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国宝をじかに見ました

三日連続で、京都・大阪・奈良の三都で熱く繰り広げられている国宝展に行き、一生に一回見られるかどうかわからないお宝のかずかずを、じかに拝んできました。

なぜ三日間連続で行ったのかというと、漫画家の今日マチ子さんがパリに行かれて、とにかくルーブル美術館に毎日通って美しいものを見るという「ルーブル合宿」をなさった日々をnoteに綴られていたのがとても良くて、私も勝手に「国宝合宿」がしたくなったからなんです。(私は大阪住まいなので、合宿せんでも京都・大阪・奈良に行けてしまったのですが、気持ちは合宿です!)

さてその国宝展と言うのは
京都国立博物館の『美のるつぼ』展。
大阪市立美術館の『日本国宝展』。
奈良国立博物館の『超国宝』展。


京都国立博物館


大阪市立美術館


奈良国立博物館

どの展覧会も、国宝を含むすばらしい文化財、つまり日本のお宝が、一同に介していて、さながら美のお祭りです。お祭り好きの血が騒ぎます。(ちなみに大阪は今、万博のおかげで町全体にそこはかとなく祝祭感が漂っており、これはたぶん今しか味わえないのでおすすめです)。

`日本の`お宝と言っても、美術品には、海外との異文化交流の軌跡が込められていて、滅茶苦茶古いものになると、海外の、どこのだれが作ったものかよくわからんが、「なんかすごい」という理由で千年以上、大事に大事に、専用の箱に入れられていたものもある。

ですので、国宝展は、美術品を鑑賞するというより、そういったものに「会いにいく」という感じ。いわゆる教科書に載っていたような、もうすでによく知っている国宝でも、実際に会って見ると、「なんかすごい感」が尋常でない。そのお宝を構成している元素から発される波動のようなものが、至近距離だと、鈍感な現代人である私にもびんびん伝わってきて、吸い寄せられる。それで、実際には触れないんだけど、触った時の「ひんやり感」とか「しっとり感」、持てないんだけど持った時の「重さ」なんかが、そのお宝を包んでいる空気に触れているだけで、肌感として伝わってきます。

今回特に、うわあああああああ ってなったのは、奈良国立博物館におられた法隆寺の秘仏「百済観音像」(飛鳥時代)。この観音様が、ガラスケースにも入られず、じかにおられて、もうその周りの空気がふわふわしていました。閉館後、誰もいなくなった館内を、きっとファーファーと、その形のまま浮いて散歩しておられるに違いない、そのスンとしてふわっとして清らかなたたずまい。壺を持っている手が、とにかくなんだかもう素敵すぎてなかなかこの観音様のそばから離れることができませんでした。


手が絶妙


360度色んな角度から、その重力を感じさせない立ち方、腕から指先にかけてのライン、力は抜けているけれど体幹はシャンとしている感じを眺め、「とてもこのような佇まいにはなれまいが、1ミリでも近づけるように日々精進しよう」と心に誓いました。

大阪の国宝展も素晴らしいお宝に興奮させられましたが、枚挙にいとまがないので個人的ナンバーワンを選ぶとすると「薬師如来坐像」。何がいいって桃みたいな薬瓶を持っている手がむっちゃいいです。通常、もう少し低い位置で持っているみたいなのですが、胸の高さに持っていることでいい感じの重さが伝わってきます。


手が絶妙

京都国立博物館の「美のるつぼ」展の個人的ナンバーワンは茶入「つくもなす」。私は、茶色の胴体と象牙のふた、という超シンプルな、手のひらに収まってしまう「お抹茶の入れ物」である茶入が、「趣味の行き着くところ」だと思っているのですが、この茶入には特別に人を惹きつけるものがありました。もの自体の記憶が発しているエネルギーと言いますか、とにかく桁違いで、見ているだけで天下を取った気持ちになりました。


つくもなすグッズに缶ケース(飴入り)がありましたので買いました。伝来(歴代の所有者)が書いてあるのが良い。

以上、ここまではもう、にわか国宝ファンとして、ありのままの感想を書かせていただきました。

奈良の超国宝展に出品されていた石上神宮の「七支刀」については、神職の観点から、別立てで、その素晴らしさについてお伝えしようと思います(できれば会期中に!)

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