゲー」だが、戌神ころねは19時間以上の耐久配信でクリアを目指した。
また、「バンジョーとカズーイの大冒険」の実況では、ゲームに登場するマンボトークンの音声を真似して「Eekum Bokum」と発した声が、海外で大バズりした。音楽を担当したグラント・カークホープがツイッターで共有するほどの反響だった。
さらに、ゲーム「DOOM Eternal」のDLCには、戌神ころねがイースターエッグとして登場し、「DOOG」とOPに表示された(5日間限定)。
これは、ニコニコ動画でのレトロゲーム実況文化と重なる。
ニコニコ動画では、「改造マリオ」「魔訶魔訶」などのレトロゲームが人気だった。
戌神ころねは、YouTubeという新しいプラットフォームで、ニコニコ動画の文化を再現している。リスナーとの独特の関係性
戌神ころねの配信では、リスナー(ころねすきー)に対して、圧をかけることが多い。
定期的に殴る(顔面パンチ、しばきあげパンチング)
雑巾を顔面に投げつける
吊るし上げ、寒空の下に放り出す
名指しで呼ぶ
素性を探り、詰問する
「友達の家に来て遊んでいる感じ」を目指しているとのことだが、
圧が強いどころの話ではない。
しかし、これは芸であり、
戌神ころねはリスナーのことを大切に思っている。
一般的な配信では嫌われがちな「指示厨」にも優しく、自作イラストの『しじえもん』などの姿を与えている。
困ったときは素直に指示厨に頼る(召喚する)など、特殊な関係性を築いている。
これは、ニコニコ動画のコメント文化と重なる。
ニコニコ動画では、コメントが動画の一部だった。視聴者が動画を面白くする。戌神ころねは、リスナーを配信の一部として組み込んでいる。
3. 耐久配信
戌神ころねは、耐久配信が多い。
「ドラゴンズレア」の実況配信では19時間以上
「ポケモンZA」の発売記念配信では24時間超
これは、ニコニコ動画の「耐久〇〇」文化と重なる。
ニコニコ動画では、「耐久ループ」「耐久実況」などが人気だった。戌神ころねは、YouTubeでこの文化を再現している。
戌神ころねの成功要因
戌神ころねの成功要因は、以下の通りだ。
ニコニコ動画的文化の再構築(レトロゲーム、リスナーとの関係性、耐久配信)
YouTubeというプラットフォームの活用(収益化、世界展開)
ホロライブというプロダクションのサポート(マネジメント、コラボ、イベント)
戌神ころねは、ニコニコ動画の良さを残しつつ、YouTubeの強みを活かした。
ニコニコ動画が失った「クリエイターへの還元」は、YouTubeが提供してくれた。
ニコニコ動画が失った「世界展開」も、YouTubeが提供してくれた。
そして、ホロライブというプロダクションが、マネジメントやコラボ、イベントをサポートしてくれた。
第三章:プラットフォームと個人の関係性
ニコニコ動画の失敗:コミュニティ優先、クリエイター軽視
ニコニコ動画は、コミュニティを大事にしすぎた。
視聴者が「無料でサービスを受けることが当然」という空気を作り、運営もそれに従った。
結果として、クリエイターは収益を得られず、YouTubeに流出した。
ニコニコ動画は、視聴者のためのプラットフォームだった。しかし、視聴者だけでは、コンテンツは生まれない。
戌神ころねの成功:
コミュニティとクリエイターのバランス
戌神ころねは、コミュニティとクリエイターのバランスを取った
リスナーとの関係性を大事にしつつ、YouTubeの収益化を活用し、ホロライブのサポートを受けた。
戌神ころねは、クリエイター(VTuber)としての自分を守りつつ、コミュニティを大事にした。
プラットフォームの役割
プラットフォームの役割は、クリエイターとコミュニティの両方を支えることだ。
ニコニコ動画は、コミュニティだけを支え、クリエイターを支えなかった。
YouTubeは、クリエイターを支え、コミュニティも支えた。
戌神ころねは、YouTubeというプラットフォームを活用し、ニコニコ動画的なコミュニティ文化を再構築した。
第四章:2025年11月、戌神ころねの活動休止
2025年11月6日、戌神ころねは活動休止を発表した。
戌神ころねの活動休止は、ファンに大きな衝撃を与えた。
しかし、これは、個人の事情だ。
ニコニコ動画の衰退は、プラットフォームの構造的問題だった。
戌神ころねの活動休止は、個人の選択だ。
プラットフォームが個人を支えることはできるが、個人の人生まで支配することはできない。
戌神ころねは、家族を優先した。それは、尊重されるべき選択だ。
結論:プラットフォームと個人、コンテンツとコミュニティ
ニコニコ動画と戌神ころね。
この二つの物語から、何が見えるのか。
コミュニティだけでは持続しない
ニコニコ動画は、コミュニティを大事にしすぎて、クリエイターを蔑ろにした。
結果として、クリエイターが去り、コンテンツが枯渇し、コミュニティも崩壊した。
コミュニティだけでは、持続しない。クリエイターへの還元が不可欠
YouTubeは、クリエイターに収益を還元する仕組みを整えた。
これにより、優秀なクリエイターがYouTubeに集まり、コンテンツが充実し、視聴者も増えた。
クリエイターへの還元が、プラットフォームの成功を左右する。プラットフォームは手段、目的ではない
戌神ころねは、YouTubeというプラットフォームを活用し、ニコニコ動画的な文化を再構築した。
プラットフォームは、手段であって、目的ではない。
重要なのは、何を作るか、誰とつながるかだ。個人の選択を尊重する
戌神ころねの活動休止は、個人の選択だ。
プラットフォームは個人を支えることはできるが、個人の人生まで支配することはできない。
個人の選択を尊重すること。それが、健全なコミュニティの前提だ。
第五章:そして復活!!!!!!おかえりなさい!
おわりに:ニコニコ動画的文化は、どこへ行くのか
ニコニコ動画は衰退した。
しかし、ニコニコ動画的な文化は、消えていない。
戌神ころねのような存在が、
YouTubeで、Twitchで、bilibiliで、ニコニコ動画的な文化を再構築している。
・コメントが流れる配信
・レトロゲームの実況
・リスナーとの濃密な関係性
・耐久配信
・微妙なモノマネ
これらは、ニコニコ動画が生んだ文化だ。
そして、これらは、プラットフォームを超えて、受け継がれている。
ニコニコ動画は、プラットフォームとしては失敗したかもしれない。
しかし、文化としては成功した。
その文化を受け継いだクリエイターが、新しいプラットフォームで活躍している。
戌神ころねは、その一人だ。
そして、彼女が活動を再開する日が来た。
これからも、楽しんでいこうころねすきー!
次はこちら!
【 固定リンク 】
プロジェクトマネジメントは、言葉でできている
