時間の関数

実は中学生の時、私は関数とは何かを理解できなかった。テストで計算でき、答えは正しく書ける。なのにモヤモヤとした疑問が残り、わかった気にならなかった。解説本も読んだが、分からない。ただ、元々はfunctionの訳で函数と書かれていたが、途中で関数と書くようになったことは、その時知った。
その後何年もたって、本当にわかったと自分で思えたのは、functional と言う概念を理解できた時だ。関数を変数とする関数のことだ。関数function と汎関数 functional を同時に理解した。大学生だった。だから関数の概念を理解することが簡単ではないことは、実感としてわかる。

なぜこの話しかというと、「分かっていないことを認識している」ことの大事さを改めて思い出したからだ。分かっていないことを認識していれば、分かったり理解できるようになる可能性がある。しかしわかった気になっていたり、そもそも理解したいとも思わなければ、まず理解できるようにならないだろう。学ぶことの大切さは、ひとつずつ理解をして、しかし知らないことが世の中には沢山あることを知ることだと言っても良いのかも知れない。
もうひとつこの例、関数を挙げたのには理由がある。関数は、何かを入れると結果が得られるものだ。何か、は時間でも良い。定数も関数の一つで、何をいれても結果が変わらない。そして最近の日本の究極の問題発言は、「ナフサは足りている」ではないか。完全に時間と共に変わる可能性を無視している。輸入し、消費し続けているものの在庫が定数(一定)であるはずがない。

時間の関数。
変わることが当たり前。
だからこそ、時間と金と労力をかけても統計をとる。

その当たり前を放棄したから、アメリカに負けた。
さらに深刻なのは、中国に負けたことを否定していることかも知れない。