「私しかできない仕事」を、AIとメンバーに引き継いでみた
私はマーケティング部門に所属している。気が付くと入社当時からは比較にならないほど大きくなった。私自身も気が付けばマネージャーロールに近づいている。会社もまだまだ大きくなっていくだろう。
これはシンプルに嬉しい。
一方で、コミュニケーション、メンバーのスキルセット、数値への温度感の共有・配慮などなど、実務とコミュニケーションの両面で難しい部分が増えてきたと感じている。
マーケティングに詳しくない人向けに肌感を共有しておくと、マーケティング部門では「隣の人のやっている仕事と自分のやっている仕事が全く違う」みたいなことがよくある。案件が違う、とかではない。ジャンルが違う仕事が隣で平然と行われている。
なのでこの難しい、というのは必ずしもネガティブではない。プロトコルが全く違うので試行錯誤が必要なだけだ。
実際にうちの島を見渡すと、ウェビナーの集客をしている人の隣でカタログのデザインをしている人がいて、その隣で広告の入札調整の話があったり等々。
全員「マーケティング部門」である。
野球部の中に剣道と水泳と囲碁の人が混ざっている、と言えば伝わるだろうか。伝わらない気もする。
さて、こんな状況において特に気になるのが、属人化のリスクだ。
私は子育て中なので、親子そろって風邪にやられる、みたいなことがたまに発生する。そうなったタイミングで延ばせない締め切りが来てしまったら大変である。
そして前述の通り、隣の人は隣のジャンルのプロなので、「ちょっと巻き取っておいて」が中々通用しない。突然剣道部の人間にお前棒状のもの持ってるから野球部欠員のため登板よろしく!はずいぶん無茶な要求だ。
なので最近は、自分の仕事はある程度型化してAIに載せ、メンバーに渡すようにしている。
プロンプトのコピペから、道具ごと渡す時代へ
AIと会話できる~、という素朴な喜びから数年でずいぶんとAIが賢くなった。もう本当に仕事を一緒にできるレベルになってきている。一方で「AIで実際に成果が出たのか分からない」という嘆きも聞くようになった。
個人目線でいうと個人的には相当にラクになった。特に、典型的に同じ操作をする仕事には効果がてきめんにある。
環境も整ってきた。GoogleならGem、ClaudeならSkills、Microsoftなら Copilot のエージェントがある。1年前くらいまでプロンプトはテキストをコピペして渡すものだった。
それが今では「成果物を作る方法一式」を、ワンクリックでメンバーに共有できるようになった。
レシピを口頭で伝えるのではなく、調理器具と手順書をセットで渡せるようになった、というイメージだ。
AIに仕事を渡す4つの手順
AIに仕事を渡すとき、私はやり方をほぼ固定している。そしてこの手順は、新入社員のOJTとほぼ等しい。
①欲しいものと状態を言語化する。
最初にして最大の難所がここだ。コツは、作り方ではなく「合格条件」を先に書くこと。「プレスリリースの下書きを作って」ではなく、「広報チェックに一発で回せる状態。事実関係に推測が混ざっていない。タイトルは40字以内」のように、何が出てきたらOKなのかを先に決める。
逆に言うと自分でこのラインが引けない場合はAIにも任せられない。
もう一つのコツは、過去の合格品を1〜2個添えることだ。お手本があると、合格条件の言葉で説明しきれない「会社のトーン」まで伝わる。
②プロンプトを書く。
①ができていれば、ここは大した作業ではない。目的、合格条件、やってはいけないこと、手順。凝った言い回しに頼る必要はない。仕事の依頼文と同じで、明確さがすべてだ。
なんならこのあたりも随分と進化していて、こういう成果物を作るためのプロンプトを作って、というのを成果物を作り上げたチャット欄に打ち込むだけで適切なプロンプトが出てくるようになった。
③自分で実際に動かして、成果物をチェックする。
ここで重要なのは、1回で済ませないこと。最低3回は違う題材で回す。1回目でうまくいったプロンプトは、2回目の例外で大体事故る。新人に仕事を任せるときも、さすがに初日の一発OKで放流はしないはずだ。
④Goサインが出たら、Gemにしてメンバーに共有する。
渡すときに、プロンプトの「意図」も一言添える。これについては後述する。
プレスリリースの下書き、マーケティングリサーチの一次まとめ、広告文の精査、告知メールの下書き。マーケの仕事あるあるの定型業務は、この手順でほとんどがAIに載るようになった。
オンボーディング筋が強い
私自身、あんまりこの操作に苦を感じていない。世間一般では言語化、見帯にくくられるのかもしれないが、言語化というよりオンボーディング化だと思う。
改めてなぜこの手順がすんなり機能したのかを考えると、AI以前の経験が効いている気がする。
チームが拡大する過程で、「未経験に近いメンバーに、未経験のドメインを任せる」ということを複数回繰り返してきた。ウェビナーをやったことのない人にウェビナーを、展示会を知らない人に展示会を、マーケの知識がない人にマーケティングは何をやる仕事かを伝えてきた。
そのたびに、自分の仕事を分解して、手順に落として、合格条件を伝えて、最初の数回は伴走して、徐々に手を離す、というオンボーディングをやってきた。
AIに仕事を渡す作業はほぼこの仕事の繰り返しである。違いは、相手が文句を言わないことと、24-365、私が入力すればすぐに動くことだ。
逆に言うと、人に仕事を渡した経験がない状態でいきなりAIに渡そうとすると、おそらく①の言語化で詰まる。
「AI活用がうまくいかない」という相談の何割かは、AIの問題ではなく、仕事をまだ誰にも渡したことがない、もしくは対象領域の切り取りが制御し切れていないという問題なのではないかと思っている。
一番うまくいった例:私しか作れなかった調査票
具体例を一つ、深掘りしたい。一番手応えがあったのは、調査リリース用の「調査票」だ。
調査票というのは、アンケートの質問文と選択肢の設計図である。
地味に見えて、これが難しい。質問の順番で回答は歪むし、選択肢の作り方ひとつで結果の使い物にならなさが決まる。
調査票というと些末な話に見えるが、これは設計思想の話だ。
そして過去うちのチームで、これを作れるのは私だけだった。誰が悪いわけでもない。前述の通り、隣の人は隣のジャンルのプロだからだ。結果として、調査企画が立ち上がるたびに私の予定が押さえられ、私が風邪をひくと調査が止まる、という構造ができあがっていた。
そこで、自分が調査票を作るときに頭の中でやっていることを、書き出してみた。
書き出してみて驚いたのは、自分の中に思った以上の数のルールがあったことだ。
例えば、
回答者に過去を思い出させる質問は直近3ヶ月までに区切る(1年前のことは誰も覚えていない)。
数を聞くときは自由記述ではなく幅のある選択肢にする(使えない結果になる)。
誘導になる形容詞を質問文に入れない(回答が歪む)。
設問は多くても15問程度、回答時間5分以内に収める。
とにかく一文一意ですんなり理解できる表現にする。
これらを丸ごとGemに突っ込んだ。
結果、調査票の作成は広報メンバーだけで完結するようになった。
私はレビューか成果物に関するディスカッション相手で済む。私の予定をがっつり押さえる必要はなくなり、私が寝込んでも調査は進むようになった。
渡せなかった仕事の話
ここまで書くと万能に聞こえるので、渡せなかったものの話もしておく。
やってみて分かったのは、AIに渡せる仕事は、新人に渡せる仕事と同じだということだ。
手順と判断基準を言葉にできる仕事だけが渡せる。そして自分が評価軸がないと何が正しいのか分からなくなってしまう。
つまり、言葉にできていない仕事は渡せない。
そもそもの調査全体の企画を立てる、結果から何を読み取るかを決める、想定外のトラブルに対応する。このあたりは渡そうとして、うまくいかなかった。
一度、調査の「企画」までGemに任せようとしたことがある。
テーマを入れたら調査の切り口から提案してくれる、はずだった。出てきたのは、もっともらしくて、どこかで見たことがあって、うちが今やる理由のない企画だった。
考えてみれば当然で、「今この時期に、うちの会社が、この調査をやる意味」は、市場の状況と自社の状況の両方を踏まえた判断で、AIには渡せない。出てきたものがいくら良くても無意味な企画は無意味だと思う。
それと、最終判断は渡せないというより、渡さないことにしている。
Gemが作った調査票も、最後は人間が見る。AIが下ごしらえをして、人が味を決める。
まぁこのあたりは散々触れられているが過渡期のような話で、ただただ人間の仕事みたいなものにしがみついているだけかもしれない。
だから正確に言うと、AIに引き継いだのは「私しかできない仕事」の全部ではなく、そのうち言語化できた部分だ。それでも、言語化できた部分だけで、チームの動き方は目に見えて変わった。
成果物ではなく「レビューの視点」を渡す
チームでのAI活用には、もう一つ観点が必要だと思っている。
どのような意図でプロンプトを作り、どのようなアウトプットを目指したか、という視点の共有だ。これがないとAIに何かを投げるだけの作業でしかなくなってしまう。
そんな表現があるのかは知らないが、Before AIの時代の仕事の教え方は、マニュアルを渡す、実際にやってもらう、出てきた成果物にコメントする、だった。
ただ今は間の実際にやってもらう工程はすっ飛ばし、AIが出してくる成果物に対する「レビューの視点」を共有するようになった。
万が一AIが使えなくなっても時間があれば対応できる、という地力をつけるにはこの工程が必要だ。
かなり雑にまとめるなら例えばプレスリリースでは、私が見ているのは「事実と希望が混ざっていないか」「読んだ記者がそのまま見出しを付けられるか」の2点だ。広告文なら「CTAが動詞になっているか」「課題の文と解決の文の粒度が揃っているか」を見る。
この視点ごとメンバーに渡しておくと、メンバーはAIの出力を自分で判断し、自分で直せるようになる。成果物を渡しても助かるのはその1回きりだが、視点は手元に残る。
AIの恩恵としては「成果物が早く出てくる」が分かりやすいが、チームの地力が本当に上がるのは、こちらのナレッジの移植のほうかもしれない、と最近は思っている。
壁打ち相手としてのGemと、チームの文化
少し毛色の違う使い方として、自分の知識を入れ込んだ壁打ち用のGemを作ったこともある。
これはある種、会社の文化を作る話に近い。
新しいメンバーほど「こんな初歩的なことを聞いていいのか」で手が止まる。聞かれる側は全く気にしていなくても、聞く側にはハードルがある。
私だって上司を捕まえて何かを聞くのはためらうことが多い。前述の通り、何よりマーケ部門は隣の人が違うジャンルのプロなので、「誰に聞けばいいか分からない」が構造的に発生しやすい。
人間に聞くのはハードルが高くても、AIになら気にせず聞ける。間違った前提で聞いても恥ずかしくない。質問のハードルを下げる装置として、壁打ちAIは思った以上に機能する。
面白いことに、Gemに聞いてある程度整理できた状態で人間に聞きに来るので、人間同士の会話の質も上がった気がする。
このあたりは、同じ会社のデザイナーが面白い実践を書いているので、リンクを置いておく。
AIに仕事を奪われるけど奪われ方が分からない
ナレッジを移植したあと、私の仕事がなくなったかというと、一部は本当になくなった。主に作業ベースの仕事は徐々に消えつつある。
代わりに増えたのは、何を型にして渡すかを決める仕事と、出てきたものを見る仕事だ。
それと、予想していなかった副産物がある。
書き出す過程で、自分の仕事の理解が深まった。調査票のルールを言語化したとき、「なぜこのルールなのか」を初めて自分に説明することになった。なんとなくでやれていたことに理由を付ける作業は、面倒くさい。
属人化万歳、と叫びたくなるが組織としてのスループットがいつまでも上がらないのは良くない。
チームはきっとこれからも大きくなる。興味がある方はぜひ下記のページを見てみてほしい。新規事業からはじまりまだまだワクワクする仕事はいっぱい残されている。
隣の席には、今日も私と全く違う仕事をしている人が座っている。
全員で「自分しかできない仕事」を少しずつ言葉にして渡せるようになれば、誰かが風邪をひいても止まらない、支えあるチームになる。
