「無知の知」と数学的思考

ある記事を読んでいたら、以前ここで書いた「今はわからない」と言えることの重要性「わかっているつもり」の結論と同じでした。その記事は、

     「勉強はできるけど、アタマが悪い人」の正体

です。

すなわち、よく言われるところの「無知の知」です。
自分の知性に対してひたすら謙虚であること、
他者の知性に敬意を払うこと、
「私はそれを知らない」と言えること。
「無知の知」の重要性を忘れたとき、我々はいかに「IQが高く、勉強ができる人」であっても、「アタマが悪い人」になってしまう。

知っているつもりが危ない。今はわからない、と言えることが重要なのは、ある意味当たり前です。「知っているつもり」は新しい事実を受け付けなくなります。常に、自分が知っていることの周辺には、知らないこともあるだろう、知っているつもりのことも、時間と共に変わっていく可能性がある、と意識することで、新しい知識を得ることができる訳ですね。

結局のところ、
 ・「無知の知」「私はそれを知らない」と謙虚に言えることが重要
 ・因果関係が証明されていない、の意味を正確に理解する
とは、一見別々のことを言っているようで、実は同じ。古くから知られている「無知の知」を、数学的論理思考によって説明したと言えるのかな、と思った次第です。