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noteで連載、始めることにしました。— ECひと筋22年の、しがない京都人の話

22年です。

改めて自分の歩いた道を振り返ってみると、結局のところ「ECしか知らんな」と、つくづく思います。

でも同時にね、「ECがやっぱり好きなんやろな」とも思うんです。それしか知らないのに離れる気もない。これはもう、業(ごう)みたいなものかもしれません。

このnoteでは、悩めるEC経営者の皆さんに、少しでも寄り添えるような記事を書いていきたいと思ってます。

まずは初回ですので、自己紹介を兼ねて、私がどうやってここまで来たのかを綴ってみます。


なぜECだったのか ── 気がついたら、始まっていた


京都の下着屋に生まれました。幼少期は「パンツ屋」と呼ばれて育ちました。

下着屋って呼んでもらえなかったんですよ、「パンツ屋」やった。京都の子供は容赦ないですね。

バブル崩壊から間もない1992年、新卒で大手の下着メーカーに入社しました。東京で8年間、女性中心の職場で泥臭い営業を経験しました。新卒の男が女性ばかりの職場でパンツ売ってる絵面、想像してみてください。地獄絵図ちゃいますよ、いい職場でした(笑)。

2000年。私は東京から京都に戻ってきたところで、本来は家業の下着リアル店舗を継ぐつもりでいました。

ところが、いつの間にか始まっていたECが、じわじわと忙しくなっていたんです。気がつけば数年経ってた。それが、正直なところです。

「これからの時代はECだ」と確信して始めた、というかっこいい話ではない。先代が始めたものが、いつの間にか大きな収益柱になろうとしていた。それだけです。

当時のEC業界が世間からどう見られていたか。正直に言いますね。

「なんだか怪しい商売」

そんなイメージだった と記憶しています。しかも私が扱っていたのは下着です。怪しさは、推して知るべし、です。

「ネットで下着?」「誰が買うねん?」って、何回言われたか。

白鳩での22年 ─ 個人商店から「会社」になるまで

家業が下着の小売店であった以上、私には他の選択肢はありませんでした。
下着 × EC」という、当時としては前例のない領域に、ただ飛び込むしかなかった。

ベンチマークになる同業他社、ほぼ存在しません。楽天市場に異業種が数社ある程度。参考にできる先輩がいない中で、ひたすら「毎年成長する」ことだけを目標に走り続けました。

2014年、ジャスダック(現スタンダード)市場へ株式上場しました。当時の売上高は30億円弱なので、小粒な部類です。

「30億で上場?」って思われる方もいるかもしれません。そうです、小粒です。それでも、ちゃんと上場したんです。

上場までの道のりで何が一番苦しかったかと聞かれたら、私はこう答えます。

✔ 業績とガバナンスを両立させる、社内の仕組みづくり。
✔ 脳ミソ振り絞って考え続けた、あの日々。

…まあ、本音を言うと「公私混同をやり続ける創業者の教育」と答えたいところですけど(笑)。

これは書くと長くなるんで、また別の機会に。

「個人商店」から「会社」に脱皮していく過程の苦しさ、未だに一言では語れません。

挫折と転機 ─ あれは、ほんまにトラウマ

22年の中で最大の挫折は?と聞かれたら、もちろん電鉄会社との資本提携ですと答えます。大失敗に終わったので。これについては、また機会を改めて、ちゃんと書きます。今書くと愚痴になるんで(笑)。

もうひとつ、忘れられないのが2007年。

iPhone が発売される直前です。私は「まだガラケー全盛の時代やろ」と判断して、ガラケー向けのカラー画像Flashコンテンツに、大きく舵を切ったんです。

…結果、ご想像の通りです。

これまでで唯一、最大の失敗でした。マーケティング力の不足っていうやつを、これでもかと痛感した瞬間でした。

未だに iPhone 触る度に「あの時の俺、何見てたんやろ」って思います。

一方で、振り返って「ここが転機だった」と思えるのが、2004年。
楽天市場のアワードで総合2位を受賞した時です。

下着屋が総合2位、ですよ。

そこから2006年以降、11年連続で「ショップ・オブ・ザ・イヤー」を受賞することに繋がっていきました。多分、10年以上連続で受賞した店舗は、5万店舗以上ある中で5社ぐらいだと思います。

あのとき、あの結果を出せていなければ、今の私はなかったかもしれません。これはマジで。

楽天さんには、それこそ「ほんまにお世話になりました」案件で、未だに頭が上がりません。

なぜ MBA を取りに行ったのか ─ 答え合わせの旅

上場企業の社長を経験した後、2022年、親会社との信頼関係が崩壊したので、会社を去りました。

…これ、サラッと書いてるけど、ほんまえらい話やったんです。けど、湿っぽくなるんで今回は省略します。

そして私は、MBA の門を叩きました。

「いまさら、なんでMBA?」とよく聞かれます。理由はね、シンプルなんです。

それまで自分がやってきた経営が「間違ってたんか、合ってたんか」。

ただ無性に、それが知りたかった。

修了することが目的ではなくて、答えを知るためだけにMBAの道を選びました。誰かに自慢したいわけでも、肩書きが欲しいわけでもない。

ただ、自分の中の答え合わせがしたかった。

正直に言うとですね、日本のMBAの多くは、2000年ごろのアメリカでの経営学を下敷きにしてます。私自身、そこに「うーん…」っていう違和感を感じながら学んでたのも事実です。

ただ、その中で「あ、これは確かにECに通じる」と確信を持てたものが、いくつかありました。

✔ 両利きの経営
✔ イノベーション
✔ 競争戦略

この3つは、22年間 EC の最前線にいた私の経験と、見事に重なってました。

「間違ってなかった」と感じたとき、ちょっと泣きそうになりましたね、正直。

2025年3月に大学院を卒業し、MBAを修了しました。これにどれほどの価値があるのか、実は今でも答えは出てません。

やっぱり私は、現場主義的な人間なんだろうなぁ、と感じています。

なぜ今、中小ECを支援するのか

私はいま、中小EC企業の経営支援に力を注いでいます。

大企業ではなくて、あえて中小に絞ってる理由は、シンプルです。

自分が歩んできた道が、まさに「個人商店からの脱皮」だったから

それ以外の理由はありません。

同じ道を、いま歩んでいる経営者の方が、たくさんいます。年商数千万から数十億。家族でやってる会社、夫婦で始めた会社、二代目が継いだ会社。

そういう方々を、自分の経験を持って支えたい。そして、持続的に成長していってほしい。

これが、私の素直な想いです。

22年間、会社経営の中で中小EC企業を見てきて感じることが、ひとつあります。

20年前と今で、課題の本質、ほぼ変わってない。

多くの経営者が、いまだに「売上」という呪縛に縛られてる。「今月の売上、行ったか?」「先月よりどうや?」「年商伸ばさな…」 — もちろん大事です。でも、それだけ見てたら、必ず壁にぶち当たります。

売上はあくまで「結果」です。

これからは、その結果を生むための「会社の仕組み」づくりにこそ、こだわってほしい。

それが、EC の最前線に22年いた私からの、もっとも切実なメッセージです。

このnoteで何を発信していくか

これから書いていく内容は、いわゆる「ノウハウ集」とは違います。

私自身の22年間の軌跡を振り返りながら、悩めるEC経営者の皆さんに「寄り添える」記事をお届けしたいと思ってます。

その骨子はひとつだけです。

「ECこそ、中小企業でも、低コストで大企業並みの仕組みが作れるのではないか」

私はこれまでの経験から、EC企業が持続的に成長するために本当に必要なものは、売上ではなくて「会社の仕組み」だと確信してます。

EC業界に携わる、すべての方に読んでいただきたい。
これが正直な気持ちです。

ただし、ひとつだけ前置きを。
私、かなりクセのある京都人です。それでも嫌気が差さない方限定で(笑)。

そんな前置きを添えて、最初のご挨拶とさせていただきます。
これから、どうぞよろしくお願いいたします。

ほな、また次回。


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