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ささやき図書室

僕の担任するクラスには、教室にはいないけど出席簿には名前がある子がひとりいた。
名字は五十音の最後のあたり、名前はどこか懐かしい響き。春から一度も姿を見せていないけれど、僕は彼を「いる」ことにしていた。というか、「いてほしかった」のかもしれない。
 
彼の席は、教室のいちばん後ろの窓際。そこだけ時間の流れが少しゆっくりに見えるのは、きっと気のせいじゃない。
 
毎朝、出席をとるとき、彼の名前を呼ぶと、教室が一瞬、呼吸を忘れる。
子どもたちは目を伏せるか、僕の顔をちらりと見る。誰も何も言わない。
でも、その沈黙が、なんだか温かく「優しい」のだ。誰かを欠席にすることが、こんなにも慎重で、こんなにも思いやりのある行為だったとは。
 
ある日、給食の後片付けを終え、職員室に立ち寄った僕に、図書室の司書の小林先生が声をかけてきた。
 
「先生、最近も来てますよ。あの子。」
 
その子というのは、もちろん、僕のクラスの「いない児童」だ。
図書室にだけ現れているらしい。人の気配が消えた午後のわずかな時間、本棚と本棚のすき間にひっそりと身を潜めて、声の出ない物語を、まるで祈るようにめくっているのだという。
 
「今日なんてね、『モモ』を読んでました。時間を盗まれるやつ。あれ、今の子が読むの、けっこうすごいと思いますよ。」
 
小林先生は嬉しそうに言ったけれど、僕の胸の奥は、なぜだかきゅっと痛んだ。
モモか。
 
「今度、おすすめの本とか、渡してもいいですかね?」
 
「もちろん。そっと、ね。」
 
次の日、僕は放課後の図書室にこっそり行き、紙袋に入れた一冊の本を、本棚の一番下に挟んでおいた。
その本には、ある家族の話が書いてあった。特別なことは何も起きないけれど、なんだか泣けて、なんだか許された気持ちになる、あの一冊。
 
そばに小さなメモを添えた。
 
「おすすめの本です。よかったら、君のペースでいいので読んでみてください。ページをめくるたびに風が吹くよ。」
――図書室の片隅より
 
数日後、同じ場所に行くと、本はもうなかった。代わりに、しおりが一枚だけ、挟まれていた。
 
そこには、震えるような字で、こう書いてあった。
 
「ぼくは、風を信じていいですか。」
 
それを読んだ瞬間、僕はその場にしゃがみ込んだ。
ちゃんと存在してる。ちゃんと、生きてる。うまく呼吸ができなくても、名前を呼ばれなくても、誰かの心に確かに「いて」、本を読んで風を感じてる。
 
僕の仕事って、何だろうな。
テストの点数を上げること、ルールを守らせることだけじゃない。
きっと、「風があること」を忘れずに教えることなんじゃないか。
それは黒板の上からだけじゃなくて、誰にも見えない場所で、そっと伝えるものでもあるのかもしれない。
 
今朝も、五十音の最後の名前を、僕はきちんと呼んだ。
誰も返事はしなかったけれど、教室の後ろの席で、カーテンがふわりと揺れた気がした。
 
春の終わり、透明だった子が、そっとランドセルを背負って教室に現れた。
声はまだ出せないけれど、目が「風、届いたよ。」と言っていた。
 
それだけで、十分だった。
いや、もしかすると、それがすべてなのかもしれない。

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